逆鱗を剥がす
「キースさん! 冒険者さんはほぼ助け出せました。でも……」
ミルはある一方向を見た。
「う、うん……。あの二人がいる場所が悪すぎる……」
今、僕達はブラックワイバーンの背後にいる。
ブラックワイバーンは腕の力が弱いのか、脚だけでは方向転換が出来ず、背後に咆哮は飛んでこない。首が長いのに、真後ろは向けないようだ。
ただ、僕達の視界の先にはブラックワイバーンのほかに青髪の冒険者であるマレインと黄髪の冒険者であるマルトさんがいる。でも、ブラックワイバーンに気づかれた場合、至近距離すぎて助けに行けなかった。
ブラックワイバーンが倒れている二人に気付いてないおかげで、負傷している二人は攻撃を食らっていないが、気づかれたら恰好の的だ。
二人を一番早く助けられる方法はブラックワイバーンの逆鱗の裏にある脊椎を折り、敵を無力にすること。だが、二人の頭上にある崖が崩れ始めており、細かい石がパラパラと落ちてきている。あと一撃でも咆哮が脆い崖のどこかに当たれば、確実に崩れてしまう。
『グラアアアアアアアア!』
ブラックワイバーンの咆哮によって『赤の岩山』の崖が幾度となく崩れ、壊れた岩が足場に落ちてくる。
僕とミルは中央にいるため、岩には当たらないが、崖崩れのせいで移動できる場所が狭くなってしまった。
「ミル、僕があの二人を助けに行くから、ブラックワイバーンの背中に刺さっているダガーナイフを使って逆鱗を剥がすんだ。その後、脊椎を折ってほしい。出来るかわからないけど、僕が戻るまで頑張って」
「了解です! 体力の一片まで使い切ります!」
ミルはブラックワイバーンの背中に飛び乗り、首元へと向かう。
僕はブラックワイバーンの咆哮が止まるのを見計らい、飛び出した。地面を思いっきり蹴り、ブラックワイバーンの横を通る。もちろん気づかれるが、咆哮を一度打ったあと、八秒ほどの空き時間がある。その間に二人を助ける。
倒れているマレインと壁に埋まっているマルトさんまでの距離は約二○メートル、八秒以内で十分移動できる距離だ。
僕は全力で走り、二秒足らずで二人のもとについた。気を失っているマレインとマルトさんを両手で抱え、比較的安全な場所に連れて行く。
「う、うぅ……。俺は……」
マレインさんが眼を覚ました。声がかすれており、体温も低い。低体温症にでもなっている可能性がある。
「うッツ……。お、俺はどうなったんだ……」
マレインさんとほぼ同じ時間にマルトさんも目を覚ました。
「二人共、大丈夫ですか。怪我はありませんか?」
「だ、誰だ……。お前……、どこかで聞いた覚えのある声だが……」
「お、俺も。聞いた覚えがあるが……」
『黒髪は初めて見た……』×マレイン、マルト。
――や、やばい。黒髪を見られた。と言うか、僕は黒髪じゃないんだけど。名前を言って誤解を解かないと、また存在しない黒髪を見たという勘違い人間が生まれてしまう。
「ぼ、僕ですよ。キースです。キース・ドラグニティ」
「…………」×マレイン、マルト。
「な……、二人共もう気を失ってる。僕が持ち上げて一瞬だけ血圧が上昇したから目を覚ましたのか。今、見た黒髪は夢だったと誤解してくれると嬉しいんだけど……」
僕はマレインとマルトさんを他の冒険者を避難させている場所へ移動させた。多くの人が集まっていれば一人でいるよりもずっと温かいはずだ。
僕はすぐさまミルのもとに戻る。
『グラアアアアアアアアアア!』
「く……、硬い……。握力が……」
僕が戻って来た頃にはブラックワイバーンの体が少しだけ浮いていた。どうやら、縄の方に限界が来てしまったらしい。何本もの繊維がブチブチと千切れ始めており、もう、ブラックワイバーンの体を地面に止めておけない。
「ミル! 今すぐに降りるんだ! もう、ブラックワイバーンを地面に固定させておけない! 他の方法を考えよう!」
「あ、あと、もうちょっとなんです。もうちょっとで剥がせそうなんです。あとちょっと、あとちょっと……」
ミルは逆鱗を賢明に剥がしていた。一片が三○センチほどのひし形をした逆鱗は少しずつ浮かび、剥がれかけている。そのせいでブラックワイバーンの方も気が気ではなく、激しく翼を動かし、浮かびあがろうとしている。
火事場の馬鹿力が人以外にも適用されるのだとしたら、ブラックワイバーンも全力全開で浮かび上がろうとしているに違いない。だがここでブラックワイバーンが浮かび上がってしまったら逃げられる可能性の方が高い。そうなったらもう二度と会えないかもしれない。
僕は覚悟を決め、ミルのもとに向った。
四○メートルほど思いっきり走り、ミルのもとにやってきた。
「ミル! 僕も手伝う! 一緒に倒そう!」
「キースさん! は、はい! 一緒に!」
僕はダガーナイフの持ち手をぎゅっと握っているミルの小さな手の上から包こむようにして持つ。そのまま、一緒に同じ方向へ力を加えていく。僕とミルの息は完璧にあっており、力の掛具合、回数、溜め、など全部が噛み合い、逆鱗が一気に剥がれ始めた。
『グラアアアアアアアアアア!』
「くっ!」
「うわっ!」
ブラックワイバーンは地面に向って咆哮を放ち、両方の巨大な翼をはためかせ、浮かび上がろうとする。ブチブチと言う嫌な音が多く鳴り、縄が切れかけていた。あと少しで逆鱗を剥がせるというのに……。
「はあっ!」
「ミル!」
ミルはダガーナイフの柄から手を放し、切れかかっている縄を掴む。その瞬間、縄がブチっと切れた。どうやら右側の縄だけが切れたようだ。
ミルは両手で縄を掴み、縄の代わりになっていた。
獣族だからと言っても、体力は無限じゃない。すでに体力の限界は超えているはず。それなのに、ミルは縄の代わりになり、ブラックワイバーンが上空に逃げようとするのを抑え込んでいた。
「キースさん! 逆鱗を早く剥がしてください! もう、一〇秒も持ちません!」
「わ、わかった! ミルの勇姿は絶対に無駄にはしないよ!」
僕はダガーナイフで逆鱗についている最後の薄皮を剥がす。逆鱗はべりっと剥がれた。すると、少々ピンク色の薄い肉が見える。加えて、骨っぽい部分も少しだけ現れた。肉に切り込みを少しずつ入れていき、骨を露出させられないか試みる。
「キースさん! ぼく、もう……。限界ですぅ! これ以上、力が出ませんっ!」
「無理しなくていい! もう、放してくれてもいいから! あとは僕が何とかする!」
「キースさん! ぼくはキースさんを愛してます! 大好きですぅ!」
「こんな時に……。でも、ありがとう、ミル。ここまで付き合ってくれて……、あとは僕がやる。えっと……僕も、ミルのことを大切に思っているよ」
「…………はい!」
ミルが手を放した瞬間、ブラックワイバーンと僕は物凄い速度で上空へと移動した。
僕は肉を剥ぎ取り、脊椎を露出させていた。骨と骨の間が逆鱗の位置に丁度あり、ダガーナイフを頭上に掲げてすかさず突き刺す。
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