理髪店で髪を整えてもらう
「ふぅー。それじゃあアイクさん、行ってきます」
「ああ、領主と話せるといいな」
「はい」
一〇月一五日、天候(曇り)
「快晴ではないか……それもまた良し。シトラの髪色に似ていて綺麗な空だ」
僕は朝一番に理髪店に向った。アイクさんに聞いて腕のいい方がいると言うお店にやってきた。
一等地の中でも眼につきにくいお店らしく、朝なら人ごみにならないそうなので来てみたのだ。するとアイクさんの言った通り、早朝には誰もいなかった。
理髪店の看板が壁に掛けられており、僕は扉を引いて中に入った。
「すみません。髪を三センチメートルほど切ってもらいたいんですけど、いいですか?」
「はい、良いですよ」
僕は椅子に座り、黒卵さんを膝の上に乗せる。
「髪型に何かこだわりはありますか?」
「いえ、特にありません。このまま空いてもらう感じでいいです」
「わかりました。髪を切ったあとに頭を洗われますか?」
――洗ってきたけど、髪が服につくのはカッコ悪いから洗ってもらおう。
「お願いします」
「わかりました。全部で金貨一枚ですがよろしいですか?」
「はい。お願いします」
「では、切っていきますね」
理髪店の女性店員さんは僕の髪を手際よく切っていく。銀色に輝くカッコいいハサミを使い、ものの二〇分ほどで切り終えてしまった。
「どうですか? このくらいでいいですかね」
女性は鏡を持ち、後ろの髪も見せてくれる。僕が見たところ全く持って変な所はない。
「はい、問題ありません」
「では、あちらの椅子に座ってください」
「は、はい」
僕は髪を洗う用の椅子に座り、頭を桶の上に寝かせる。
女性は湯気の立つお湯の入った桶と何も入っていない桶を入れかえ、僕の横に立つ。
「洗っていきますね」
「よろしくお願いします」
女性は僕の顔に乾いた布を置き、水はねを防止した。細やかな配慮が行き届いている。
「このくらいの熱さで大丈夫ですか?」
女性は僕の頭に少量のお湯を掛けた。
「はい。丁度いいです」
「そうですか。よかったです」
女性は石鹸で僕の髪を洗っていく。やはり本職だけあって自分で洗うよりも気持ちがいい。誰かに髪を洗ってもらうなんて何年ぶりだろうか。シトラには洗ってもらった覚えがあるけど、いつもじゃなかったしな……。
「痒い所はありませんか?」
「大丈夫です……」
「そうですか。では、お湯で洗い流していきますね」
女性は桶に入ったお湯を使い、石鹸を洗い流していく。耳の中に入ることなくきれいさっぱり洗い流してくれた。
「では、乾かしていきます」
乾いた布で水気を拭き取り、髪が凄く軽くなったのを感じる。そのまま先ほどの椅子に戻り、温かい風が僕の頭を包んだ。魔法陣が浮き上がっているのでどうやら魔法で乾かしてくれているみたいだ。僕にも魔法が使えたら自分で乾かせるのだが、生憎生活魔法のメラすら使えない事態なのでどうしようもない。
「髪を固める蝋は塗りますか?」
「え、何ですかそれ?」
女性は小瓶を出し、見せてきた。中にはクリームのような白い物体が入っている。
「これは髪を纏めるための蝋です」
「蝋を髪に塗るんですか……」
「お客様はお使いになるのは初めてですか?」
「はい。聞いた覚えもありませんでした。普通着けるんですか?」
「そうですね。冒険者の方のような汗を掻く仕事の方々は着けませんが服屋や靴屋などの人と対面する方は着けています。あと、印象を良く見せる効果もありますよ。なので女性との食事などの前に着けていく方も多いです」
「へぇ……。じゃあ、着けてもらおうかな……」
「では、ガチガチに固めるか、ふわっと固めるかどちらにしましょう?」
「えっと、全部お任せにしてもいいですかね。僕、全く分からないので」
「全てお任せということで行わせてもらいますね」
「はい。お願いします」
僕は理髪店の女性に全てをお願いした。素人の意見より、本業の方の意見を選んだ方が確実だ。僕に髪の良し悪しがわからない。きっと全部お任せで間違っていないだろう。
女性は手にクリームを着けて伸ばし、僕の髪に塗っていく。手際が良く痛みはない。少しいい匂いがして石鹸のような爽やかな香りだった。
「お客様の顔の形と髪質からしてこのような髪にしてみました。どうでしょうか」
「おぉ……。これが僕なんだ。凄い、別人みたい……」
僕の髪はよく分からない状態になっていた。簡単に説明するなら滅茶苦茶カッコいい鳥の巣。
真っ白なのは否めないが、それでも髪型が違うだけで僕の印象は一気に大人っぽくなった。
「髪型を変えるだけでこんなに変わるんですね……」
「お客様は元からカッコよかったですけど、この髪型にすれば少し大人っぽく見えるので子供らしさを抑えられます」
「へぇー。確かに大人っぽく見えます」
「では、眉毛も整えさせてもらいますね」
「え、そんな所までやってくれるんですか?」
「お客様は元がいいので、やりがいがあります! 髭は全く生えていませんね。そのままでいてもらいたいですが歳を取るにつれて生えますから、毎日処理してくださいね」
「は、はい。わかりました」
女性は小さなナイフと毛抜きで僕の眉毛を整えてくれた。
金貨一枚でここまでやってくれるならとても安い気がする。
僕はシトラに髪を切ってもらっていたので、王都で切ってもらった覚えはないが兄さんに聞いた時、金貨数一〇枚かかると言っていたので金貨一枚は凄く安いと思う。
「これから誰かに会うんですか?」
「えっと、はい。紳士服を売っているお店に行った後に会いに行こうと思っています」
「へぇー。どんな方なんですか?」
「僕の家族みたいな方です。最近会えてないんですけど、やっと会えるかもしれないんです」
「そうですか。会えるといいですね」
「はい。そうですね」
僕の眉毛は綺麗に整えられ、さっきまでいたキース・ドラグニティとは全くの別人になってしまった。
――何だろう、子供から一気に大人になった気分だ。これで髪が黒だったらもっと合っていたのかな。白だとお爺ちゃん感が強い。綺麗に整えられているからか、カッコ悪くはないな。今の姿をシトラに見せたら何で言ってくれるだろうか。
「では、金貨一枚をいただきます」
僕は女性に金貨一枚を手渡す。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「こちらこそ、ありがとうございました」
僕は女性にお辞儀して理髪店を出る。
「ふぅー。よし! 次は紳士服だ!」
僕はちょっとした自信を持ちながら紳士服を仕立ててくれているお店に向う。
向かう道中、多くの人が僕の方を見ていた気がするが何か変なのだろうか……。まぁ、黒卵さんの入っている袋を今も持っているんだからおかしい人だと思われているのかもな。
それは仕方ない。別に誰にどう思われてもいい。シトラにさえカッコいいと言われたらそれだけで十分だ。それ以上を望むのは欲しがりにもほどがある。
僕は紳士服の売っているお店にやってきた。




