力比べ大会、決勝戦 フレイ対キース 後編
「この三下が! しぶといんだよおお!」
フレイの鼓動がはち切れんばかりの轟音を鳴らし、さらに大きくなっていく。
――魔力のせいで心臓があり得ないほど動いているんだ。こんなに大きな音を鳴らしていても大丈夫なのか。
「フレイ! 魔力を過剰に使い過ぎだ! 心臓が持たないぞ!」
ユダさんがフレイに向って叫んだ。どうやら、フレイは危ない橋を渡っているらしい。
「うるせええ! 命を削ってでも勝たなきゃ、戦いの意味がねえだろ!」
フレイは自分の命を削ってまで僕に勝とうとしている。
なぜそこまで勝利にこだわるのだろうか。
僕は分からない。
何か大きな理由があるのか。そうだとしたら、フレイをこんな化け物にした元凶は勝利を目的にさせた人物だ。その者が誰か、すごく気になる。
僕とフレイは常に全力で戦っていた。
だが、フレイの腕から、力がどんどん抜けていく。
魔力が切れたのか、それとも限界が近いのか。どちらにしろ、力を使い続けている以上、いずれ限界は来る。
僕にも限界があるはずだ。なのになぜか力は衰えず増していくばかり。
いつの間にか立場は逆転し、フレイの右手の甲が舞台の床に着きそうだった。
「クソ、クソ、クソ、クソ、クソ! 何でだ! 何で俺が負けそうになっているんだよ!」
「フレイ! もう、魔力の量が少ないんだ! これ以上は全力で戦えない! 木箱を被っている者の魔力量はおかしい! 人間の域を脱している! 普通に戦っても勝てないよ!」
ユダさんが大声でフレイに助言した。
「俺が負ける……、ふざけるなよ。そんな事実あってたまるか! 俺は赤色の勇者様だぞ。プルウィウス王国の中で七色の勇者に入っている選ばれた人間なんだ! こんな得体の知れない奴に負けられる訳ないだろ!」
フレイの心拍は通常に戻っていく。
「おらああああ!」
フレイの大声とは裏腹に体の魔力は既につきかけていた。魔力のないフレイはアイクさんいわく一般の冒険者くらいの強さらしい。それなのにエルツさんに勝てたのは一年間、フレイが努力してきた証拠だった。
エルツさんが手加減するわけない。フレイも魔力を使っていなかった。努力して臨んだ大会に得体の知れないものが自分よりも強い可能性があるという事実が許せないのか、フレイは全く諦めない。
一瞬、僕は負けようと考えてしまった。これほど勝ちたいと貪欲に思っている者の前で、力を抜き、負けておしまいにしようと考えた自分がいた。
――ここまで来て手を抜く……。そんな行動、とれるわけがない。なら、僕も本気で戦うべきだ。拉げた手に力を込めて思いっきりフレイの手の甲を床に叩きつけろ。フレイは悪いやつかもしれないが今の戦いに悪いも良いもない。あるのは勝つか負けるかの結果だけだ。
「おらああああああああああああ!」
フレイは奇声を発し、僕は無音のまま歯が砕けてしまいそうなほど噛み締めている。
僕も最大限の力を発揮するため、息を吸って最も近い舞台の床に叫ぶ。
「うらああああああああああああ!」
その瞬間、辺り一帯にあり得ないほどの熱風が巻き起こり、竜巻でも起こっているのではないかと錯覚するほどの強風が吹き荒れた。
「おらああああああああああああ!」
「うらああああああああああああ!」
力と力のぶつかり合い。
フレイの意地を見せられ、全力を出しても中央から一向に動かない。
初めの状態に逆戻りした。だが、フレイの魔力はもうない。
僕の方がどうなっているのかは全く想像できないが、力はまだ残っている。このまま押せば勝てる。そう思っていた時。
「フレイ! 頑張れ! そんな奴に負けるな!」
「赤色の勇者の力を見せてくれ!」
「私達の希望! 赤色の勇者様! 頑張って!」
「頑張れ! 頑張れ! 赤髪のお兄ちゃん!」
「儂らは勇者の見方じゃ! どんな強敵でも勝って見せるのが勇者じゃろ! 頑張らか!」
会場の皆がフレイを応援し始めた。僕を応援してくれる声は全く聞こえない。
エルツさんや『赤光のルベウス』さん達は僕を応援してくれているのだろうか。周りの声が大きすぎて全く聞こえない。
「ははははははっ! これが! 勇者の特権ってやつだわな!」
僕の右手がフレイに押されている。フレイの魔力は尽きかけのはずなのに……。
フレイは土壇場で周りの応援を力に変えた。応援の力は魔力以上の力があるらしく、僕の腕はどんどん動かされていく。
「おらおらおらおらおら!」
「ぐぐぐぐ!」
僕は歯を食いしばった。奥歯を噛み締めすぎて砕けないか不安になる。右腕の血管が浮き上がり、心臓の鼓動と共に脈打つ。体がギシギシと音を立て、限界が近いと教えてきた。
――ここで力を抜いて負けるのは簡単だ。ただふっと抜けばいい。だけど、ここで負けていいのか。ここまでやって最後は限界が近いから逃げてもいいのか。
僕は自分に問いかける。
視線をフレイの顔に持っていくと、額に血管が浮き上がるほどの力を籠め、口から血を流していた。噛み締めすぎて歯茎から出血しているのかもしれない。
目の前のフレイは初めて会った時のフレイよりもどこかカッコよかった。雰囲気が勇者っぽいというのか、わからないが、なぜかフレイがカッコよく見えたのだ。
大量殺人を犯しているはずのフレイ。それにも拘わらず、のうのうと生きている。
だが願うなら、あの時のフレイが目の前のフレイじゃなければと思わずにはいられない。
――何で、あの時は人ですらないと思ったのに。悪魔が人の顔を被った化け物に見えたのに。今、目の前にいるフレイはこんなにも勇者っぽいんだ……。
このフレイが本当にあんな大量殺人するのか……。ま、惑わされるな。今はそんなこと関係ない。
今は勝つか負けるかの勝負しているんだ。たとえ周りの人が誰一人応援してくれなくても、僕は自分の誇りを掛けて戦う。
シトラを好きな男がこんなところでおめおめと引きさがるわけにはいかない。最後まで戦い抜くんだ。その方がカッコいいだろ! シトラに出会えたら『よく頑張りました』と言って抱擁くらいしてくれるかもしれない!
僕は右腕に全身の力を籠める。
「はぁあああああああああああ!」
「くっ! 面白いじゃねえかっ!」
僕はフレイの腕を押し返す。
周りの応援が最高潮に達した時、始めと同じ場所に再び戻った。
「はぁあああああああああああ!」
「おらあああああああああああ!」
強く吹く風は辺りの木々を揺らし、建物をぐらつかせる。舞台の床も罅が入り始めていた。
僕は全力を出すため深く息を吸い、息を止めるようにして右腕に力を一気に籠める。
すると、何かが砕けるような音が無情に響く。その瞬間、右腕から力が抜けた。
「おらああああああああああああ!」
舞台の床に僕の右手の甲が付き、床が罅から一気に破壊される。
激しい土煙と爆発音かと思うほどの大きな音が鳴り響き、地震のような揺れを生じさせた。




