お金の配分
「ただいま! よし! お風呂!」
ミリアさんは帰って来て早々、ミルの入っているお風呂に走って行った。
「きゃ~っ! ミリアさんのエッチ~!」
ミリアさんが乱入したのか、ミルの声が聞こえてきた。
ミリアさんいわく、ミルと一緒にお風呂に入るのが一日の癒しになるんだとか。まぁ、分からなくもない。
ミルとミリアさんがお風呂から上がってきて食台の周りに座る。ミルは温かいミルクをアイクさんから貰い、ミリアさんの前には夕食が並べられていた。
「はぁ~。ミルちゃんがいると、本当に癒されるのよね~。スベスベもちもちの肌とか最高なのよ~」
「ちょ、ミリアさん、そんなに触らないでくださいよ。くすぐったいです」
ミリアさんはミルの頬に頬ずりしたり、内股を摩ったりとやりたい放題だ。ミリアさんが女性じゃなかったら確実に痴漢だ。女性同士でも相手が嫌がれば痴漢行為になるのだろうか。
まぁ、嫌がっているミルを見るのも少しそそるのだが、この気持ちはきっといけないだろうから、さっさと捨てよう。
僕はお風呂場に入り、沐浴して悪質な心を洗い落とす。気分が晴れたら体と黒卵さんを洗い、寝る準備を整えた。
僕とミルは部屋にいき、ミルはベッドに寝ころぶ。寝間着を着ていてもぷりっとしたお尻が可愛らしい。尻尾がうねり、ベッドの上が心地いいと言っているようだった。
「ふぁ~。キースさん。ぼく、丁度いいくらいに体が重いです。これくらい体が重いと全身がしっかりと鍛えられた感じがします。これなら、夜の間寝れば明日もまた動けるようになりそうです」
「それなら良かった。明日はビラ配りしてもらうから、薪割りは休みね。明後日は薪割りをもう一度してもらう。まぁ、薪割りとビラ配りを交互に行ってもらうから、そのつもりでいてくれたらいいよ」
「分かりました。えっと、キースさんは眠らないんでしたっけ?」
「うん。眠らないというか、寝られないだけなんだけど、今は苦じゃないから、ミルは気にせず寝てもいいよ」
「じゃあ、お願いがあるんですけど、いいですか」
ミルはベッドの上でペタンコ座りをしながら、僕の方を見てくる。
「どんなお願い? 僕にかなえられるお願いなら、もちろんしてあげるけど……」
「ぼくが寝落ちするまで、頭を撫でていてほしいんです。キースさんのにおいを嗅いでいると、すごい安心出来てよく眠れるんです」
「そうなんだ。わかった。じゃあ、ミルが眠るまで頭を撫でてあげるよ」
僕はミルの枕元に小山座りをして黒卵さんを抱えながら頭を撫でる。
「キースさん。前から思っていたんですけど、その黒い卵は何ですか?」
「これは僕の命の恩卵だよ。この卵が孵るまで温めているんだ」
「命の恩卵って……、はは、キースさんも面白いことを言うんですね」
ミルは笑った。どうやら、僕の発言が冗談に聞こえたようだ。逆に僕に引くのではなく、冗談と受け取ってくれるミルの優しさが尊い。頭を撫でる手に熱がこもる。
「嘘だと思うかもしれないけど、この卵は喋るんだよ。あと五カ月くらいで孵るみたいなんだけど、実際のところ僕も半信半疑なんだ」
「卵が喋る……。そんなことがあるんですか?」
「まぁ、あったんだよ。最近はめっきりないけど、時おり幻聴が聞こえるんだ。だから、生きていると思う。でも、産まれてこないと生きているか判断できないし、初めて声が聞こえた時に温めてと頼まれたんだ」
「えっと触ってみてもいいですか?」
「いいよ。ミルくらいかわいい子に触ってもらったら黒卵さんも喜ぶかもしれない」
「そうだといいんですけど……」
ミルは黒卵さんに触れた。特に何の反応も起きず、ミルの包帯が巻かれた左手が上下に動いている。
黒卵さんの漆黒とミルの白い手が相反し、とても不思議な光景だった。
「何か、この黒い卵を触っていると変な感覚がします。体から何かが抜き取られているというか、何だろう。魔力かな、あと、疲れも抜けてる気がします」
「魔力と疲れ。黒卵さんが魔力と疲れを吸い取っているの?」
「えっと、ぼくにもわかりませんけど、そんな感じがするだけです。ぼく、無駄に感覚が鋭いので当たっているような気はしますけど、断言はできませんね」
「そうか。黒卵さんが僕の魔力と疲れを吸い取ってくれていたんだ。魔力を吸い取るのは孵化するためかな。疲れを取ってくれるだけでこんなに長い間動けるようになるなんて……。でも、そのお陰でお金を溜められるし、感謝しないと」
僕はミルの頭を撫でながら、黒卵さんも一緒に撫でる。どことなく黒卵さんも喜んでいるように見えて嬉しかった。
ミルの頭を一五分ほど撫でていると、ミルは寝息をスースースーと立てて、眠りに落ちた。寝顔がありえないくらい可愛い。まるで天使が舞い降りたかのような……、ってさすがに言い過ぎかな。
「よし。今から魔法を練習して筋力の鍛錬、瞑想。ちょっとでも強くなるんだ」
ミルと僕は互いの目的のために日々少しずつ成長していった。
ミルと出会った日は一〇月一七日の月曜日。その日から早いもので一三日がたち、一〇月の終わる三一日になっていた。
昨晩、今まで貯めた金額を計算すると、毎日一定額を稼ぎ続けているので金貨二〇枚を一三日間なので二六〇枚お金が貯まった。
金貨一〇〇〇枚の一/四くらいが貯まったていたのだ。ミルも同じ値段を貯めている。僕達二人は気づかぬうちに小金持ちになっていた。
「ぼく、いつの間にこんなお金を貯めていたんですか。なんか、知らぬ間に革袋が硬貨でパンパンになっているんですけど」
ミルは一枚、三一グラムほどの金貨が二六〇枚入った革袋を、赤子をなだめるように持ち、驚いていた。
驚くのも無理はない。金貨一枚あれば王都で一日暮らせるのだ。まぁ、最底辺の宿泊費だと思うが、王都の宿を二六〇日間も借りられると考えたら凄い金額だ。それを一三日間で稼いでいるのだから、驚くのも無理はない。
だが、僕は少し困っていた。
「あの、このお金全部キースさんにあげます。ぼく、こんな大金は貰えませんよ」
「いや、何回も言っているけど、これはミルのお金だ。僕の方こそ貰えないよ」
そう、ミルは僕にお金を渡そうとしてくるのだ。
冒険者パーティーを組むさい、仕事の報酬は半分ずつと決めている手前、僕はきっちりと分ける。たとえミルが魔物をあまり倒せていない日があったとしても、僕は報酬の半分をミルに必ず渡してきた。
お金の問題はパーティー関係を悪化させる原因になると知っていたからだ。
実際、ミルは僕の手助けをこれでもかとこなしていた。
索敵や採取、時に見せる笑顔による疲労回復など、ミルがいるだけで僕の仕事が捗るのだ。それなのに、ミルは『自分は何もしていない』と言ってお金を返そうとしてくる。ほんとうに困った子だ。
大金を持っていても損はない。ルフス領なら一年間は容易に過ごせるはずだ。
ミルにもこれくらいさっと稼げるくらいに成長してほしい。そのためにはミルの衣食住が必要だ。今まで溜めた金貨はミルのこれからの生活費に使ってもらいたいというと、逆にムスッとするようになった。いったいなぜなんだ。




