背中の傷
「え? き、傷が」
ミルの背中にあった痛々しい傷跡の数々が綺麗さっぱり消えていた。
僕は自分の眼がおかしくなったのではないかと思い、ミルの肩を持ってまじまじと見る。
「ひゃっ! き、キースさん。い、いきなり……」
どれだけ見ても傷が無い。僕は最終確認として、人差し指で背中をすっとなぞる。
「んっ! き、キースさん。く、くすぐったいです。ん? なんか、触られている感じが違う……」
ミルも何かに気づいたようだ。
「ミル、背中の傷が消えちゃっている。ど、ど、どうしよう。ミルの生きた証が消えちゃった」
「傷が消えているんですか?」
「うん。綺麗さっぱり、ツルツルのスベスベになっているよ。どうしよう、いったい何が起こったんだ。多分、僕のせいだけど、どうしたら元に戻るんだ。えっとえっと……」
僕は自分が何をしたのか思い出し、傷が消えてしまった原因を思い出す。
――確か、何か頭の中に小さな声が聞こえてきた時があったよな。あの時、なんて聞こえたんだ。うまく思い出せない。
「あ、あの、キースさん。キースさんの話がもし本当なら、ぼく、喜んでもいいですか?」
ミルは僕の方を振り返る。
「傷が消えちゃったのに、いいの? さっき僕に見なかったことにしないでほしいっていっていたのに」
「あれはキースさんがあんな状態のぼくでも受け入れてくれる人だと知れたきっかけなので、忘れないでほしいという意味です。でも、傷が無いなら、キースさんに嫌悪感を抱かせる心配がない。なので、喜んでもいいですか?」
「ミルがうれしいのなら喜んでもいいと思うよ……」
ミルは上着を羽織り、胸元を隠して僕の顔を見る。体がぷるぷると震え、瞳に大量の涙が浮かび、今にもこぼれてしまいそうだ。
「うわ~んっ! キースさん、ありがとうございます!」
ミルは泣きながら笑顔で僕に抱き着いてきた。またもや僕は押し倒される。一晩で二回も押し倒されるとは思わなかった。
ミルは相当嬉しいみたいで何度も何度も感謝してきた。背中の傷はミルにとって常に付き纏い、苦しめてくる鎖のようなものだったらしい。それが消えたというのはミルにとってとても大きな出来事だった。
「スー、スー、スー」
たくさん泣いた後、ミルは眠った。泣き疲れてしまったのかもしれないだが上着を羽織っただけの状態で眠るのは流石に無防備すぎるのではないだろうか。
僕だっていっぱしの男でミルが女の子だと言うのなら、僕がそういう目で見ても何ら不思議ではないのに。
ミルは自分の可愛さをもっと自覚するべきた。僕が悪い男なら確実に唇の一つくらい奪っている。
だが誓おう、僕はシトラ以外の女性に手を出す気など一切ない。シトラが認めた相手なら……、まぁ、なくはない。
僕はミルをベッドに運ぶ。本当に軽い。子供と何ら変わらない。その重さは女性の体だった。運んでいる時は全くわからなかったが理解したあとだとここまで認識が変わってしまうとは思わなかった。
僕はベッドを全く使っていないのでミル専用のベッドになった。僕の使っていた枕と布団で悪いが、ミルの頭と体に掛ける。
「よし。寝心地がいいから多分起きないと思うけど、出来るだけ音を立てずに訓練しよう」
僕はミルが寝ている部屋で体を鍛え始めた。三時間経ち、一連の鍛錬を得たあと、朝の仕込みとビラ配りを終わらせて午前六時三〇分に帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「うわ~んっ! キースさん、よかった、よかったぁ!」
僕がビラ配りを終え、お店に戻ってくるとミルが泣きながら僕に飛びついてきた。
「ちょ! ミル、何で泣いているの!」
「おい、キース。抱いた女を泣かせるのは格好悪いだろう。あと、嬢ちゃんのことをずっと男だと思ってたんだってな。そんだけ美少女なのに、何やってんだか」
アイクさんはニヤついた表情で言ってきた。どうやら、僕をからかっているらしい。
「だ、抱いてませんよ! 勝手に決めつけないでください。あと、アイクさんもミルを男だと思っていた。僕は聞き逃しませんでしたよ。ミルの頭を撫でて坊主って言ってましたよね。どう考えても男だと思っていたとしか言いようがありません」
「あ、あれはだな、最初はそう思っただけであって、あとから気づいたんだ……」
「後っていつですか?」
「ついさっき……」
アイクさんもどうやら僕と同じくらい女性に疎いらしい。
「それで、ミルは何で泣いているの?」
「うぅ。キースさんがいなかったので、置いて行かれたと思いました」
「そうなんだ。ちゃんと言っておくべきだったね。僕は冒険者の仕事以外にこのお店も手伝っているんだよ」
「キースさんは冒険者をしながら、お店の手伝いまでこなしているんですか?」
「うん。実際、冒険者は副業でこっちの方が本業なんだ。ミルは朝に普通に起きて午前七時にお店を出られるようにしておけばいい」
「えっと、その。ぼくもこのお店に泊めてもらっていいんでしょうか……」
ミルはアイクさんの方を向いて、聞く。
「ああ、泊まるだけなら構わないぞ。キースの部屋に泊まりたいなら好きにするといい。食事は一人も二人も変わらない。食わせてやる。そのガリガリの体を見ると怖気が走るからな、抱き心地がいいくらいにまで戻してやるよ」
「ちょ、アイクさん言い方が生々しすぎますよ」
「よ、よろしくお願いします!」
ミルはアイクさんに向って頭を大きく下げた。あのいい方のどこにお願いしたい要素があったのか僕にはわからない。
でも、ミルは衣、食、住の三種類を借りにだが手に入れた。
僕とミルは調理場に向かい、朝食を得る。
「こ、これを食べてもいいんですか」
ミルは朝食を見て、眼を丸くしていた。どうやら朝食が自分の想像をはるかに超えていたらしい。
「食うために出してあるんだ。食べていいに決まっているだろう。食べないと筋肉はつかないし、疲れやすくなる。特に力仕事をする前に何も食べないなどありえない。さっさと食え」
「は、はい。いただきます!」
ミルは出された朝食にがっついた。あまりの美味しさに手は一切止まらず、全てを胃の中に流し込んだ。
「お、美味しかったぁ。ぼく、こんなに豪華な朝食は初めてです」
ミルは温かい牛乳を飲み、一息ついていた。
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