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私が疲労困憊なわけ



ばきいいいいい!


視界の外で、物凄い音がしました。

ぶ厚い木の何かが、へし折れるように破壊された音が部屋中に響きました。

そう、例えばこの部屋に取り付けられていた重厚な木の扉が壊されるような音が。


「アレクサ!?何があった!!」


私の上に載っている男性が轟音に驚いて飛び上がったので、私の両腕は解放され、視界が開けました。

声のする方に顔を向けます。

そこには、私が助けを求めたレウルスがいました。

濃い灰色の髪をいつものように後ろで束ねて、その青みがかった鋭い瞳で私を拘束していた男性を睨んでいます。


「お前、何をしている」


「えっ、誰だお前……」


地の底を這うような低いレウルスの声に、男性は一瞬だけ怯んだようでした。


「俺の質問が先だ。お前はアレクサに何をしていた?」


「ああ、えっと、これは同意の上だよ。この女が俺を誘ってきたんだ」


男性は咄嗟に私の口を押え、ありもしない真実をベラベラと喋り出しました。


「アレクサは助けてと叫んでいた」


「これはそういうプレイだよ。この女は襲われるシチュエーションが大層好みのようでな。そもそも、この部屋はそういうための部屋だ。お前こそ人が楽しんでいるところにドアを蹴破って来て、礼儀がなってないんじゃないのか?」


「この男の言っていることは本当か、アレクサ」


レウルスが私に視線を寄越してきたので、私の口を封じていた男性の手に、がぶっと思いっきり噛みついてやりました。


「違います、嘘八百です!私はこんなプレイが好きなマゾ変態じゃありません!」


「だそうだ。その汚い手をどけろ、クズ野郎」


「おいおい、初対面なのにクズ野郎たアなんだい。いけ好かない男だねえ」


男性は追い詰められているというのに飄々とした調子を取り戻して、あろうことか私の腰を抱いてきました。

あくまで、私とは合意の上だったと言い張るつもりのようです。

彼は女好きと噂の顔が良い子爵令息ですから、もしかしたらこういう状況に何度か出食わしている経験者なのかもしれません。


しかし、言葉巧みに逃げ切ろうとする姿勢を見せた男性に対して、レウルスは物理での解決を図りました。


「アレクサに触るなと言ったのが聞こえなかったのか?」


容赦なく腕をブンと振りかぶって、空気が裂かれる鋭い音がしたと思ったら、私の体に触っていた男性が後ろに吹き飛びました。

成すすべなく、豆腐の様に無残に吹き飛びました。


実はレウルスは、優秀な騎士を輩出することで有名な士官学校に通っています。しかも結構優秀です。

要するに、レウルスは問題の解決は話し合いでするより物理でする方が得意なヤツなのです。


「今度またアレクサに近づいてみろ。問答無用ですり潰す」


据わり切った恐ろしい目をしたレウルスは、物凄く怒っているようでした。

そして殴られて吹き飛ばされた男性が逃げるように部屋を去るのを見送ってから、私に近づいてきました。


「これ着てろ」


ばさりと着ていた上着を脱いで、それを差し出してくれました。


そういえば、今の私のドレスは乱れに乱れて哀れな状態です。

ですので私はレウルスの体温が残る上着を、有難く拝借することにしました。


「送っていく」


言葉少なに、レウルスは私の手を取って歩き出しました。

そして夜会会場を出て、待たせていたエバードール家の馬車に乗り込みます。


揺れる馬車の中、レウルスはどうして私があんなところで組み敷かれていたのか、訳を問いただそうとはしませんでした。

きっと、思い出すのも嫌だろうと気を使ってくれたのでしょう。

でも代わりに、私の体を心配してくれました。


「大丈夫だったか。触られただけで、それ以上のことはされてないな?」


「はい。あ、でも握られていた手首がちょっと痛いです」


「チッ、あの野郎……見せてみろ」


レウルスは私の両手を取り、手首を観察します。


「少し赤くなっているだけで、すぐ治ると思うのですけれど」


「濡れたタオルで冷やすか……」


レウルスは本気で心配そうな顔をして、わたしの手首をじっと見つめ続けています。

私の手をふんわりと載せるように支えてくれている彼の手は、大きくて安心します。


「ふふっ」


「なんだ。何がおかしい」


「あの男の人に手首を握られたときは嫌でしたけど、レウルスがこうして握っていてくれる分には安心しますね」


「!」


私が何気ない感想を伝えれば、レウルスは目を丸くしたようでした。

何故か、頬もほんのり赤くなっているようです。


「それは、どういう意味だ」


「え?どういうってそのままの意味ですよ。あの男の人に触られるのは嫌でしたけど、レウルスだと全然平気です」


「お前、あのな……」


「なんです?」


「どうせお前のことだから何も考えずにものを喋ってるんだろうが、変な期待をさせるな」


はて?

何の期待でしょうか。何か期待させるようなこと言いましたか?私。


良く分かりませんが、レウルスは馬車に備え付けられていた飲み物用の氷と清潔なタオルを使って、私の手首を冷やしてくれました。

おかげで、大分赤みも引いたように思います。



「面倒をかけてしまいましたね……でも、ありがとうございます」


「叫び声が聞こえたからな。ユーシスのついでに呼ばれたのは、あり得ないほど癪だったが」


「でも助けてくれた時、やっぱりかっこよかったです。さすがレウルスですね」


「!」


あの時扉を蹴破って私を拘束していた男性に対峙したレウルスは、確かにかっこよかったです。

まさにヒーローのようでした。

学園の女の子達が、学園の温室の隣にある士官学校の訓練場を眺めながら「レウルスかっこいい」と言っていたのも、今なら分かる気がします。



でもそれよりなにより、今晩は疲れました。

悪女として計画を実行した初の日ですから、それも致し方ないのかもしれませんが、安心したら急に疲れを実感しました。


「なんだかどっと疲れました。ねえレウルス、疲労困憊の私に肩を貸してくれません?」


「あ、ああ。いくらでも使え……」


「では、遠慮なく」



ぐう。

レウルスの返事を聞くや否や、私はコテンと頭を彼の肩に預けて目を閉じてしまいました。

悪女って、案外エネルギーを使うものです。


レウルスの肩は広くてしっかりしていて、丁度良い位置にあるので、体を彼に預けた私には直ぐに睡魔に飲み込まれました。


すぴー、すぴー。

私は居心地よく寝入っています。

馬車が時折ガタゴトと揺れるのも、心地の良いスパイスです。



「くそ、人の気も知らないで……」


どこか意識の遠くで、聞き慣れた声がします。

その声の主は、私の頬にかかった髪をふわりと耳にかけてくれました。

そしてそのまま、私の長い黒髪をやわやわと弄んでいる気配がします。

くすぐったいですね。

でもまあ、眠いので私は何も言いません。


「はあ、帰したくないな……」


髪をいじるその人から、そんな呟きが聞こえたような気がしました。

私はもう完全に寝入っていたので、それは多分幻聴だったのだろうと思っています。




あと一話で完結します~

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