水の飲み方
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。もう一回!」
ミルは汗だくになりながら、斧を振っていた。薪の個数は数えてみないとわからないくらい、作られている。
僕は水分補給用の水筒を持って来てミルに手渡した。
「ミル、汗を掻いたら水を飲む。体から水分が抜けたら危ないんだってアイクさんが言ってた。判断力、筋力なんかも低下するから、水分補給は徹底するように」
「わ、わかりました」
ミルは僕から水筒を受取ると、飲み口に吸い付くようにして水を飲む。喉が相当乾いていたみたいだ。
「はぁ~。生き返りました。キースさん、ありがとうございます」
ミルは僕に頭を下げる。僕は頑張っているねという合図に頭を撫でた。ミルは嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、ミル。また二時間後くらいに来るよ。それまで頑張っていてね」
「了解です!」
ミルは薪を割るのが好きなのか、すごい大量の汗を掻きながらも黙々と行っていたので体力と筋力をつけるにはちょうどいい運動だと思う。
下半身の筋力は岩山を移動していれば勝手につくはずだ。走り込みも行わせたいのだが今日はやめておく。すでに下半身への負担が掛かり過ぎているので、これ以上行うと怪我しかねないと思ったのだ。
僕は午後の食材の下ごしらえを終え、ビラ配りをこなしアイクさんのお店に戻ってきた。すると、丁度二時間くらい経ったので裏庭に向う。
「はぁ、はぁ、はぁ……。もう一回……、もう一回……」
ミルはまたもや汗だくになって斧を振り続けていた。
根性のあるミルの姿を見て僕も負けていられないなと思えるくらい熱が込み上げてくる。午前中に気絶するほど頑張っていたミルが午後も全身から汗を流し、今にも倒れそうになりながらも薪を割っているのだ。それだけミルは変わろうとしている。全力を出して変わろうとしているのだ。
僕はそんなミルの後ろ姿を見てかっこいいなと思い、声を掛けず、見守っていた。ミルは斧を木に叩きつけていったん休憩に入るらしい。
「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷはぁっ~。美味しい水、最高!」
ミルは仕事帰りの中年冒険者がエールを飲んだ後のようなしぐさをしていたのと同時に声をかけてしまった。
「えっと、ミル。ちゃんと水分補給しているみたいで何より……」
「あ、あぁ……」
ミルは顔を赤面させて見られたくないものを見られた時のような、具体的に言えば全裸を見られた時のような顔をしており、体がわなわなと震え、焦っている。
「い、今の声はその、えっと、お酒ばっかり飲んでたお父さんの口癖みたいなもので、昔から真似していたら、えっと、えっと、ぼくも癖になっちゃったと言うか」
「何でそんなに焦っているの? 別に水が美味しかったんだからいいじゃん。別に周りにどう思われても、犯罪じゃなければすればいいじゃない。別にお酒を飲んでいるみたいに水を飲んでも誰も何も言わないよ」
「うぅ、恥ずかしいので見なかったことにしてください……」
「無理かなぁ。ミルの綺麗な胸を見た時くらい衝撃的だったからさ」
「ど、どっちも忘れてください! 恥ずかしすぎて死んじゃいそうです!」
ミルは僕の胸をぽこすか殴る。子供がじゃれているのかと言う程度の力なので全く痛くない。ミルの力が抜けているのか、わざと抜いているのか分からないが、とにかく焦っているミルが可愛い。
「ハハハ、別に気にしないでよ。僕はミルに手を出したりしないから。ちょっとした事故として記憶しておくよ。ミルの可愛い……おっと、口が滑る所だった」
「うぅ。キースさんわざとやっていますよね。ぼくが恥ずかしがるように仕向けてますよね。キースさんのいじわる……」
ミルはしょげてしまい、斧の前で座り込んでしまった。尻尾と耳がへたりこみ、落ち込んでしまったようだ。
「ごめんね、ミル。ちょっと意地悪だったかも。焦るミルが可愛くてさ。つい意地悪したくなっちゃったんだ。許してくれないかな?」
僕はミルの横にしゃがみ、声をかけた。
「じゃあ、よしよししていっぱい褒めてください。ぼく、薪をいっぱい作ったんです。キースさんに凄いって言ってもらいたくて……」
ミルは頬を膨らませ、頬を赤くしたままむくれている。その姿も可愛らしい。
僕はミルをぎゅっと抱きしめて後頭部を撫でる。加えてミルにしっかりと聞こえるように耳もとで言ってほしい言葉をささやいた。こんな行為をシトラにしたらぶん殴られるのだがミルの方も僕に抱き着いてきて、ふくれっつらが元に戻り、にんまりした笑顔になっている。
ミルの汗のにおいは全く臭くなく、どことなくミルクの香りに似ている気がする。
「ミルは凄いよ。いっぱい頑張っている。こんなに薪を割れるなんて思わなかった」
「えへへ……」
ミルは撫でられて褒められたら元気になってしまい、斧を持ってまたもや丸太を割り出した。
「ミル、もう夕食の時間だから終わりでいいよ」
「いえ、ぼくはまだ全力を出し切っていないようです。キースさんに褒められたらなんだか力が湧いてきました。応援されるってこんなに力が湧いてくるんですね。今日の午前中もキースさんが応援してくれたから最後まで素材を運べたんです。本当の限界まで、ぼくはやり切ります」
ミルは斧を振って丸太を割り、薪にしていく。
ミルが頑張っている中、僕が何もしないのはもったいないと思い、魔法を練習する。
僕は未だに無色魔法を使えていない。子供でも出来る魔法なのに僕がやってもうんともすんとも言わないのだ。僕の体の中に魔力が殆どないのかと思うほどで、結構辛い。
毎日魔力をためて放つというのを意識して、魔法を練習しているのに一向に出来ないので少し諦めかけていた。
でも、ミルの姿を見たら、僕の諦める理由があさはかすぎて恥ずかしくなり、もっと真剣に練習していこうと決意する。
ミルが斧で薪を作る度、僕は魔力をためていく。ときおり、ミルの応援もしつつ『メラ』と詠唱を言うも不発。ミルが眼を丸くしており、ちょっと説明するとパーッと眼を輝かせ、ミルも魔法を使ってみたいとのこと。
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