カッコいい男になるために
「僕も森の中に入って人を助けます」
「なっ、何を言っているんですか! キースさんには無理ですよ! 今、ロミアさんと同じように魔力を身にまとって飛び込んでいった冒険者達がまだ一人も帰ってきていないんです。どの人も新人ではなくベテランの冒険者の方たちがですよ。キースさんは三原色の魔力も持っていませんよね!」
ギルド職員の男性は必至で止めてくる。
「でも僕は傷の治りが早いんです。炎の熱さもトラウマに比べたら、大したことありません。全身に水を被れば少しは耐えられるはずです」
僕は森の中に入って行こうとした。だが、またしてもギルド職員の方に止められる。
「命を無駄にしないでください。死ぬとわかっていて何で行こうとするんですか。キースさんは無能力なんですよ。そんな人に死に行くような無茶はさせられません」
「僕は死ぬ気なんてありませんよ。領主が『赤の森』に到着するまでの間、出来る限り多くの人を助けたい。それだけです!」
「そうだとしても、死ぬ可能性が高いんですよ。見過ごせません」
僕は悩んだ。僕には全く関係のない人達が死のうがどうでもいい。実際誰でもそうだ。
自分と自分の大切な人さえ生きていれば何も文句は言わない。だが、死を直面している者を助けない道理はない。死にそうな人がいて助けられるのなら僕は救いたい。
僕が死ぬかもしれないのはわかっている。でも、フレイの炎を直接触れていた腕が崩れ去っていない。これだけで僕は炎に耐性があるとわかる。傷の治りも早い。多少の無理は出来る。
――黒卵さん、すみません。僕は無茶します。許してください。
「シトラに見合う男になるんだ。助けられるかもしれないのに怖気づいて逃げる男なんて、カッコ悪いよな。僕はカッコいい男になる」
シトラに惚れている男として恥ずかしい真似は出来なかった。そのため、ギルド職員の男性の腕を振り払う。
「すみません。僕は男になるために、逃げるわけには行きません。一人、いや、二人。必ず助け出します!」
「なっ! キースさん!」
僕は巨大な炎を目の前に立ち尽くしている冒険者の持っていたバケツを奪い、自分の頭にぶっかける。立ち尽くしていた冒険者さんは目を丸くし、僕が何しているのかわからない様子だった。
全身びしょ濡れになった僕は倒れた木が燃え、炎の壁になっている入口に向う。
「スゥ…………、ふっ!」
息を止めた。煙を吸うと肺が焼ける。激痛だ。
僕は五分くらいなら息を止めて全力疾走出来る。その間に何人も助け出す。何度も何度もおこなえば、一〇人くらい救えるはずだ。
僕は轟轟と燃える炎の中に飛び込んだ。
――あっつ! あっつ! これ、長居はさすがに出来ないな。本当に五分が限界っぽい。走って炎の中にいる人を見つけろ。声が出せないから、眼と耳で人の声を聴き分けるんだ。
「う、うぅ……」
炎の中で全身に泥を塗り、地面に潜ろうとしている冒険者がいた。
右腕は吹き飛んでいる。だが、縄でしっかりと縛り、止血している。
僕は声を出すと息が切れるので声を出さずに男性を左腕で抱える。
――まだ、右腕が開いてる。ロックアントの素材に比べたら全然軽い。人を見つけろ、生きている人を見つけろ。
僕は燃える森の中を走る。アイクさんが貸してくれている冒険者服が防火性なのか火が燃え移らず、僕が熱さに耐えられるだけ走れた。
「あ、あぁ……」
僕は地面に半身を埋もれさせ、何とか助けを求めようとしている冒険者を一人見つける。その人は両脚が変な方向に曲がっており、完全に折れていた。
右手で男性冒険者を抱えて思いっきり走り、『赤の森』の入口に戻る。
体を鍛えるためにずっと走り続けてきたおかげで、僕は二人の冒険者を助けられた。
列車爆破事件の時は僕が犠牲になって生き残った人を助けられたと思った。自己犠牲の精神で人を助け、シトラに会いたいという一心で生き残った。
でも今は違う。シトラに会いたいから人を助けているんじゃいない。助けたいと心の底で思ったから、助けている。
今の僕は人を救う力がある。三カ月前の僕とは何もかもが違うのだ。心も体も、考え方も。でも、シトラが好きなのは変わらない。
「はぁあっ!」
僕は入口付近の大きな火の壁を飛び越えるために地面を強く踏み込む。すると、全身に力が入り、高く跳躍できた。そのまま炎の壁を越え、地面を滑るように着地する。
「よし、二人助けられた。これでいい。あと二四九回行えば皆を助けられる。息がギリギリだったから、多分丁度五分だ。じゃあ、運が良くて二一時間くらいで終わるのか……。考えても仕方ない、次々行くぞ!」
僕は冒険者さんが行っていた泥を体に塗るという知恵を借りることにした。とりあえず露出している部分に泥を塗る。主に髪や顔に泥を塗った。手はグローブをはめているので露出していない。
今、僕が泥をなぜ塗れているかというと、入口付近で多くの冒険者が川の水を使って火災を鎮火しようとしたらしいが歯が立たなかったという作戦失敗の副産物が泥で、水分を含んだ地面が広がっていたのだ。
黒卵さんにも縫っておく。もしかしたら熱いと感じているかもしれない。まぁ、走っている間に泥は落ちてしまうだろうけど……。
僕はまたしても森の中に走って行った。
――領主が到着する時間は多分三〇分から一時間だと思う。『赤の森』から、ルフス領まで馬車で一時間ほど掛かるのだ。領主もフレイのように空を飛んでこられるのだとしたら、もっと早いかもしれない。乗馬で来ても早いかもな。
僕は人を助け続けた。複数人見つけた場合は全員を縄で縛り、焼け焦げる前に走って救出する。
救出した人数は一〇人、二〇人、三〇人と増えていき、一時間で三九人助けられた。運が相当いいらしい。
冒険者さんが纏まっている場合が多く、予想よりも多くの人を助けられていた。だが、肝心の領主が一時間経ってもやってこない。あまりにも遅いので領主にも何かあったのではないかと思ってしまう。
「。今回で五人見つけました。救護をお願いします。じゃあ、また、行ってきます」
「あ、ああ。わかった……」
僕は見知らぬ冒険者さん達に怪我人を預け、炎の海の中と外を何度も何度も行ったり来たりしていた。その間、焼死している冒険者の数も多く、ギルドカードを回収するしか出来ず、死体は持ち帰れなかった。
現段階で二〇名の方の焼死体を見つけ、二〇枚のギルドカードを回収している。
その中にロミアさんの名前はなかった。




