力比べ大会、準決勝 ユダ対キース
「では、第二試合のお二人は舞台の中央にある台に集まってください」
進行役の女性が大会を進める。
――呼ばれた。はぁ……緊張する。勝ちたいけど、勝ったらフレイとの戦いになる。僕の顔は覚えられていないとはいえ、関わり合いたくないから出来るだけ距離を置きたいのに、こんなに近くに来てしまうと思ってなかった。
「ふ~。ごめんな。運よく勝ち上がってきたところ悪いけど、実力で俺が勝たせてもらうわ。今の疲弊しきったフレイになら俺でも勝てそうだし、いつものカリも返せるかもしれないからな。俺も一応Aランク冒険者だから、よく分からねえ木箱を被っている奴に負けるわけにはいかないんだ」
ユダさんは上に行く前に僕の前で呟いた。
「は、はぁ。そうなんですか」
「ま、こんな奴にビビって逃げ出すやつらもどうかしていると思うが、さくっと勝って決勝戦に行くか」
僕とユダさんは舞台の中央に置いてある一台のテーブルに歩いてく。
すぐに到着し、互いにテーブルを挟んで向かい合った。
「では、準備してください」
僕はテーブルに肘を着けてユダさんの手をまつ。
ユダさんは肩を回し、肘をテーブルに着けた後、僕の手を握った。
「うわああああああ!」
「え……?」
ユダさんは僕から手を放し、後方に尻もちをついて倒れた。
「ば、化け物……。か、勝てるわけない……!」
「ゆ、ユダさん。えっと、まだ、握っていただけですよ。戦ってみないと勝てるかどうか分からないじゃありませんか」
進行役の女性がユダさんに近づいてく。
「無理無理無理! こんな奴に勝てるわけないだろ! 俺は人間だぞ! 化け物に人間が勝てるかよ!」
「で、では……」
「き、棄権する。こんなの、やっていられるか!」
ユダさんは逆切れしながら立ち上がり、舞台を駆け足で降りて行った。
「え、えっと……。準決勝第二試合、勝者はキース・ドラグニティさんです。おめでとうございます」
観客は豚の鳴き声のように大きな声を出し、ユダさんにむかって不満を漏らしていた。
「あ、あはは……。凄い、不評の嵐、ですね。キースさん、今のお気持ちはどうですか?」
「ふ、複雑な気持ちです。僕は、化け物じゃないんですけど……」
「で、ですよね。では、一〇分間の休憩後、決勝戦に入りたいと思います」
僕は舞台を下りて参加者の集まる場所に移動した。
「キース。お前は何で木箱を被っているんだ?」
エルツさんは僕に近づいてきて聞いてきた。
「これには深い訳があってですね……。話すと長くなるのでやめておきますけど、フレイに顔と髪色を見られるのは少々危険なんですよ」
僕はエルツさんの耳元で囁く。
「そうなのか。キースとフレイの間に何があるのか気になるが、それよりもユダにすら化け物と言われている理由は何だ?」
「僕にも分かりませんよ。握ったら相手が勝手に棄権するんです」
「ん~。理由はわかっていないのか。ま、とりあえず、握ってみればわかるな」
エルツさんはおもむろに僕の右手を握った。
「ん? 特に何も感じないんだが……」
「そうですか。じゃあ、何で他の人たちは皆、棄権したんでしょうかね」
「キース、今は戦う気がないよな?」
「え……、はい。試合じゃないので、気は張っていませんけど」
「なら、俺と一戦交えると考えて握ってくれ。思いっきりじゃなくていい。普通に握手する感じだ」
「わ、わかりました」
僕はエルツさんと試合すると考え、エルツさんの手を握った。
「くっ! これは……。なるほど。普通のやつらじゃ、棄権するのも無理はないな……」
「あ、あの。大丈夫ですか、エルツさん」
エルツさんは僕が手を握った瞬間に力が抜けたのか、地面に膝をついた。
まるでとんでもない重力がエルツさんの真上から掛かっているかのような状態で、何が起こっているのか僕には全く分からない。
僕は気を張るのを止め、エルツさんを引っ張り上げる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。キース、なぜか分からないが、お前の気がとんでもなく大きく感じた。簡単に伝えるなら、えげつない化け物がキースの後ろに立っている感覚だ」
「だから、ユダさんは僕を見て化け物って言ったんですか」
「だろうな。だが、なぜこれほどまでの気を放てるようになったんだ。少し前やった時とは明らかに雰囲気が違う。キース、最近不思議に思ったことはないか?」
「不思議に思ったこと……。あ、眠れなくなりました」
「眠れなくなった? どういった具合だ」
「正しく言うと、睡眠をとらなくても生きて行けるようになりました」
「な……。どれくらい眠っていないんだ」
「えっと……ざっと一九日くらい」
「は! おま、それ、大丈夫なのか! アイクにちゃんと相談したのか!」
エルツさんは僕の肩に手を置いて、揺すってくる。
「は、はい。アイクさんに相談したら、眠れなくても大丈夫だと言っていました。眠らなくても、生活に支障がないなら問題ないそうです。眠れなくて辛いのなら、病院に行こうと言ってましたよ」
「そ、そうなのか。だが、さすがに一九日も眠れないのは人間をやめているぞ。たとえ、根性や薬で眠らないようにしていたとしても、無症状はあり得ない。今、キースの体調はどうなんだ?」
「すこぶる元気です。今日は仕事お休みですけど、今まで休まず働き続けていました。でも、何ら問題なく生活できています」
「ば、化け物になっちまったのか……、キース」
エルツさんは僕の方を見て引いていた。
「ちょ、そんな酷い悪口を言わないでくださいよ。僕はれっきとした人間です」
「そ、そだよな。すまない。少し取り乱した。まぁ、あのアイクが問題ないと言っているんだ。きっと問題ないんだろう。あいつは眠たい時にしかねないからな。睡眠については詳しはずだ。すまなかったな、許してくれ」
エルツさんは僕に頭を下げてきた。
「もういいですから。頭を上げてください。僕も、自分でおかしいと分かっていますから」
エルツさんは頭を上げる。
それと同時に聞き覚えのある声が後方から聞こえてくる。
「キース君! 決勝戦に行くなんてすごいじゃん! 何で木箱を顔に被っているのかわからないけど、頑張ってね! 応援しているから」
観客席と出場者の集まっている場所の境界線に『赤光のルベウス』のパーティーメンバーが現れた。




