私がこれを決めたわけ
私は決意しました。
何を決意したのかと言いますと、見つめ合う2人の仲を引き裂くためにはなりふり構わない、極悪の悪女になろうと決意したのでした。
私がこんな物騒な覚悟を決めた事の発端は、姉の婚約でした。
優しくてお淑やかで、天使の様にふんわりウェーブした金の髪を持つ大好きな姉。
そんな彼女が頬を赤らめて、「婚約することになったわ」と話しだした時。
最初、私は姉の婚約を素直に喜びました。
姉はこれから可愛らしいお嫁さんになるのです。とっても素敵ではないですか。
この可憐な私の姉を嫁に貰える幸せ者は、いったいどこのどいつでしょう、羨ましい限りです。
良い人でなかったら、ぶん殴ってやります。
「それでそれで、お相手はどちらさまなのですか?」
「ユーシスよ」
「えっ?」
その姉のお相手の名前を聞いて、私は愕然としました。
頭の上にガンッと岩石が落ちてきたような衝撃がありました。
姉は、自分の婚約者がユーシス・エバードールだと言うのです。
ユーシス・エバードール。
最早名前の響きでさえ私をときめかせるその人は、私が十年以上も片想いをしている人でした。
ご近所さんで、私の幼馴染のお兄さんである彼はとても面倒見がよく、昔から私とよく遊んでくれました。
しなやかな銀の髪と紫の目の綺麗な人で、とても穏やかで優しい人です。
私と幼馴染なのですから、彼は勿論姉とも幼馴染です。
でも、私の方が姉よりもユーシスを昔から大好きだったのです。
私の方が姉より早くユーシスの魅力に気づいていたのです。
私の方がユーシスの好きなものを知っているし、私の方がユーシスの嫌いなものを知っています。
それになにより、私は結婚するなら、絶対にユーシスと結婚したかったのです。
姉よりも強く、ずっとずっと強くそう思っていたのです。
いくら大好きな姉が相手でも、私には譲れないものがあります。
絶対に引けない戦いが女にはあるのです。
こうして、この想いを止める術を知らない私は、悪女にでも悪役令嬢にでもなんにでもなってやることを決めました。
悪女になって、ユーシスを姉から奪うのです。
そして彼を無事に姉から奪い取った後、私は絶対に彼と結婚してやるのです。
これは、ユーシス奪還計画の始動の合図です。
こうして決意を固めた私は、記念すべき悪女デビューの日を、迫りくる王都の公爵家主催の夜会の日と定めたのでした。
ユーシス奪還計画その一。
この夜会での計画は大まかに言えば、ユーシスにエスコートしてもらって夜会に出席するであろう姉を、私の協力者の男性に頼んで連れ出してもらい、あたかも姉が浮気をしたような現場をユーシスに見せる、というものです。
姉は私の策略にはまり、浮気をしたということで婚約破棄されるでしょう。
そうなればこちらのもので、私が傷心のユーシスを慰めて結婚に持ち込むのは容易いでしょう。
これをいざ実行するとなると罪悪感で心がキリキリと痛いですが、私は負けません。必ずや成功させて見せます。
だって私は、好きな人の為に修羅になると決めたのです。
生半可な気持ちで悪女を名乗ろうと思ったわけではないのです。
ということで、悪女に魂を売った私はもう既に、周到に準備をしています。
姉を連れ出す役の協力者の男性と綿密な打ち合わせだってしましたし、どこでユーシスに姉の浮気現場を見せるかも完璧に下見してあります。
あ、でももちろん、姉に変なことはしないようにと協力者の男性には念は押しておきました。
キスはする振りだけで、姉の体に触れることは絶対に禁止です。
姉に害をなすことは、この私が許しません。……と、この計画を立てた張本人がそんなことを言うのもおかしいな話ですけれど。
ユーシス奪還計画その一についての計画書を見直しながら、私は人の少ない中庭でサンドイッチを齧っていました。
今は学園のお昼休みです。
私は悪女と侯爵令嬢と学生を兼務しているので、忙しいのです。
昼ご飯を食べながらユーシス奪還作戦をその二その三と練るのも、最近では習慣化してしまいました。
「アレクサ。ここにいたか」
不意に、後ろから声をかけられました。
私は慌てて、読んでいたユーシス奪還計画書をポケットにねじ込みます。これが見られては、私が悪女なのだとバレてすべてが水の泡ですから、誰にも見られるわけにはいきません。
そして私は声のした方へ、冷静を装って振り返りました。
「ああレウルス。どうしました?」
振り向けば、私の背後にはすらりと背の高い男性が立っていました。
彼はレウルス・エバードール。
私と同い年の幼馴染であり、ユーシスの弟です。
ユーシスは彼らの父親に似て銀髪紫目ですが、レウルスは濃い灰色の髪で瞳は青みがかかっています。
兄弟ですが、外見も性格も似ていない二人です。
「何してたんだ?」
レウルスと私は生まれた時からの腐れ縁の幼馴染同士です。
殆ど兄弟のように育ってきました。
ですから、彼はさも当然のようにベンチに座る私の隣に腰かけました。
「えっと、見ての通りお昼をいただいていたのです」
「ふうん。サンドイッチか」
「ええ。うちのシェフ特製燻製玉子サンドです」
「新作か」
「そうですとも」
「一口食わせろ」
レウルスは、毎度の如く図々しく催促してきました。
どうせもう自分のお昼ご飯を平らげた後でしょうに、なんとも食い意地が張っている幼馴染です。
「一口だけですからね」
私は渋々、齧りかけの燻製玉子サンドを差し出しました。
