ミルの発情期
――うぅ、シトラ。僕はどうしたらいいんだ。僕がシトラとあった時、僕が既婚者だと知ったらシトラはなんて言うのかな。僕はシトラ一筋、一二年。生粋のシトラ大好き人間だ。
僕は誰かに好かれた経験はなく、告白された経験はもちろんない。
今、ミルは人生の岐路を迎えている。加えて、その選択を手繰り寄せようとしている。
ここで僕が断っても、ミルは絶対にあきらめない。わかる。だって、僕もそうだから。
シトラに告白して振られても僕はねちっこく居座り続ける。きっと騎士に捕まるまで好きだと言い続け、いっそ殺してほしいくらい纏わり付く。それくらいの覚悟がミルの瞳から伝わってくるのだ。
「はぁ。その眼、どんな仕打ちを受けても僕から離れないって言う眼だよね。瞳の奥が力強く輝いているよ」
「はい! たとえ無理やり犯されようともキースさんなら万々歳です! 何なら今すぐにでも犯してください!」
「そんなことはしないけど、了承はした。ミルの気が済むまで僕の傍にいたらいいよ。でも、まだ結婚はしないからね」
「え、いいんですか?」
ミルは驚いていた。どうやら断られる前提だったらしい。
「ぼく、キースさんの寝こみを襲って既成事実を作ってしまおうとも考えていたんですけど、キースさんの傍にいてもいいんですか?」
「うん。いいよ。でも、僕はミルが成人するまで手を出さないし、夫婦っぽいこともしない。ほんと、仲のいい友達みたいな関係だけど、それでもいい?」
「は、はい! 全然かまいません! うぅぅ。やった~! これでぼくは一人にならなくて済みます。ぼくはキースさんのペットです!」
ミルは僕に飛びついて抱き着いてきた。細く長い尻尾をくねらせ、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らしている。まぁ、猫族だから当たり前なんだけど。
「ペットって。僕はそんな扱いをミルにしないよ。一人の女の子としてちゃんと見るから。だから、こんなに近づかれると恥ずかしいよ」
「えへへ。キースさん、キースさん~」
ミルは僕の話を聞かず、抱き着いてはこれでもかと甘えてきた。頬を僕の頬に擦りつけ、体をむぎゅむぎゅと押し付けてくる。
どうやら昨晩から相当悩んでいたらしい。悩みが解消された結果がこれだ。猫族にしては甘々すぎやしないだろうか。もう少しツンとした部分があってもいいと思うんだけど。これじゃあ犬と言われても仕方ないよ。
「はぁ、ミル。僕の傍にいてもいいけど、しっかりと強くなってもらうからね。そうしないと、僕みたいな弱い男じゃ、ミルを守ってあげられないかもしれない。自分の身は自分で守れるようになるんだ。分かった?」
「はい! ぼく、もっともっと強くなります! なので、これからよろしくお願いします!」
ミルは深々と頭を下げ、僕に頭を撫でてほしそうに上目遣いで訴えかけてくる。その顔が見知らぬ男でも心を鷲掴みにされてしまうくらい色っぽく、あまりにも愛らしい。
「仕方ないな……」
僕はミルの頭を撫でた。するとミルは僕の手を持ち、少しずつ頬にずらし、顎へと持っていく。顎下を撫でられるのが気持ちいのか、ミルの体は震えていた。
「えへへ、えへへ~。キースさん、キースさん。もっと撫でてぇ~。ミルの気持ちい所、もっと撫でてぇ~」
「あ、アイクさん。なんか、ミルの様子がおかしくありませんか!」
「ミリア、これあれだな。獣人族の発情期だな。だからあんなに積極的になっちまったんだろう」
「あぁ、発情期ね。少し遅いけどミルちゃんの不安定生活中だったから大分ずれてたのか。なら、こうなっても仕方ないわね」
「あの、いったい何を言っているんですか?」
「えっとキース君、ミルちゃんは獣人族特有の発情期になっているみたい。精神が安定していないから、すぐ怒ったり、泣いたり、積極的になったりするの。その間の記憶は薄くて、本能に従う傾向にあるから、大胆な行動に出ちゃうのよね。こうなったら、少し引きはがして、発情期が過ぎるのを待たないといけないわね」
「発情期……」
「キースの部屋は使えないな。心苦しいが別の部屋に監禁しておくか。強く好きになった雄が近くにいると見境なく襲ってくるからな。本当は親が押さえ方を教えるんだが、ミルは両親に恵まれなかったみたいだ。薬でも治せるが、今は持ち合わせがない」
アイクさんは僕の頬をペロペロ舐めまくっているミルの両脇に手を入れ、持ち上げたあと、眼にもとまらぬ速さでササっと縛り上げた。
「ふー! ふー! ふー!」
ミルは口に縄をかまされ、喋れないでいた。そこまでする必要があるのかと思うが、アイクさんは別室へと連れて行った。その後、すぐに調理場に戻ってくる。
「あ、あの。色々情報があって、混乱しているんですけど……」
「そうだな、簡単に説明すれば、キースに助けられ、健康的になり、優しさと強さに惚れ、酷いことを言われた影響から、発情のスイッチが入り、不安が解消されたおかげでキースへの愛が爆発した。きっとこんなところだろう」
「えっと、えっと。獣人族はみんなあんな感じなんですか?」
「そんな訳ないだろ。本来なら親の愛情をたっぷりと受けて懐く。この工程が発情期を抑える役割を果たしているんだ。奴隷とかは鉄首輪によって制御されているな。本当に辛い時は薬を使う。だから、むやみやたらに発情しない。ミルは珍しく奴隷じゃなかったからな、キースからの愛で爆発したんだ」
「そ、そうなんですね。じゃあ、僕がミルを苦しめてしまったのか」
「そういう訳でもないわ。獣人族は本当に愛した相手にしか発情しないの。ミルはキース君に甘えたかっただけなのよ」
ミリアさんは微笑んで伝えて来た。
「なんか、複雑な気分です。ミルは元に戻るんですか?」
「ああ。戻ると思うぞ。少しずつ自分で発情を自覚して、抑えられるようになるはずだ。ま、甘えてくる期間とでも思っておけばいいだろ。ま、一生続くんだがな」
「え?」
「人と同じだ。別に気にすることじゃない」
「あぁ、確かに。えっと、なんか気まずいので仕事に行ってきます。ミルのことお願いしますね」
「俺達にやれるのは甘々で厭らしいミルの声を聞かないふりをしてやるだけだ。本当は子共の頃に終わる行動を今起こしちまったわけだからな。当人にとっては相当恥ずかしいはずだ。いいか、特にキースは絶対にミルのいる部屋に入るなよ。一週間は入るな。食事はミリアに持たせる」
「わかったわ。朝と夜に持っていく。あと、体も私が拭くから。心の補佐も任せておいて」
「ありがとうございます。ミリアさんってすごい頼もしい人なんですね」
「ミルちゃんへの愛は誰にも負けないもの。しっかりと制御できるようにいろいろ教えてあげるわ」
「ほどほどにしておけよ。余計なことまで教えるな。分かったな」
アイクさんはミリアさんを睨む。
「わかっている。ミルちゃんを助けたい気持ちはほんとだから、安心して」
「そうか。じゃあ、任せる」
「了解!」
ミリアさんは騎士のように敬礼した。
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