ミルの疲労
僕はとりあえず扉を叩いた。
「は、はい」
「僕だけど、入るよ」
「どうぞ」
僕は扉の取っ手に手をかけて、扉を押して中に入る。
ミルはベッドに寝ころんだまま、先ほどとあまり変わっていなかった。
「そうだ。ミルに渡しておかないといけない物があるんだ」
「何ですか?」
ミルは上半身を持ち上げ、僕の方を見る。
「はいこれ、今日の報酬。金貨二◯枚。これで好きな物が買えるね。ミルの欲しいものが何か知らないけど、頑張って働いてくれてありがとう」
「き、金貨二◯枚……。二枚じゃなくて?」
「うん。二人で三九枚稼いだから、半分の二◯枚。パーティーを決める時に言ったでしょ、報酬は半分ずつって」
「でも、ぼくはキースさんより確実に働いてませんよ。なのにこんなにお金貰う訳にはいきません」
ミルは金貨の入った袋を僕に返してきた。
「でも、ミルにもお金は必要でしょ。これから生きていかないといけない。貰っておきなよ。ミルはちゃんと働いてくれた。お金を貰う権利もある」
僕はミルの掌に金貨の入った袋を置き、握り締めさせる。
ミルの生活が少しでも豊かになってくれればと思い、渡したのだが、ミルは笑うどころか泣き出してしまった。泣き虫な性格は早急に直してほしいのだが、なかなか泣き止みそうにもないため、聞いてみる。
「えっと、どうしたら泣き止んでくれるのかな……」
ミルは僕に抱き着いてきて服に涙をしみこませる。
あまりにも泣くので僕はミルを抱きしめて後頭部を撫でてあげた。
こんなに泣き虫な猫にこれから一人で生きて行けるようになるのだろうか。
でもミルの根性は本物だった。今日の薪割りでミルの本気も知れた。きっと大丈夫だと自分自身に言い聞かせる。
ミルが独り立ちできるようになるまで僕が面倒を見るのは変わらない。
お母さん以外の人から頭を撫でられた覚えが無いと言っていたミルの泣き顔は、当時の僕と同じような表情。
僕も母さんが死んでから、誰にも頭を撫でられた経験がない。シトラに泣き着くのは嫌だったのでずっと我慢していた。スージア兄さんにも甘えられなかった。
きっとミルも僕と同じだったんだろう。本当はお父さんやお兄さんに甘えたかったはずなのに、甘えられなかった。
ミルの場合はきっと運が悪かったんだ。自分ではどうしようも出来なかった。運が悪かったと言うのは嫌いだけど、お父さんを回診させようにも子供の力ではどうしようもない。お兄さんは近くに居なかったのだ。
ミルはずっと辛い思いをしていた。少し優しくされただけで泣いてしまうのかもしれない。ミルはしばらく泣いていた。少したつと寝息を立てながら眠った。どうやら疲れてしまったらしい。僕に抱き着いて離れないので何か抱き着く代わりの物がないか探し、枕を手に取ってミルに抱き着かせる。僕のにおいのする枕に身代わりになってもらった。
ミルは僕の使っていた枕に顔を埋め、抱き着いている。どうやら僕と誤認しているみたいだ。これで僕はミルから離れて鍛錬できる。
僕は黒卵さんを抱きしめ、重り替わりにして筋力の鍛錬にいそしんだ。
午前〇時から午前三時間ほど鍛錬をこなし、いつも通り、朝の食器洗いしようと思ったら、すでにミルが洗ってくれていたのを思い出した。そのお陰で昨夜分の皿しかなく、すぐに洗い終えてしまった。
一時間程時間が空いたので裏庭に向かい、無色魔法の練習。いつも通り、全く発動しなかったが練習を続けていればいつかできるようになるはずだと、僕は信じ、一時間練習した。
何がいけないのか分からないが一向に発動せず時間だけが過ぎていった。
魔法の練習後、ビラ配り、戻ってきて朝の食材の下ごしらえ。午前六時三〇分になり、ミルが僕の枕を抱きしめながらボサボサの髪をはためかせて調理場に来た。僕の姿を見て安堵している。
「ミル、すごい髪型だね。寝ぐせが沢山付いてるよ」
「え? うわっ! ほ、ほんとだ。ちょ、ちょっと直してきます~!」
ミルは脱衣所の方に走って行き、数分後に綺麗にまとまった髪で戻ってきた。枕を抱きしめながら、時おり鼻を鳴らしている。
「もぅ、キースさんのにおいをずっと嗅いでいたら、癖になっちゃいました……」
「な、なんかごめん。他に抱き着かせる物がなくてさ。でも、少しの間離れていればもとに戻るよ。少しの間だけ我慢してくれるかな」
「は、はい。わかりました」
ミルは僕の枕を部屋に置き、着替えてくると言っていた。ミルの着替えが僕の部屋に常備されているらしい。まぁ、僕が部屋に入らなければ良いだけなので問題はない。
僕は朝食を得た後、ミルが来るのを待っていた。だが、一向に来ない。僕は様子がおかしいと思い、ミルのいる部屋に戻った。
僕は扉を叩きミルに声を掛ける。
「ミル、大丈夫? 何かあったの?」
「え、えっと。その、動けなくなりました……」
「動けなくなった? 何かに挟まったの? でも、何か挟まるような場所あったかな……」
「その……、筋肉痛で動けなくなりました」
「え。でも、さっきは動いてたよね?」
「どうやら、コルトさんのにおいを嗅いでいたから動けたんだと思います。枕を手放して服を着替えていたら全身が痛すぎて動けなくなりました」
「な、何じゃそら……。とりあえず開けるけどいい?」
「え、いや、その……、今、全裸なのでミリアさんを呼んでください」
ミルは恥ずかしそうな声で僕にお願してきた。扉の向こうに全裸になっている美少女がおり、全く動けないと言うのだからちょっと破廉恥は気分なる。いかんいかんと頭を横に振り、僕はミリアさんを呼びに行った。
ミリアさんはすぐに駆け付けてくれて、部屋の中に飛び込んでいった。その一瞬の隙間から、真っ白な肌の猫耳少女が倒れている姿をチラっと見てしまい、自分の顔を殴る。
「キース君。今日はミルちゃんを休ませた方がいいと思う。一日でここまで筋肉が疲弊するなんて中々ない。相当きつい仕事をさせたんでしょ」
ミリアさんは僕の額に人差し指を置いて突き刺すように威圧してくる。
「ま、まぁ、確かに。ミルの全力を知っておきたかったので結構辛い仕事をさせてました」
「ほんと、アイクさんに鍛えられただけはある。考え方もそっくりになっちゃって。良いキース君。アイクさんの所業を他の人がやったらぶっ倒れちゃうの。キース君が倒れなかったのはキース君だから。同じような鍛錬させたらミルちゃんの体が壊れちゃうでしょ。今度からはもっと優しめの鍛錬にして、体が出来てきたらきつめの鍛錬にすればいい。分かった?」
「は、はい。わかりました」
僕はミルのいる部屋に入る。
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