これは私の齧りかけですけれど、別にいいですよね。レウルスにまるまる一切れあげてしまっては私のお昼が減ってしまいますし。
人のことを言えないくらい食い意地が張った私ですが、悪女なのでこれくらいの邪悪さも持ち合わせているのが自然というものです。
ぱく。
私が差し出した具沢山の玉子サンドに、レウルスが形の良い口で齧りつきました。
いえ、齧りついたと言うと語弊があります。
レウルスはぺろりと全部、一口でサンドイッチを食べてしまいました。
齧るというより、飲みこんでしまったかのような状況でした。
というか、危うく私の指まで彼の口に吸い込まれるところでした。
彼はこんなに整った顔をしていて、勿論口だってサンドイッチ一つが入ってしまうようないびつな形は全くしていないのに、何故そんな芸当ができるのでしょう。
「レウルス貴方、一口だって言ったじゃないですか!」
「だから一口だっただろ?」
「私が許可した一口は、一口で食べるということではなくて、一口分食べるという意味ですよ!」
「別にいいだろ。ああ、それにしても美味いな、このサンドイッチ」
レウルスは美味しいサンドイッチを食べて、満足気です。
でも、私はそんな彼を恨めしげに眺めていました。
食べ物の恨みは怖いのです。末代まで呪ってやりますからね。
……なんて、思いながらも。
こんな感じでレウルスに食事を奪われてきた私は、毎回恨めしい気持ちになりながらも、それでも毎回懲りずに彼におすそ分けをしてしまうのです。
多分私は、この幼馴染が「美味いな」と言ってはにかむ顔を悪くないと思っているのでしょうね。
まあ、一番は勿論ユーシスの微笑なのですけれど。
「じゃあサンドイッチの礼に、お前の好きなパフェでも食べにいくか」
「え?」
「ほら、城下に新しくできた抹茶の甘味屋に行きたいって言ってただろ」
「ああ、そんなことも呟いたような」
「次の日曜はどうだ。丁度公爵家の夜会もあるから、甘味屋に行った後にそのまま一緒に会場に向かわないか」
「えっと」
私はその日、盛大に悪女デビューをするつもりでいるのですが、悠長にデザートを食べている余裕が果たしてあるのでしょうか。私は口籠りました。
ユーシス奪還計画が重要過ぎて、当日はデザートなんて味わう余裕ないのではないでしょうか。
確かにレウルスが提案してくれた抹茶のパフェは魅力的ではありますが、今最も大切なのは、もちろんユーシス奪還計画の方です。
「日曜日はちょっと難しいです。朝から晩まで忙しくなる予定なのです」
「またユーシス絡みか?いや、ユーシスは婚約者ができたから、ユーシスでないか。じゃあ次の夜会は誰にエスコートされるつもりなんだ?」
なんとなく、レウルスの纏う空気が鋭いものになったような気がします。
私にはその理由は分かりませんでしたが、とりあえず首を振りました。
「当日誰かにエスコートされるつもりはありませんが、その、色々と忙しくて」
「ふうん」
腑に落ちないと言った顔をしていましたが、レウルスはこれ以上質問を重ねることはありませんでした。
今までの私は毎回ユーシスにエスコートを頼みこんでいましたが、今回のユーシスは当然婚約者の姉と共に参加します。
だから私は、悪女として一人で夜会に参加するのです。
夜会を楽しむために夜会に行くのではなく、姉の浮気現場を作り出すというミッションの為に夜会へ行くのです。
だから今回は誰のエスコートもいりません。
ひっそりと会場に入って、息を潜めながら計画を実行するのです。
「ところで、レウルスはどこのご令嬢と行くのです?今朝も可愛い令嬢の方に呼び留められていましたよね。モテる男は選び放題ですよね」
「は?」
「あれ、私、何かおかしいこと言いました?」
さりげなく話題を変えた私に、隣のレウルスは眉を顰めました。
形のいい眉が歪んでいます。ちょっと怒っているようです。
こんな風に不機嫌な顔をしていても、彼のファンの女の子達はキャーキャー言うのですから、美形はお得ですよね。
「……どこの令嬢と行くかだって?俺は今さっきお前のこと誘っただろ」
「え?」
「え、じゃない!甘味屋に行った後に一緒に夜会に行くのはどうかと聞いただろ!」
「あっ」
「あ、じゃない!それくらい気付け!少しは俺の言葉の意味も考えろ!」
「エスコートだという意味だとは全然思わなくて、ただ一緒に会場に向かうだけかと。だって私たち、ただの幼馴染ですし……」
「ああ、ただの幼馴染だな。分かってる、もういい」
立ち上がったレウルスは、去り際に私の残りのお昼ご飯、燻製玉子の特製サンドイッチを二切れも奪っていきました。
何故か怒っているようです。
「ああっ!レウルス、返してください!」
私の叫びは、すたすたと歩いて去っていくレウルスには届かず、虚しく木霊するだけでした。
私の美味しいお昼ご飯が。私の大切なエネルギー源が。
2切れも無くなってしまいました。
それにしてもレウルスは結構怒っていたようですが、その理由はイマイチピンときません。
だって私たちは仲の良い幼馴染なのですから、「ただ一緒にデザートを食べて、ただ一緒の馬車で夜会会場に移動するだけなのだな」と私が思ってしまっても、何らおかしなことはありません。そうですよね?
短編のつもりで書きましたので、今日で完結します。
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