宿で寝泊まり
「プラータちゃんは、明日からお花屋さんで仕事だね。えっと、一人で宿に泊まれる?」
「そうですね……。でも、一人で止まるより二人で止まった方が安くなる宿が多いと思うので、一緒の宿に泊まりましょう。少しでも安く済ませたいので」
「わかった。それじゃあ、今日は宿探しと行こうか。安すぎても危険だし、高すぎても五日間泊まれない」
「キースさん、なんか楽しそうですね」
「え、そうかな」
「はい、生き生きしてます」
「多分、生を実感しているからだよ。いろいろあって、今、生きているのがとても嬉しいんだ。だから凄く楽しく見えてるのかも」
「今を楽しんでるんですね。それなら私も今を楽しみたいと思います。家に帰った時、いっぱい楽しいお話しができるように昨日あった辛い思い出をこれから良い思い出に書き換えてしまいます」
「うん、その意気だよ、プラータちゃん。悲しい顔して家族に会うよりも、嬉しそうな顔であったほうが絶対に喜ぶから」
「そうですよね。人生楽しんだ者勝ちです、私の人生はまだまだ楽しい未来がいっぱいまっているんです。辛い顔している暇はありませんよね。それじゃあ、宿を今すぐ探しに行きましょう。いい宿はすぐに部屋が埋まってしまいますから」
プラータちゃんは、僕の前を勢いよく走っていく。
僕はプラータちゃんの後を迷いなく追っていく。
追い追われの関係だが、目指す先は同じ。楽しい思い出いっぱいの未来を信じて、前に進む。
☆☆☆☆
「うぅ……。ふぁ~あぁ……。もう朝か。えっと時間は……午前五時。ちょっと早すぎるかな、もう一回寝よう……」
「ダメですよ。キースさん。もう起きて依頼に行かないと遅刻してしまいます」
「あ、そうだ……。依頼。お金を稼ぐんだった。起こしてくれてありがとう、プラータちゃん。僕一人だったら二度寝していたよ」
僕達は昨日、一人、一部屋(ベッド一台)、一泊、銀貨二枚のところを二人、一部屋(ベッド二台)、五泊、金貨一枚にしてくれた宿にお世話になっていた。
列車の事故で手持ちが少ないとだめもとで交渉した所、是非使ってくれと店主が言ってくれた。
部屋にトイレはあるがお風呂はない。
朝と夜は食事がついている。どんな料理かは知らないが……、良心的な価格だ。
今の僕たちにとって、とてもありがたい。
「ん……、まずは顔を洗わないと」
僕は部屋を出て、井戸水が汲める裏庭に向う。少し距離があるが、無料なので仕方ない。歩いている内に目が覚めてきていた。重い黒卵を抱えながら歩くのにも、慣れてきたころだ。
長い距離を歩き、井戸に到着する頃にはお腹が空いてきていた。
右腕の包帯はまだとっていないが、今のところ痛みは無いため、普通に使える。
これならもう少し時給の高い依頼でもこなせたかもしれない。
僕は左手で井戸の水をくむ。片腕で行うのはとても難しかったが、時間をかけて木の桶一杯の水をくんだ。
熱った顔に冷たい水をかけると、残っていた眠気が一気に吹き飛ぶ。
「ふぅ~。冷たくて気持ちいい」
残った水は木製のコップですくい、渇いた喉へ流し込んだ。
夏場でも井戸水は冷たくて体に沁み渡る。それだけで、生を実感できた。
「よし……、完全に目が覚めたぞ。部屋に戻って着替えてから朝食に行こう」
僕は桶を井戸に落とし、部屋に戻る。昨日、買った服に着替えてベッドの上を綺麗にしておく。帰ってきた時に綺麗な状態の方が気持ちが良い。
「キースさん、準備できましたか?」
「うん、問題ないよ」
僕とプラータちゃんは一緒に部屋を出る。
特に盗まれるような物を持っていないため、僕はお金と黒卵さんの入った革袋だけを持っていく。
剣はフレイとの戦いで紛失したため、既に無い。
革袋の方が剣よりも火に強いなんて思いもしなかった。
母さんの形見は今も僕の首にかかっている。それは歩く度に光を反射させ、輝いていた。
「キースさん、よく眠れましたか?」
「うん、よく眠れたよ。プラータちゃんは?」
「私もよく眠れました。病院のベッドで眠った時はほとんど寝た気がしなかったんですけど、今日は凄く良く眠れました。おかげで元気いっぱいです」
プラータちゃんは両腕を頭上に掲げ、元気の総量を現す。
