道で拾った獣人
「じゃあ、とりあえずルフス領に向いますね」
僕は獣人さんを抱えながら走った。あまりにも軽く、ロックアントの素材一個よりも軽いんじゃなかろうかと言うほどの軽さで、骨しかないんじゃと不安に思ってしまう。
体つきはどこも骨ばっており、筋肉どころか肉もない。こんな状態で重い荷物を持たされていたらそりゃあ持てないはずだ。どう考えても栄養が足りていない。
僕はルフス領の門にやってきた。いつもならすんなりと入れてくれるのだが、今日は違った。
「あの、キースさん。その子はどうしたんですか?」
門番の方は獣人さんを見て眼を細めている。
「えっと、いつも通り走って戻ってきたんですけど、その途中に大岩の陰に隠れていた小さ目の馬車があって、不自然だなって思ったんです。何かあったのかなと思って声をかけたんですけど、剣で攻撃されて逃げられました。ただ馬車の中にこの子がいて、恐怖から声も出せないみたいで、とりあえず食事でも与えようと思って連れてきました。この子、骨ばってて今にも死にそうなくらいですよ」
「その、言いにくいんですけど、この場で身元の分からない方はルフス領内に入れられないんですよ」
「え……。そうなんですか。じゃあ、この子のギルドカードがあれば通れるんですよね」
「はい。ギルドカードがあれば通過できます」
僕は獣人さんに声をかける。
「あの、ギルドカードがあれば見せてもらえますか。そうしないと門を通過できないみたいです」
獣人さんは声を出さないまま、首からぶら下げていた紐を引っ張りだす。すると、ギルドカード(仮)が出てきた。
「あ、お持ちだったんですね。なら、通過してもらって構いませんよ」
「そうですか。わかりました」
僕と獣人さんはルフス領の中に入る。僕は一目散にルフスギルドに向った。
僕はまだスライム討伐の依頼の報告していない。その為、本部に行く必要があった。だが、獣人さんを抱きながら走っている姿は少々目立つらしく、周りの子供から指差しで何しているのかと疑問の声が上がるほどだ。
ただ、恥ずかしいことをしているわけではないので気にしない。数分でルフスギルドまで到着した。
「すみません。スライム討伐の依頼の報告をしに来ました」
「あ、キースさん。お疲れさまでした。えっと、その子は?」
「道で拾いました」
「野良猫みたいに言わないで上げてくださいよ。えっと、獣人さん。お名前は?」
受付さんは獣人さんに声をかける。だが、声が出ないのか全く反応しなかった。
「さっきから呼びかけても声を出してくれないんですよ。あと、僕に抱き着いて放そうとしてくれないんです」
「相当怖い眼にあったのかもしれませんね。えっと、今の状況で一人にさせるのは危険ですから、病院に連れて行くか、キースさんが看病するかのどちらかがいいと思います」
「あの、病院に行きますか?」
僕は獣人さんに聞く。だが、頭を横に振って拒否した。
「嫌みたいです」
「なら、キースさんが拾った責任を取ってちゃんと介抱してあげてください。この子は珍しく奴隷の鉄首輪していない獣人さんなので、少し前までは普通の生活していたと思うんですけど」
「何かあったんですかね」
「そうですね。冒険者になる方は一攫千金を狙うか、冒険者しか職が残っていない方ですから。その方の服装を見る限り、後者の理由かと思われます」
「はぁ……。見捨てられずに拾ってきちゃった僕が悪いですから、体力が回復するまで面倒を見ようと思います」
「キースさんは困っている方を見捨てられませんよね」
「はは、自分に力がない癖に正義感は無駄に強くって。もっと悪く慣れたら生きるのが楽になると思うんですけど」
「でも、自分の正義を貫いているキースさんはとてもカッコいいですよ。いつも一緒に仕事をさせてもらえて光栄です」
「そう思ってもらえていると思うと照れますね。でも、ありがとうございます」
僕はナイフを受付さんに渡す。スライム一〇〇匹の討伐を完了し、金貨六枚と銀貨五枚を受け取った。
小袋に金貨を入れ、アイクさんのお店に帰る。もちろん獣人さんも一緒に。
「た、ただ今帰りました」
僕は調理場にやってきた。
「お、キース。帰ったのか。って、誰だ?」
「僕もよくわかりません。でも、放してくれないので連れてきてしまいました」
「獣人。わけありなのか、ただただ死にかけてるのか。まぁ、どっちにしろ、そんなに汚い状態で食事させる訳にはいかない。先に風呂に入ってこい。その獣人もついでに洗ってやれ」
「わ、わかりました」
僕はそそくさと歩き、脱衣所に来た。
「えっと、お風呂に入れますか? 猫系の獣人さんだと思うんですけど、お湯は大丈夫ですか?」
獣人さんは頭を横に振る。どうやらお風呂に入りたくないらしい。だが、あまりに汚い状態ではアイクさんが食事を出してくれない。なので体をなるべく綺麗にする必要がる。
「あの、体を綺麗にしないと食事を出してくれない方がいるので、体を拭きますね。お湯を掛けたりしないので、安心してください」
僕は布を持ってお風呂場に入る。桶にお湯を溜めて乾いた布を浸しお湯から出して絞る。
「えっと、体を拭かないといけないので、服を脱がしますけど見られたくなかったら前を向いてもらっていいですか?」
僕が伝えると、獣人さんは僕から一度離れて前を向いた。僕には獣人さんに背中を向けられてる。
――確か、獣人族が他人に背中を向けるのは恥じ、を感じてしまうから嫌いってシトラが言っていたな。心が病んでる状態なのに酷なことをさせてしまった。早く終わらせよう。
「じゃあ、背中を拭いていきますから服を脱がせますね」
「う、うぅぅ……」
僕が服に手を伸ばそうとすると、獣人さんは当然のように怖がった。僕は手を下げて肌の見えている手を取る。
「ごめんなさい。いきなり脱がされるなんて嫌ですよね」
僕は小さなの指一本一本を丁寧に洗い、爪の中なども石鹸で綺麗に洗う。水をジャバジャバと掛けて石鹸を落とすと、黒ずんでいた手が真っ白になった。とても綺麗な肌でスベスベになり、触っていると心地いい。
「ぁ……、ぁの…………。く、くすぐったい………、です」
僕は助け出してからやっと声を聴いた。途切れ途切れのせいで、上手く聞き取れない部分もあったが、何とか内容を理解し、手を触っていたのを止める。
「よかった。喋れたんですね。辛いならまだ喋らなくてもいいですから、今は手足と顔、髪を綺麗にしておきましょう。見えている部分だけなら脱がなくても大丈夫ですから」
「うぅ、うぅぅ……」
獣人さんは常に泣きながら僕に体を拭かれていた。髪は先にブラッシングしてから洗うことにした。そうしないと泡立たないと思ったのだ。ゴミが大量についていると石鹸の泡立ちが悪いのだ。




