ミルの勇気
さっきも均衡状態が続いていたため、僕が全力で走ってもロックアントの女王にギリギリ追いつけない。
「くっ……。もう少しで追いつけそうなのに、速度があと少し足りない」
僕は女王の尻を追っていた。卑猥な意味ではない。全長二○メートルもある女王が僕と同じ速さで走れるなんてどれだけ足が速いんだ。僕も足が速くなったはずなんだけど……。
『ギュイイイ!』
親衛隊の三匹が女王を逃がすために僕に立ちはだかった。
「なっ!」
僕は立ち止まるしかなく、女王に先を越される。早く向かわないと、ミルたちが危険だ。もう逃げていてくれているといいんだけど……。
『ギュイイイ!』×三匹。
「まずはこいつらを倒さないと」
親衛隊のロックアント達は地面を一瞬で移動し、僕を囲う。本当に早い。多分、女王より早い。
親衛隊は女王を守るために一緒に走っているだけで、一個体だけの速度で考えると僕よりも数段上だ。
僕を取り囲んでいた親衛隊の三匹が一斉に飛びかかってくる。戦い方はどのロックアントも同じだ。それだけ多くのロックアント達に教育が知れ渡っている証拠だろう。ロックアントの教育者は相当教育力があるようだ。教育されたロックアントということはもう、そこらへんの騎士と変わらないじゃないか。
僕は身を屈め、三匹の攻撃をかわす。すぐに走りだし、包囲の隙間から一気に加速して抜け出し、女王を追った。だが……。
『ギュイイイ!』×三匹。
「しつこい! 足が早いだけで攻撃は単調なのに凄く面倒だ……」
親衛隊は僕を足止めするのが目的なのか、距離を取り、様子を窺ってくる。
僕が動こうとすると、襲って来て行動を回避に移させてくる。それが本当に面倒臭い。すぐにでも追いかけたい僕と、僕を引きとどめようとしてくるロックアント達の鼬ごっこは何度も続いた。
親衛隊の攻撃をかわし、加速して抜け出す。ただ、一〇○メートルを走る前に追いつかれ、またもや囲まれる。何度か倒そうと試みるも、僕の攻撃は背中の翅で空中に停滞され、回避される。
僕は考える。ロックアントは翅があるのに飛んでこない。飛ぶ速度もそこまで早くない。なら、地面を走らなければいいのだと。
――地面での走行は僕の方が遅いけど、空中なら僕の方が早く移動できるのではないだろうか。ロックアント達は空中移動があまり早くない。なら、まだ追いつけるかも……。
僕は親衛隊の攻撃をかわしたと同時に、森の高い木に登った。そのまま、木の枝から木の枝に飛び移り、女王を追う。
――思った通りだ。親衛隊の三匹は地面を走って来てる。木に登っている時間があっても僕に追いつけないぞ。
僕は親衛隊を置いて行き、女王を追いかける。だが、親衛隊は頭も切れるらしく、僕の真横を通過していき、僕が飛び移ろうとしていた木を大きな顎で掴み、地面から引っこ抜いてしまった。
僕は飛び移る木がなく、地面に落ちる。地面になんとか着地したものの体勢を崩して草原を転がる。でも、この程度で止まるわけにはいかず、森のウネウネ道を進む。
森の中は多くの木の根や倒れた木、岩、草、様々な障害物がある。
僕は『赤の森』でずっと森の中を走ってきた経験を生かし、女王の胸で均された地面ではなく、獣道を走る。
ロックアント達にとっては走りにくい道のはずだ、なんせ、水浸しの地面やくぼんでいる場所などが草によってわかりにくくなっている。僕は瞬時に判断し、足場を変えて、親衛隊を撒く。
走ってきた道から少々それてしまったが、女王に追いつければ問題ない。
僕は脚が引き千切れんばかりに動かして走る。
五分ほど全力で走っていると、女王が立ち止まっていた。その場を進めば『赤の岩山』だというのに……。
『ギュイイイイイイイ!』
「うぅ……。き、キースさんはどこだ! このデカブツ! キースさんがいつも背負っている黒卵さんだけあるなんて……。お前がキースさんを食べたのか!」
僕が草むらの陰に隠れていると、聞き覚えのある声がした。
――この甲高い声……。もしかしてミル……。あのバカ。何で逃げなかったんだ。女王が止まっているのはミルに足止めされているからなのか。だとしたらミルが親衛隊の攻撃をかいくぐっていることになる。ミルも成長したんだ……。って! 子供の成長を嬉しがっている親みたいな発言をするな。
『ギュイイイイイイイ!』
「く……。怖くない、怖くない……。ぼくがキースさんの仇を取るんだ……。キースさんが命を張って守ってくれたんだ……。あの時、ぼくは怖くてキースさんを追えなかったから……、だからキースさんが食べられたんだ。くっそーー!」
――ミルは僕が死んだと思っているのか。まぁ、黒卵さんだけ置いて来ちゃったのも原因の一つか。でも、ミルの怖がりな部分を少しでも解消できるいい機会かもしれない。今のミルはあの巨大なロックアントの女王に立ち向かっていける勇気を振り絞っている。そんな極限状態でいつもの力以上の能力を発揮している。凄い……、窮地に立たされて成長するなんて。ミル、頑張れ……。
「ぼくのキースさんを返せよ……。ぼくはまだキースさんとキスしてないだぞ……。まだ、交尾もしてないぞ! キースさんのち○ぽすら舐めてないんだぞ! 絶対に許さない……。そのデカい腹を掻っ捌いて、キースさんを取り出してやる!」
――み、ミルの動機は聞かなかったことにしておこう……。きっと発情しているんだ。僕がシトラとイチャコラしたいという願望を叫んでいたのを聞いていたアイクさんの気持ちはこんな感じだったのかな……。
『ギュイイイ!』
「くっ! 早い……。でも、四体以上穴が開いてる。そんな状態で攻撃して来ても、ぼくには当たらないよ!」
ミルは異常な身体能力を持っている、とんでもなく体が柔らかいのだ。加えて跳躍力も高い。そのため、親衛隊の包囲攻撃の穴を見つけたら簡単に逃げられる。親衛隊の攻撃はミルにことごとくかわされていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。一撃でもくらったらぼくも死んじゃう。キースさんの亡骸を取り返すまで、絶対に死ぬもんか……」
『ギュイイイイイイイ!』
「く……。絶対倒す!」
ミルは親衛隊の攻撃をかわしたあと、女王のもとに駆けて行った。足の速度は僕より少しおそいくらいなので、すぐに親衛隊に追いつかれて囲まれる。だが、地面が陥没するほどの跳躍を行い、女王の頭が下になるほど上空に飛んだ。高さは一五メートル以上、ミルと女王の大きさは人と虫くらい違う。ミルは背中を目一杯反らせ、両手で剣を持ち、女王の頭部に叩き込んだ。
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