病院での目覚め
僕はボロボロになった状態で湖に歩いていく。靴や服はボロボロなのに、革袋だけはまだ破れていない。
剣はフレイの攻撃に当たったのか、探しても見当たらなかった。
――この革袋、いったいどれだけ良い品なんだ……。
僕は黒卵さんを革袋に入れて、抱きしめてと言われたから抱きしめる。
「うわ、水がほぼないよ……。ごめんね、魚たち」
湖の周りに、フレイの攻撃によって水と一緒にかき出された魚が弱々しく跳ねている。
かき出された水は焼けた地面に吸い込まれ、湖に戻せない。魚を湖に帰しても水が無ければ死んでしまう。
僕は湖に少しだけ残っている水を使って、髪を洗っていく。
煤が取れて白い髪に戻った。ついでに黒く焦げた右腕を浸す。
ここまで焦げてたらもう水膨れどころじゃない。
皮膚は溶け、筋肉が焼かれているにもかかわらず指は普通に動く。医学知識の無い自分でも、よく動かせているなと思った。
「痛てて……傷に沁みる。でも、痛みを感じるのは腕がまだ炭になっていない証拠だ。よかった……、シトラに合えた時に片腕が無かったら抱き着けないもんな」
すこし不純だが、シトラがいてくれたおかげで僕は生きてる。シトラの体が少々卑猥だったから、最後の最後に力が出せた。まあ、彼女の体つきが貧相だったとしても、力が出せたと断言できる。なんせ、好きになった理由は体じゃない、心だ。
――ありがとう、シトラ。まっていて、絶対に助けに行くから。
僕は髪を洗い終わり腕も冷やしたあと、地面に埋もれていた片方の靴を取りに戻って履く。
その後、フレイの足跡を目印に歩いてきた道を辿る。
目指すのは焼け焦げた列車だ。
「はぁ、はぁ、はぁ、地面が熱い……。まだ少し燃えてるよ。ここが死の世界じゃないのは確かだけど。もし、そんな世界があったらこんな感じなんだろうな」
息を吸うだけで肺が焼けそうな熱い空気がそこら中に充満している。風が吹けば、もっと涼しくなると思ったが、吹きつける風も熱波ときた。
足元がふらつくなか、歩いてきた道を辿っていると、黒煙が立ち昇る場所を見つけた。
「あ……、列車だ。もう殆ど灰しか残っていない。人はいるだろうか、今の僕でも助けられるかはわからないけど……」
先ほどから足元はずっとおぼつかない。視界も寝不足の時のようにぼやけており、数十メートル先もうまく見えない。
色の濃い黒と赤、燃え残った緑が見える程度だ……。
――この体でよく列車のある所まで戻って来れたな、偉いぞ、僕。あのまま湖に倒れ込んでいたら溺死していた。ここで倒れても焼死する。もう少し先まで歩かないと。
僕は一歩一歩、安全を確かめながら進む。
小さな石に躓いてこけるだけで気絶し、焼死する可能性があるからだ。
靴の裏からも地面が焼き石のように熱いとわかる。靴裏が溶けているような変な臭いが鼻に突く。
――今の僕に出来るのは摺り足で少しずつ進む。それだけに集中しろ。
「他に動けない人はいませんか! 近くのアイリーン村から救助に来た冒険者です! まだ動けない人はいませんか!!」
――どうやら救助が来ているみたいだ……。よかった……、僕も、運んでもらおう。
僕は救助が来ている状況に安心して黒卵さんを抱えながら力なく地面に倒れ込んだ。
顔や体が一瞬で焼けるかと思ったが、にじみ出ていた汗のおかげで皮膚が火傷を負わずに済んだっぽい。いや、全身痛すぎて感覚がマヒしているだけかもしれない。
――ここまで来れば、きっと気づいてもらえるだろう……。
地面に倒れ込んだ僕はそのまま意識を失ってしまい、その後どうなったか全くわからない。
☆☆☆☆
「う……うぅ、ここは……」
僕はどうやら眠っていたらしい。
目を覚ましたとき、最初に飛び込んできた色は白色だった。
日の光は目覚めに効く。窓から差し込む日の光がカーテンに遮られずに、僕の顔に当たっていた。
寝ぼけているのか、疲れが抜けていないのか理解できない。とりあえず、瞼を一度閉じて目を細めながら光に慣らす。
少ししてから、目をもう一度開いた。
「えっと。おはようございます……ですか?」
僕は近くにいた白い看護服を着た女性に話しかけた。
「あ……、先生、来てください! 白髪さんが目を覚ましました!」
