ロックアントの大群
「キースさん。今日はどうしちゃったんですか? もう、すでに汗だらだらですよ。ぼくがぺろぺろ舐めたいくらいです」
ミルは僕の方を見ながら心配と興奮していた。
「ごめん。僕もわからないんだ。でも、脚は動くようになったから、依頼をすぐにこなしちゃおう。にしても、今日は陽光が熱いな……、日焼けしそうだよ」
僕は空を見上げ、額の汗を黒色の冒険着で拭う。
「本当ですね。もうローブが要らないくらい暖かい気がします」
ミルはローブを脱ごうとした。白い肌が露出しそうになり、僕は止める。
「ミルの肌は白いからすぐに日焼けしちゃうと思う。ローブは脱がない方がいいよ。僕も肌が白い方だから、フードもかぶらないと」
今日の天気は晴れ。天候に恵まれ、周りの雪がすでに溶け始めている。
あまりに溶け始めているため、至る所が水浸しだ。
雪解け水が川に流れ、もの凄い轟音が鳴っている。何でこんなにうるさいのだろうか。
僕たちは他の冒険者から完全に乗り遅れ、誰もいない『赤の岩山』の入り口に向かう。
その時、地面が低く鳴り響いた。
――な、なんだ。いったい何が起こっているんだ。
「うぐ、うるさいです……」
あまりに大きな音でミルは耳を塞ぐ。
少しすると視界に映っている岩山からロックアントが現れ出した。
羽付きのロックアント達で体が水浸しになっている。
どうやら、岩山の中に雪解け水が入り込み、穴の中が浸水してしまったらしい。
羽付きのロックアント達は穴から次々に這出てくる。
数はもう、何匹いるのかわからない。一〇〇匹を超え、二〇〇、三〇〇、五〇〇、一〇〇〇匹……、それ以上いるのではないだろうか。
どれもこれも普通のロックアントではなく羽付きのロックアントなので上位種である。
「な、なんですか、あの数。どう考えても異常です! キースさんの足が重いってこの大群に飲まれないようにするためだったんですか?」
「ど、どうなんだろう。でも、あの大群に襲われたらひとたまりもない。もし僕達が洞窟の中に入って行って遭遇していたら数の圧力で倒されていたかもしれない……」
僕の頬に冷や汗が浮かぶ。
「えっと、キースさん。あのロックアント達、他の冒険者達のいる岩山のてっぺんに向っていますよ。このまま行くと全滅しかねないんじゃ……?」
「暖冬による気温上昇によって降った雪が一気に解け、五月ごろに移動していくはずのロックアント達を活性化させた。そう考えると、まずいかもしれない……」
「キースさん?」
「僕の考えが正しかったら、早く対処しないと頂上でブラックワイバーンの討伐を目指している冒険者さん達の身が危険にさらされる」
「むぅ~! キースさん! ぼくの話を聞いていますか!」
「ふぐぐ……。き、きいてるよぉ……」
僕が考え込んでいたら、ミルが僕の頬に手を当ててムギュっと潰してくる。
「ロックアント達は着々と頂上を目指しています。このまま行くと、ものの数分で交戦します。そうなったら冒険者達は戦うしかありません。逃げ場はありませんし大群を倒して、間を抜けるなんて荒業も出来なさそうです」
「ミル、問題はあのロックアント達だけじゃない。もっと大変なやつが来る。ロックアントの羽有りが出て来たということは、新たな女王が生まれたということ。この状況下で出てくるかもしれない……」
「え、ロックアントの女王ですか」
ロックアントの嬢王は大きさによってランクが決まる。
五から一〇メートルでBランク。
一〇メートルから二〇メートルのものはAランク。
そんな大きなロックアントがいるのだろうか。
「女王がいるからあのロックアント達が生まれたんだよ。もしかしたら、もう、移動を始めているかもしれない。ミル、地面に耳を着けて、音を聞いてみて」
「わ、わかりました」
ミルは地面に耳を着け、眼を閉じる。
数分間聞き、眼をガっと開けて飛び起きる。
顔は青ざめており、血の気が引いている。その顔を見ただけでどのような状態かが想像できる。
「どんな感じだった?」
「地中をガリガリバキバキと割りながら何かが上がってきます。位置的には岩山の方に向っているようです。大きさは一〇メートルを優に超えている個体が一体と小ぶりな個体が一体です。ぼ、ぼくたちはどうしたら……」
ミルの表情は悪くなる一方で、おびえていた。
そりゃあ、大量の魔物と親玉が二体も現れたら恐怖するはずだ。
今、僕だって物凄く怖い。どうしようもなく怖い。逃げた方がいいに決まっている。でも……ここでこそ、頭を使うんだ。
「とりあえず、待ってみよう。今、僕達は有意な位置にいる。他の冒険者達が戦って余裕で勝てそうなら、参戦する。勝てそうになかったら身を引いて他の冒険者を連れてくる。卑怯だとは言わせない。作戦のうちだ」
「そ、そうですよね。わざわざ死地に向う必要ないですよね」
「ミル、僕たちは僕達に出来る仕事をしよう。上に向っているロックアント達は他の冒険者たちに任せてギルド支部に報告だ」
「了解です」
僕とミルは『赤の岩山』のルフスギルド支部に向かい、現状を話す。
すぐにてんやわんや状態になり、本部に魔通信が送られた。
だが、真面に戦える冒険者達がほぼいないというので、人員を集めるのに時間が掛かるとのこと。
どうやら助けが来るまで頂上にいる者達には耐えてもらうしかないらしい。
相当厳しい戦いになりそうだ。
僕達が一匹や二匹倒したところで現状は変えられない。数には数、力には力と相場が決まっている。
ルフスギルドの支部が潰れるのではないかと思うほどの揺れが起こった。
僕はミルを抱きしめて庇う。
そのまま床に覆いかぶさるようにして守った。そうしなければ真面に堪えられないのだ。
地面の揺れが収まると、頭がキリキリする耳障りな騒音が響く。
「くっ! この音、通常のロックアントの声じゃない……」
「き、キースさん。女王の一体が、支部のすぐ近くに這い出てきました……」
ミルは泣いていた。軽く失禁もしている。
僕はミルの頭を撫でて微笑みかけたあと、支部の外に向かう。
「ミルは支部の中に隠れていて。僕が女王を引き付ける。囮になって支部から離れさせるから、その間に逃げて」
「ちょ、キースさん! ま、待ってください! ぼくも戦います!」
「音を聞いただけで失禁するミルはついてきても意味がないでしょ。女王が離れるのを潔く待つんだ」
「そ、そんな……」
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