最低な男
「キースさん……。どうしたんですか? なんか、顔が怖いですよ」
ミルは僕の頬に手を置いてグニ~っと頬をあげさせる。そこまでして笑いたい気分じゃないが、笑顔になるだけで気持ちが少し上がった気がする。
「ご、ごめん、ミル。また気分が落ち込んでたみたいだ。今の偽笑いでちょっと気持ちが楽になった。ありがとう」
「いえいえ。ぼくはキースさんの気持ちを盛りあげるくらいしかお役に立てませんから」
ミルは笑い、愛らしい表情を僕に見せる。
一ヶ月前の死んだ顏はどこにもなく、清々しい笑顔だ。
環境が変わるとここまで明るくなれる子なんだと改めて思った。
弱い者は誰かに依存しなければ生きていけない。
きっとミルも始めはそうだったのだろう。
僕が依存というと、ミルは怒ってしまう。なので、その気持ちを恋だとするのならば、今僕はミルに依存してしまっているのだろう。ほんと情けない男だ。
シトラに依存できなくなったら、次はミルに依存するなんて……。
僕は弱い。
驚くくらいに弱い。
まだまだ心が弱すぎる。シトラに依存しなくて澄んだと思ったのは僕が少し強くなったと錯覚しただけだ。
きっとアイクさんという強く優しい人に依存していただけ。次はミル……。
シトラ、君を助ける資格が僕にあるのか……わらなくなりそうだ。
いや、資格なんて関係ない。シトラという大切な家族を取り戻すために僕は今頑張っているんだ。
その根底は変わらない。何としてでも助けると決めたのだから。
僕が弱いのなら強くなればいいだけだ。でも、その方法がわからない。人は勝手に強くなっていくのだろうか……。
僕とミルは病室を出た。皆さん、悲しそうな顔をしていたが、ずっと居続ける訳にもいかない。
今日は仕事が休みになっただけで本来なら冒険者の依頼とアイクさんのお店を手伝っている。
明日から僕達は昨日と同じような日常に戻る。でも、被害を追った者達は簡単に日常に戻れない。
フレイは多くの冒険者の日常を奪ったのだ。無難な日常を守るために勇者達がいるのに、彼はなぜ安寧を壊そうとするんだろうか……。
僕は病院の中を歩き、外に出る。すると、ミルが僕の体にギュッと抱き着いてきた。
「キースさんの心拍数と体温、手汗、諸々込みで落ち込んでますよね。昨日とさっきの身体的な状態を見て覚えました。ぼくを抱きしめて不安な気持ちを発散してくれてもいいですよ」
ミルの魔性の笑顔が僕を惑わせる。
ここで抱き着いたら僕は弱いままだ。そうわかっているのだが、抱き着きたくて仕方がない。
きっとミルに依存したら生活が一気に楽になるのだろうと優に想像できる。なんせ、シトラとは正反対なのだから。
ミルの性格は甘えん坊で、すごく積極的で、とんでもなくエッチで愛情表現が豊か……。
気にするなという方が無理な話なのだが、それでも僕はシトラが好きだ。絶対にこの気持ちは変わらない。
ミルへの感情はきっと雄の弱い部分がミルの雌の部分に惹かれているだけだ。つまり、性欲でしかない。愛情なんて一ヶ月程度で育めるものじゃないんだ。
僕はシトラとの生活を一二年間続けた。嫌いな所もたくさんある。それでもやっぱり好きなのだ。今の僕に、ミルを抱きしめる資格はない。
「ありがとう、ミル。でも、ごめんね。今はミルに抱き着けない」
「…………シトラさんですか?」
僕は頭を縦に振った。
「はぁ。ぼく、キースさんがますます好きになっちゃいました」
「え? 何でそうなるの?」
「だって……。何でもしてあげるっていう可愛い異性がいるのに自分の気持ちを曲げないなんて中々できませんよ。少なくともぼく、そんな男の人は知りません」
ミルは穏やかな笑顔で、話していた。
「何ならぼくにもできるかわかりません。ぼくが傷心中に何でも許してくれる相手がいたら自分のことが好きかどうかもわからない相手のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまいそうです。なのに……。キースさんはずっと思い続けられるんですもんね」
「多分、僕がおかしいんだよ。ミルはおかしくない。弱い者は強い者に依存するんだ。きっと普通のことなんだよ。でも僕は普通じゃないから、ミルが卑下する必要ないよ。ミルの傷心中に僕が傍にいてあげられて良かった……」
僕はミルの頭を撫でる。すると、ミルは瞳を輝かせて僕を見上げたあと、もう一度ムギュ~っと抱き着いてくる。
「ん~。キースさん、好き~!」
「はは……。ありがとう。今はこれしか言えないけど、いつか、ミルの気持ちにもこたえられるような男になるよ」
ミルは僕の体に抱き着いており、顔が見えないが泣いているのか肩が息を吸うたびに動いていた。
――僕は最低だな。また泣かせてしまった。ミルにはずっと笑っていてほしいのに……。
少しの間ミルは僕に抱き着いたあと、離れる。目元が赤く腫れ、鼻水を啜っていたが顔は晴れやかな笑顔だ。
無理している訳ではなく、気持ちいいくらい爽やかな表情で、僕もつられて笑う。
僕が左手を前に差し出すとミルは僕の腕に抱き着いて顔を肩に当てるように歩きだした。
「ぼくも、絶対に芯を曲げません。キースさんを好きでい続けます」
「ミル、きっとそれは不幸の始まりだよ……。それでもいいの?」
「不幸? 幸福の間違いですよ。今が幸福の始まりです。だってぼく、キースさんの笑顔を見ただけでお腹の奥が凄く疼いちゃうんですもん……」
「ミル、もしかして相当発情している?」
「はっ……。ご、ごめんなさい。すぐに発散してきます!」
ミルは僕の腕を放し、もの凄い速度で走っていった。その方角はアイクさんのお店のある方向なので、お店に戻ったのかもしれない。
「ミル。発情したら発言が厭らしくなるんだな。じゃあ、シトラも……。そ、それは興奮するかも……」
僕は両手で頬をバシッ! と叩き。手跡が付くくらい痛かったが不純な気持ちは飛んだ。
僕もアイクさんのお店に向かい、ミルとのデートは終了する……、と思っていたのだがもう少しでお店に着くというところでミルが出てきた。
「お、お待たせしました……。も、もう、大丈夫です」
ミルは全力で走ったあとくらい息を切らしており、いったい何があったのかと不思議に思う。
脚はガクガクしており、震えていた。沢山走ったのか……。せっかく整えてもらった髪の毛がボサボサになっていたので僕は手櫛で整える。




