説明不足……。
「あの、こんな傷だらけのぼくですけど、本当にいいんですか?」
「何が?」
「え? そ、その、えっと……」
ミルは耳と尻尾をヘたらせ、返答に困っている。
「僕は傷を全然気にしないよ。背中の傷はミルが生きてきた証みたいなものでしょ。酷い仕打ちを受けてきたのに、よく今まで生きてこれたね。凄いよ。本当に凄い。カッコいいよ!」
「うぐぅぅ。き、キースさん、やさしすぎますよぉ」
ミルは僕から視線を背け、またすすり泣きをしだしてしまった。泣く度に動く肩によって同じように動く背中の傷はとても痛々しく、体も細く骨ばっている。ただ、どうしてだろうか。ミルの姿はどこか昔のシトラに似ている気がする。本当に出会ったばかりの頃のシトラの背中にそっくりだ。
――と言うか、ミルは男子なのにお尻がふっくらとしているな。まぁ、そういう人もいるか。あんまり傷を見るのも厭らしいし、気にしないで接してあげるほうがいいに決まっている。
きっとミルも気にしてほしくないだろう。僕の両手だって少し前は真っ黒だった。あの時はあまり理由を聞かれたくなかった。
ミルは体を入念に洗ってお風呂場を出ていった。
「ふぅ、次は僕が体を洗う番っと」
僕は体を洗い、シャワーで石鹸を流していった。ミルが魔道具で髪を乾かしている音が聞こえる。
――使い方をさっき覚えたのかな、でも、アイクさんの家には凄い道具ばかりあるよな。お風呂だって、普通の家じゃ入れないよ。ルフス領は源泉でも多いのかな。そうじゃないとお湯をこんなにやすやすと出せるわけない。
そんなことに気を取られながらお湯の出るシャワーが使えるというありがたさに僕は感謝する。
僕は全身を洗い終わり、黒卵さんを綺麗に磨き上げる。その頃にはミルが髪を乾かす音がしなくなっていた。
体を洗い終わった僕はお風呂にもう一度つかり、体を温め直す。すでに解れた体が、さらに解れる感じがしてたまらない。
ミルもお風呂に入ればいいのにと思いながら、猫族なので水が苦手なのかもしれないと勝手に解釈し、のぼせる寸前までお風呂につかっていた。
「ふぅ……。気持ちよかったぁ。さっさと体を拭いて、湯冷めする前に寝間着に着替えよう」
僕は温めた体が冷めないうちに寝間着を着る。加えて洗面所で歯も磨き、寝る準備ならぬ、夜の準部が終わった。
最近は一切眠っていないので夜に起きているのはもう慣れてしまった。
ベッドが余っているのでミルに使ってもらえたらいいなと思っていたこと。
筋力の鍛錬の音が気になってしまうかもしれないので、ミルの寝つきが悪くなってしまうかもしれないこと。これらをちゃんと伝えておくべきだった。
僕はお風呂からあがったあとトイレをすまし、部屋に戻ってきた。
「ふぅ~、いいお湯だったぁ。ん? ミル、なにしているの?」
ミルは床に正座していた。どこか緊張しているのか、顔が硬い。ただ頬は赤く、耳まで赤く見えそうだった。
「え、えっと。えっと……。い、一生懸命頑張ります。こ、今夜はよろしくお願いします」
ミルは正座しながら床に手をついてお辞儀してきた。夜にいったい何を頑張ると言うのか? 僕にはよくわからない。
ミルは頭をあげると、震える手で寝間着のボタンを一つずつ外していく。一番上のボタンが外れると胸元のボタン、それが外れると鳩尾当たりのボタン。寝間着のボタンをゆっくり、ゆっくりと外してく。
「ミル、何でボタンを外しているの?」
「キースさんに手間を取らせるわけにはいきませんから。これくらい、ぼくがやらないと」
「え? 手間……」
ミルは全てのボタンを外すと寝間着の襟元を持って肩からそっと外す。
寝間着が葉に乗った雫のようにスルッと床に落ちて、ミルの上半身が露わになった。
なぜか内着を着ていない。加えて男にしては、ほのかに膨らんだ胸。体はやせ細っているのに、なぜだ?
「そ、その。ガリガリで、色っぽくなくてすみません……」
ミルは腕を抱えるようにして痩せている体を少しでも隠そうとする。
「いや、えっと、その……。な、何で内着を着てないの?」
「何でって、どうせ裸になるのなら、着ていなくても一緒かなと思いまして」
「はぃ? 裸になる?」
「え、違うんですか」
僕とミルの間に沈黙が生まれる。いったい何を思って裸になるなんて結末に至るのか僕には理解できない。
男同士で裸になってなんの得があるんだ。
「え、えっと、えっと……。男性の方の部屋に泊まるには裸にならないと駄目だって、知り合いの女性に教えてもらって」
ミルの視線が右往左往して、落ちついていなかった。どう見ても同様している。
「いったい何を聞かされていたか知らないけど、そんな決まり事はないと思うよ」
「え。そ、そうなんですか?」
「いや、何で男の部屋で男が服を脱ぐ必要があるの?」
僕がつぶやくと、ミルの大きな瞳がさらに大きくなった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。キースさんは、ぼくが男だと思ってるんですか?」
「え? ミルはめちゃくちゃ可愛い男子なんじゃないの。胸とお尻は普通の男子よりも大きめなんだなーって思ったけど、それも個性かなって思ってたけど、違うの?」
「ぼ、ぼく、女です……」
ミルは僕の頭が混乱する言葉をぽろっとつぶやいた。
「はぃ? 女? んん? え、え、んん?」
僕はミル以上に動揺した。
ミルは床に落ちた寝間着を胸までたくし上げ、恥じらいながら上目使いで見てくる。涙の浮かんだ瞳はカンテラの明りを反射し、キラキラと光っていた。
「う、嘘。え、だって、お風呂に入ってもいいかって聞いたら、いいよって」
「そ、それは、夜の相手するのなら別に見られても仕方ないと思って」
「ええ、よ、夜の相手。ま、ま、ま、待ってよ。なぜそのような話になっているの」
「だ、男性が女性を部屋に連れ込む理由は、やりたいからに決まっているって、知り合いに教えてもらいました」
「そんなつもり、一切なかったのに。じゃ、じゃぁ、あの胸は本物」
「キュゥ…………」
僕とミルは二人して顔が赤くなる。
勘違いとはいえ、さすがに僕が悪い。説明不足と思い込みが混とんとして、判断を鈍らせた。
人と話す機会があまりない僕にとって、ミルのことをもっと聞いておけばよかったと深く後悔する。
「大変申し訳ございませんでした! 僕が馬鹿でした! 踏みつけるなり、蹴るなり、してください!」
僕は床にひたいを擦りつけて、誤った。ずっと男だと思っていたことや胸やお尻を見てしまったことを、誠心誠意を込めて謝った。
すると、ミルの方も謝ってきた。
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