ありふれた日常
――AD 2102年 7月3日 月曜日 ――
「世界初の宇宙エレベーターが完成したのは2052年9月1日で、太平洋上の赤道に建設されました。実に着工から27年の年月を費やしたのです。宇宙エレベーターの構想は20世紀からありましたが、静止衛星と地球をつなぐ素材の候補がなく、長年素材の研究がされていました。そしてカーボンナノチューブの技術が確立し、軽くて強い素材として宇宙エレベーターの素材として着目されます」
モニターに映し出されるスライドを眺めながら、先生の説明に耳を傾ける。
「技術基盤が確立して宇宙エレベーターの実現性が見えたことから、地上側のステーションから着工していきました。また、宇宙側のステーションも少し遅れて着工されます。同時にカーボンナノチューブ製のワイヤーも並行して作られて、宇宙側のステーションへ送る資材として最後のロケット打ち上げにて送られます。宇宙ステーションから下げられたカーボンナノチューブ製のワイヤーが地球のステーションに結ばれたのは、2050年4月1日の事です」
少し退屈になり、教室の窓から外を眺める。とても青い空が広がっている。ぼーっと外を眺めていると、耳につけたインカムからアラート音が流れる。生徒の脇見を検知してなる仕組みだ。慌ててモニターのスライドを注視する。
「この日は宇宙と地球がつながれた、人類にとっての記念すべき日となりました。それから地上と宇宙を行き来するエレベーターが建造され、最初の宇宙エレベーターが運用開始されます。なお、この建造は日本を中心として進められた物であり、私たち日本人としては世界でも誇れる出来事になりました」
ふと、メッセージの通知音が鳴ったので、アイコンを選択して内容を確認する。
《高野 裕也:ちょっと退屈だよな? 少し話しないか?》
授業を退屈に思った裕也からだった。一応、授業中に生徒同士のコミュニケーションは認められているけれど、私語は厳禁でどのように行われているのかチェックが入ると、警告されてそれでもやめない場合は後ほど先生のお世話になってしまう。
「しかし、いざ運用が始まるとそれまでには予測できなかった問題が出てきます。まず、地上側のステーションへの移動手段になります。太平洋上の赤道にありますが、そこまでの輸送コストが大きく、宇宙側のステーションへの輸送が当初の計画より遅れてしまいます。次にエレベーター本体で2機を運用していますが、次の建材を送るまでの時間がかかってしまうと言うことです。そして、一番の問題だったのですが、宇宙ステーションから人工衛星を飛ばす計画をしていたのですが、この発射が技術者達を悩ませました」
《古町 希夢:やめとく。近代史苦手だから、授業はしっかり聞いておきたいし。》
僕は裕也の誘いを断わる。後でいくらでも話せる訳だし。授業終わってからでいいと思ったから。
「はじめは宇宙ステーションから直で発射を試みますが、反動で宇宙ステーションの位置が計算よりも大幅にずれてしまったので、中止されました。試行錯誤の末、現在の宇宙空間に一度配置してロケットによる軌道補正と軌道に乗せる方法となりました。結局宇宙エレベーターに乗せてもロケットが必要になるので、ロケット打ち上げよりはコストは安くなりましたが、大幅に減少されることは出来なかったのです」
《高野 裕也:つれないなぁ。じゃあ、放課後は部室に集合な!》
《蔵谷 雛乃:ちょっと~、私を置いて何約束してるの? 今日は三人とも登校だし、私も行くよ? いい?》
《高野 裕也:わ、忘れてた訳じゃないからな? じゃあ、三人で!》
どう嗅ぎつけたのか、幼なじみの雛乃まで会話に入ってくる。僕が入る間もなく三人の部室になる科学同好会に集まる事になった。
「宇宙エレベーター産業は日本を皮切りとして、世界各国が建設に乗り出して今では六本が建造されています。しかし、ここでも問題が発生しました。静止衛星を縛り付けるためには赤道上に地上ステーションを建造しなければならない事です。無秩序に赤道上に建設してしまうと、有効な場所も確保出来なくなってしまうため、国際協定のもと六本を対象外として、以後の赤道上にステーションを建造することを50年禁止する措置が可決されました。この決定は2080年8月1日に行われた物なので、2130年まで有効となります」
《古町 希夢:……わかった。とりあえずメッセージはおしまいね。》
《蔵谷 雛乃:は~い!》
《高野 裕也:忘れず来るんだぞ~!》
「この国際協定が結ばれる前に、我が国では赤道上の建設を問題視していました。そこで登場したのが、赤道外地上ステーション構想です。すでに皆さんご存じの通り、この計画はすでにスタートしており、今年の7月31日に一般公開されます。画期的な事として地上ステーションが羽田にあることがあげられます。この建造方法は説明するとかなり難しいのですが、地上から宇宙ステーションを引っ張り、地球の遠心力で釣り合わせると言う物です。興味がある人は建設会社のページに詳細が載っているので、確認してみてください。では、授業はここまで。皆さん次の授業までちゃんと休憩を入れてくださいね!」