その女性は僕が話しかけた瞬間、部屋を飛び出していった。
「ここは、どこなんだ」
僕は首を動かして周りを見る。
茶色の木壁に木製のベッド、白い布団、風通しのいい木製の窓……。
白色で清潔な丈の長い服を着ている。
周りには一人用のベッドが三台。その上に三人が横たわっていた。
三人とも包帯だらけで、とても痛々しい。
「寝ているのは、列車に乗っていた人たちかな。つ! いたぁ……」
僕の右腕も包帯が巻かれている。誰かがまいてくれたようだ。
左腕を見ると黒卵さんが入っている革袋が抱きかかえられている。
――この状況でも黒卵さんは放していないんだ。もう、くっ付いてるのかな。それくらいの感覚になってきたよ。
黒卵さんの重さで腕が鬱血していた。きっと僕が寝ている間、ずっと傍にいてくれたのだろう。
熱や体の傷が酷い時、よく悪夢を見るのに今回は一切見なかった。黒卵さんのおかげかもしれない。
僕は黒卵さんの位置を替えて血流を良くした。すると、腕に血液が回ったのか痺れる感覚が襲ってくる。
燃やされる痛みに比べれば、寝ていても気づかない程度で心地いいとすら感じる。
僕が今の状況を整理していると、部屋に白衣を着た緑髪の男の人が入ってきた。見るからに賢そうで、医者だとすぐにわかった。
――そうか。ここは病院なんだ。
「白髪さん。大丈夫ですか。頭痛や吐き気はありませんか?」
「ありません。しっかりと眠れて気分がいいくらいです。えっと、ここは病院ですか?」
「はい、ここはアイリーン村の病院です。あなたは、列車の爆発事故に巻き込まれたのですよ」
「え……、爆発事故ですか」
「はい、酷い爆発事故でした。乗車していた約三六〇名のうち、三〇〇名が死亡または行方がわかりません。残りの六〇名が重軽傷を負った大事故です。列車に乗っていた冒険者が持っていた火薬が何らかの原因で引火し、連鎖的に爆発したのが要因と報道されていました」
「ちょ、ちょっと待ってください。その話は、本当ですか?」
「本当ですよ。列車は木製の部品が多く、火が燃え広がりやすかったのも大事故につながった要因のようです」
「そ、そんな……。その話はどこの情報ですか」
「え、プルウィウス王国新聞ですけど……」
「新聞……ですか」
――事故。あれが事故で片づけられているのか。そんな、どうして……。
「でも白髪さんは運がいいですよ。右腕の大火傷だけで済んでいるんですから。他の人は全身の火傷が酷くて、完治するまで数ヶ月は掛かります」
「全身に火傷……、それは酷ですね」
「そうですね。あ、白髪さんはもう退院してもらっても問題ありませんよ。まだ眠っていると思いましたが、もう目を覚ますとは……。回復が恐ろしく速いので、驚いてしまいました」
「……あの、僕がここにきてどれくらい日が経っていますか?」
「えっと……まだ一日目ですよ」
「あ、まだ一日しか経っていないんですね。僕、ルフス領に行きたいんですけど、列車は通っていますか?」
「まだ、燃えた列車と遺体の回収が終わっていないようです。列車が通常通りに走れるようになるのは五日後らしいですよ」
「五日後……まぁ、それくらいはかかりますよね」
足止めを食らった僕は一人の少女をふと思い出した。
「あ、あの! 黄色い髪の女の子いませんでしたか。頭に怪我して血を流していた、えっと、年齢は一〇歳なんですけど」
「頭に怪我を負った黄色い髪の女の子なら、昨日治療しました。頭の傷はそこまで深くなかったので安心してください。会話が問題なく出来たので今朝、無事に退院しました」
「ほんとですか。よかった」
「ですが、終始元気がありませんでしたね。何かを思い詰めていたようです」
「えっと、女の子が退院したのは何時頃ですか。僕の知りあいなんです」
「午前七時三〇分頃です。丁度三〇分前ですね」
「……行かないと」
「あ、ちょっと! 入院着のままですよ。あと、病院内は走らないでください!」
僕はお医者さんの言葉が耳に入らないほど急いでおり、黒卵さんを抱きかかえて病室を出た。
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