ご褒美があれば頑張れる
午前七時四五分『赤の岩山』到着。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。や、やったぁ。初めて走り切れました。一週間、部屋の中で鍛錬を続けた甲斐がありました」
ミルは四つん這いになりながらも最後まで無事に完走した。
「頑張ったね、ミル。ご褒美に、僕の大切な相手の情報を一つだけ質問してもいいよ」
「わ、わかりました。じゃあ、その方の種族は何ですか?」
ミルは面を上げて質問してくる。
「狼族の獣人だよ」
「え! じゅ、じゅ、獣人さんだったんですか!」
ミルは相当驚いていた。ミル曰く、どうやら人族は獣族に興味をあまり示さないらしい。獣族の風当たりは安く買えて、使い捨てしやすい体の持ち主だそうだ。なんか悲しい。
「まさか、キースさんの大切な相手が獣族だったなんて。ぼく、キースさんに対する好感度がますます上がりました。もとから最大でしたけど、上限を突破しましたよ。ぼくをどれだけ虜にする気ですか」
ミルは僕の手をムギュっと握り、瞳をキラキラと輝かせ、僕の方を見てくる。ほんと、可愛いから勘弁してほしい。
「そんな気はないけど、僕の好感度が上がるのは嬉しいね。最近は駄々下がりだったからさ」
「あ、あれはぼくの行動も悪かったので、気にしないでください」
僕とミルは『赤の岩山』の入り口に並ぶ。
マゼンタの髪色を持つ人は殆どおらず、シアンやイエローの人ばかりが残っていた。
話を聞くとどうやらルフスギルドの冒険者は皆『赤の森』に向ったらしい。まぁ、僕たちの髪色はマゼンタではないので、ルフス領の冒険者だと気づかれないのは楽でいい。
午前八時。『赤の岩山』入口開門。
「よ~し! 今日はスライムを五〇匹倒すぞ! いや、なんなら一〇〇匹倒して、キースさんの大切な相手の情報を手に入れます!」
「やる気の出し方が独特だな。まぁ、知りたいならとことん頑張って。ミルもただ漠然と頑張るより、何か報酬があった方が頑張れる性格なのかな」
「はい。ぼくもそう思います。何か報酬があると頑張れるみたいです。さっきの走りでそう感じました。なので、ぼくは頑張って仕事をやり通してみせます」
ミルの気合いはすさまじく、額から汗をだらだらとたらし、全力で努力してまでしてシトラの情報が知りたいとは思っておらず、僕はちょっと困惑した。
僕達は『赤の岩山』に入るや否や、スライムの群れと遭遇し、倒しまくる。
「はっ! せいっ! やっ! とうっ!」
「ふっ! ほっ! とっ! はいやっ!」
僕とミルが持っているナイフによってスライム達の核が破壊され、水疱が弾けていく。
ミルは初めてスライムと相対したときとは比べ物にならないくらい腕前が上達し、的確に核を狙えるようになっていた。
ミルと少し生活してわかったのだが、ミルは眼があまりよくない。一〇メートル離れて指の本数を数えさせるも眼を細め、顔を顰めるくらいだ。
ギリギリ見えるのは五メートル、はっきりと見えるのは二メートルくらい。
眼鏡をかけた方がいいくらいなのだが、生活に支障はない。理由として、耳が異常に良いからだ。眼が悪くても耳で辺りの情報を知り、大体把握できるそう。
眼が悪かったせいでよく見て核を突くという動作が難しかったのだと僕はあとから気づき、眼ではなく、耳を重視してみたところ、この通りだ。
「ふっ! はっ! せいっ! やっ! とうっ!」
ミルは滑らかな動きでスライムを破裂させていった。三週間ほど前はお話にもならない力だったのに今では物凄い可憐な動きをするようになった。たぐいまれなる才能か、成長速度が早すぎるのか、分からないが、ここまで出来るのなら僕の指導入らないのではないかとおもう反面。
「うわっ!」
ミルはスライムをふみ付けてしまい、転倒してしまった。そのまま、スライムの体液だらけの地面に背中を着け、ドロドロに汚れる。こういったドジをふむ場面も多々あり、目が離せない。この場所が低い土地だからいいものの、万が一高い崖付近で起こってしまったらミルは真っ逆さまに落ちていてしまうかもしれない。
「痛たた。あぁ、ベトベト……」
ミルの体はスライムの体液でドロドロベトベトになった。
「足場をしっかりと意識しないからだよ。もう少し足場と敵の位置を把握できるよう、鍛えよう。でも、耳で敵の位置を感知する技術は身についてきたみたいだね。一週間も閉じこもっていたのに、感覚を忘れていないなんて凄いよ」
「えへへ……、ありがとうございます。毎日頑張って外の音を拾って、場面を想像してました。なので、聴覚が鍛えられたんだと思います」
「そうなんだ。よし、もう少しスライムを倒してから洞窟の中に入るよ」
「了解です!」
ミルは両脇を閉め、意気込む。
僕はミルの体や服についているドロドロのスライムを擦り落とし、乾いた布で拭いた。お尻のスライムを落とす場面は少々気持ちが高ぶってしまったが、淡々とこなす。今は尻尾に付着してしまったスライムを落としているところだ。
「うぅ、はぅぅ、なんか、背中がぞわぞわしますぅ」
「あんまり変な声ださないでよ。変に意識しちゃうからさ」
「ごめんなさい、尻尾はちょっと敏感で、ひゃぅっ……」
僕はミルの体を拭き終え、ドロドロになった布を絞る。すぐに乾くわけではないのでウェストポーチに入れておく。
僕達は残りのスライムを倒し、その後も倒し続け二人合わせて二〇〇匹のスライムを駆除した。正確に数えている訳ではないが、ミルは八〇匹、僕は一二〇匹くらいだ。
「はぁ、はぁ、はぁ。やった。ぼくまた自分の自己最高討伐数を更新できました」
ミルはほめてほしそうに僕の方を見て、耳をピコピコ動かしていた。僕はミルの頭に手を置いて優しく撫でる。
「じゃあキースさん、次の質問してもいいですか?」
「わかった。次は何を聞きたいの?」
「えっと、キースさんの大切な相手の名前を教えてください」
「名前はシトラ・ドラグニティだよ」
「なるほど、シトラさんですね。ありがとうございます」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




