大切なのは思いやり
「アイクさん、どうかしたんですか?」
「キースか。いや、店の中がフェロモンで満たされていてな……。今、業者に頼んで清掃してもらっているところだ。今日が定休日だったからいいものの、客がいたら大変なことになってたぞ」
「大変なこと……。何が起こるんですか?」
「俺の口からはとても言えたものじゃないな。あとミル、事後は濡れた物を水でしっかりと洗わないから、体液が気化してそこらじゅうの雄猫が悶えてたぞ。次からは気を付けるんだな」
「は、はい……。き、気を付けます……」
ミルは顔を真っ赤にして、耳までヘたらせている。
アイクさんは彼女が何していたか知っているらしい。
いったい何したらお店の中があんなに厭らしい雰囲気になってしまうのだろうか……。
「キースは店の中に入ったのか?」
「入りました。部屋の中にずっといたら気が狂いそうでしたよ」
「そりゃそうだろうな。猫族のフェロモンは強力な増強剤になる。よく、襲わなかったな。おまえはすごい男だ。普通の男だったら速効でミルに飛びついていた。ミルは良い男を選んだようだな」
「はい! ぼくの唯一の成功です。ぼくの生活は失敗ばかりでしたけど、選んだ相手だけは胸を張って成功と言えます」
ミルはグッと胸を張って背筋をただした。
僕を選んだのが成功だなんて大げさだなと思いながら、買ってきた高いお肉をアイクさんに渡す。
「いい肉を買ったんだな。あぁ、今日は一一月二九日か。よく見たら、二人共、遊んできたのか」
「遊んできたというか、ミルと一緒に昨日負傷した冒険者さんのお見舞いに行ってきました。アイクさんもよく知る『赤光のルベウス』さん達も負傷していたので……」
「ぼくは傷心しているキースさんの心を癒すためにデートしてきました。そのせいでキースさんがもっともっと好きになっちゃいました~」
ミルは僕の腕に抱き着いて擦り寄ってくる。
「まさかここまで仲良くなるとはな。ともかく、キースならミルが成人するまで手を出さないだろう。あの高濃度フェロモンの空間にいたのに襲わなかったんだ。通常時で襲う可能性は限りなく低い。ま、キースにとっては愛する相手を思っての行動かもしれないがな」
「はは……。それもありますね」
「ほんと、罪な男だ。でも、一夫多妻は合法だからな。何ら問題はない。キースがミルを愛せるようになったら家族になればいいさ。それまでは主と従者の関係でいいだろ」
「そうですね。僕も自分の行動には責任を持つつもりですから、ミルに手を出したときには潔く、受け入れます」
「そうか。それより……、二人が無事で本当に良かった」
アイクさんは僕の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「助けられなかった人もいて、焼死体が辛そうな顔をしながら燃えていて、頭から離れないんです。こういう時はどうしたらいいんでしょうか……」
「きっと忘れられないだろう。人の死はいつまでたっても慣れはしない」
「ですよね……」
「だが、常に身近にあるのも事実だ。冒険者なら死が隣にあるとわかっている。死んだのは不本意だが、キースが落ち込む必要などどこにもない。自分が多くの冒険者を助けたんだと誇りに思え。誰かに言いふらす必要はないが、隣に何でも話せる者がいるんだ。大いに褒められればいい」
「なんか、情けないですよ」
「どんなにすごいやつでもたった一人で生きていくなんて所業は誰にもできない。エルツがいて、ミリアがいるから今の俺がいる」
アイクさんはあきれたように肩をすくめてつぶやいた。
「自分が一人だと思うな。からなず周りには自分を支えてくれる者がいるはずだ。それに気づけばどこでも生きていける。必要なのは愛でも金でもなく思いだ。相手を思う心、思いやりを忘れるな」
「わ、わかりました。大切なのは思いやりですね。アイクさん、ありがとうございます」
僕はアイクさんに頭を下げた。
続いてミルの頭を撫でながら耳もとで囁く。
「ありがとう、ミル。本当に……ありがとう」
「そ、そんなぁ。ぼ、ぼくの方こそありがとうございます」
僕達が感謝の気持ちを言い合っていると清掃業者の方がフェロモンを取り除いてくれたらしく、お店から出てきた。
アイクさんが金貨一枚を支払い、数名の業者は去っていく。
「さて、夕食にするか。手洗いうがいしてテーブルで待ってろ」
「「わかりました!」」
僕達はお店の中に入り、手洗いうがいしたあと服を着替え、いつもの気楽な服装で食事する。
現在の時刻は午後六時。
アイクさんは牛肉を完璧に焼き上げ、僕とミルの前に出した。
その日食べた牛肉のステーキは今まで食べてきた肉の中で一番美味しかった……。
ミルの方を見ると、涙を流している。気持ちは同じらしい。
僕達は美味しすぎる牛肉を食べ終わり、赤色のブドウジュースでちょっと大人っぽい晩酌。
以前飲んだ葡萄酒もどきとは違い、本当にただのジュースだった。
食事が終わるとアイクさんは僕達の座っているテーブル席にやってきた。
「二人は今回の『赤の森』爆破事件の犯人が誰か知っているか?」
「フレイですよね。あんな高火力の魔法を放てるのはルフス領でフレイだけだと思います」
「事件の犯人は赤色の勇者だとキースさんは言うんですけど、ぼくは信じられません。勇者があんなひどいことをするわけないじゃないですか」
「そうか。まぁ、正解はだれにもわからない、だ」
「え? 誰にもわからない。そんなことがあるんですか?」
「ああ。俺もフレイだと思ったんだが……。誰もフレイがやったと思っていない。その状況が不思議でな。なぜキースはフレイがやったと思うんだ? その場面を見たわけじゃないだろ」
「『赤光のルベウス』さん達の中にロミアさんという方がいるんですけど、その方が気をうしなう間際に言ったんです、フレイは悪くない、あれはフレイじゃなかったと……」
「ん……。どういう意味だ?」
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