「よく眠れると気持ちが良いよね。僕も眠れない時は辛かったな」
――その時は、シトラが添い寝してくれて不眠が治ったんだよな。懐かしい……。
「そうですよね。睡眠は人の原動力ですから、睡眠の質が上がったのはとても嬉しいです。今日の依頼も頑張ってこなしましょう!」
プラータちゃんのお腹から大きな音が鳴った。
「えへへ……、朝食をはやく取りたいと言っています……」
プラータちゃんは、お腹を押さえて少し赤面している。
「そうみたいだね。でも、食堂に行けば食べられるはずだから、焦らなくてもいいよ」
「そうなんですけど……我慢できないみたいです」
プラータちゃんのお腹から再度、大きな音が鳴る。
「それじゃあ、ちょっと急ごうか」
「はい! 急ぎましょう!」
僕たちは小走りになり、食堂に向かった。
五分もしないうちに食堂に着き、先に並んでいた前の人の後ろで少し待っていると人が増え始め、朝食待ちの行列になっていく。
「いや、ここまで止まっている人が多いとは思ってなかったよ」
「ほんとですね。でも、早めに部屋を出たおかげで最初に食べられます。早めに部屋を出ておいてよかったですね」
今、僕たちは食堂のテーブルを囲うように向かい合って椅子に座っている。
そこまで広くないテーブルの上に、お盆に乗った白パンと木製のスープ皿に入ったトマトスープ、大きめの皿にベーコンエッグが乗っていた。
「一泊銀貨二枚でここまでいい朝食が得られるなんて。王都なら朝食だけで金貨一枚は取られちゃうよ。僕、王都の宿に泊まった経験ないけど……」
――田舎だから物価が安いのかな。量はそこまで多くないけど、食べられるだけありがたい。
「凄いありがたいですね。私、こんなにいい朝食は初めてです。いつもパンと水なので久しぶりに味のある物を食べる気がします」
「そう言えば、僕も久しぶりに食べるな。今までずっと列車の中でもらっていたパンと水だけの生活だったから、なおさら美味しく感じられるのかも」
「毎日同じ食事をとっていたら、食べられるありがたみを忘れてしまいます。お菓子もたまに食べるからいいんですよね。毎日食べたいと思いますけど本当にたまに食べた時の幸福感は凄いです」
「それはほんとに思う。その食事を得られているありがたみを感じ取れなくなると、人は横暴になっていく。これは体験談だから結構確信を付いてると思うんだけど……」
「つまり、毎日、慎ましく暮らしていた方が幸せになりやすいという解釈であっていますか?」
「その通りだよ。暴飲暴食できる人達は美味しいものを食べ続け、ブクブクと太りだし、しだいに声が大きくなっていく。気づいた時には食べるのを止められず、ふと鏡を見たら見にくい姿になっていた」
「なんか怖いですね……」
「誰にでも起こりうるのが怖いところだね。食は人を駄目にもするし幸福にもする。取り方を間違えると不幸になる。逆に適切に取ると幸福になる」
「私の家族もお腹いっぱい食事を取るのが夢なんですけど、皆で少しの食べ物を摘まんでいる瞬間は凄く幸せそうなんです。決して良い生活ではありませんが、私は幸せいっぱいの家族に産まれてきてよかったと思えるんです」
「ほんとにプラータちゃんは、いい子だね……。お父さんとお母さんがそんな言葉聞いたら泣いちゃうよ」
「えへへ……、そうですかね」
プラータちゃんは後頭部に手を置き、吐息を漏らしながら微笑んでいた。
「僕は一度もこの世に産まれてきてよかったと思った時はないな。でも最近、自分の足でようやく動き始めたところだから、今まで普通に生きてきて命のありがたみを知らなかった」
僕は両手を握り合わせ、神様に助けてもらったお礼と共に食事を食べられる幸せを与えてくれたことに感謝する。
一昨日に思い知らされた。いつまでも続くと思っていた命が一瞬で消え去る恐怖。
でも、それを知ったおかげで今を楽しく生きられる。辛い経験が今の僕を幸せにしてくれていると思うと少し複雑な気分だ。
僕たちは美味しい朝食をすぐに食べ終わり、食器を食堂に戻す。
一日の活力を得たところで僕たちは宿をあとにした。
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