ディンブラ
翌日、勇者候補生が会議室に集められた。前方にはヒースが立っていて、何やら話し始めたところだ。
「最初の課題の前に、皆様には今よりも実力を上げていただく必要がございます。この一週間は各自にコーチをつけて、鍛錬をして頂きます。もちろん、その様子も新聞で国民に知れ渡りますので一生懸命に取り組んでください」
すぐに課題発表とはならなかった。皆、肩透かしを食らったような顔をしている。確かに私も早く本題に入って欲しいという、逸る気持ちが少しはある。
裏を返せば事前の底上げが必要なほどに厳しい課題が待ち受けているということかもしれない。
戦士、武闘家、魔法使いのように役割別に塊で別室へ移動していく。あれよあれよと言う間にこの部屋には私とヒースだけが残った。他に踊り子なんていないのだから当然といえば当然だろう。ヒースは私を真っ直ぐに見据えながらツカツカと歩いてくる。
「リリー様……失礼。リフィ様でしたね」
リリィの提言によって私はオーディションでもリフィ・ルフナを名乗ることになった。一応、リリーとリリィで綴りは違うのだが、投票先の区別が付きづらいと困るという理由でヒースもリリィの提言を受け入れた。
「急遽の参加でしたので適切なコーチを用意しておりませんで、王都にいる踊り子を探しました。奇跡的に伝説的な踊り子が見つかりましたので、リフィさんのコーチになってくれるかと思います」
「思いますって……アポ無しですか?」
「はい。申し訳ございません。こちらは私のしたためた紹介状です。古い知り合いなので私の名前を出せば話は通るかと」
そう言って紹介状と思しき封がされた手紙とコーチの居場所が書かれた紙を渡してくる。
「いや、でも私は別に訓練なんて受けなくても、どうせ役立たずなので……」
ヒースは小さく息を吐く。
「これは老人の戯言です。かつての踊り子は戦場に咲き誇る花でした。私も現役の時は何度助けられたか分かりません。魔法による力の増強は便利なのですが、どうしても次の日に筋肉痛が取れなくなるのですよ。踊り子の支援ではそうはならない。仕組みは不明ですが爺の体験談です」
ヒースは『踊り子にも優位性はある、役立たずではない』と言いたいのだろう。身体への負担が魔法に比べて少ないのだろうか。魔法使いの技量次第では魔法が効きすぎる、なんて事もあるのかもしれない。いずれにしても魔法使いの優位性を崩せるほどのメリットではない。
「分かりました。とりあえず訓練は受けるだけ受けてみます。ここまで来て何もしないのは勿体ないですよね」
「えぇ。その心意気です。頑張ってください」
微笑むことでただでさえ多い目尻のシワが何倍にも増えた。そのまま微笑みを崩さずにヒースは部屋から出ていく。私もコーチの元へ向かおう。
ヒースのくれたメモ書きに従って王都を歩く。やはりというべきか、街の雰囲気的には平民の中でも貧しい人が暮らすエリアのようだった。
日はまだまだ高いので良いのだが、夜中に女一人で歩くには勇気がいる路地だ。
その中にある酒場の店主、ローズ・ディンブラが私のコーチ候補らしい。
店はすぐに見つかった。一軒だけやたらと派手な装飾がされている。規則性のない極彩色の模様でお世辞にもセンスが良いとは言えない。
ノックをして扉を開ける。薄暗い店内に人は見当たらない。中は木と酒の匂いが充満していた。故郷の酒場で踊っていた事を思い出して少し懐かしくなる。
「あのぉ! ローズさん! ローズ・ディンブラさんいませんか!」
「うるさいわねぇ! 聞こえてるわよ!」
酒焼けした声。それに明らかに男の声だ。どんな人が出てくるのかと身構えてしまう。
ドスドスと足音をさせて店の奥から出てきたのは、化粧をしたムキムキの男だった。漢と表現する方が適切かもしれない。服の上からでも分かるほどに筋骨隆々。私なんて片腕で体をへし折られてしまいそうだ。口紅で彩られ、やたらと赤い唇と太い眉が威圧感を増している。
「あ……えぇと……ローズ・ディンブラさんですか?」
「ノンノン。ローズ・マリーよ。ディンブラなんて卑猥な名前で呼ぶのはやめて頂戴」
「ディンブラって別に普通じゃないですか?」
「おディンディンがブラブラしているのよ? アタシにとっては最悪な名前よ。ま、アンタには分かんないわよね。それで何の用なの? 店は夜からよ」
「ヒース・グレイの紹介で来ました。私に踊りの稽古をつけてくださいませんか?」
ヒースの名前を聞いた途端、ローズは朗らかな顔になったが、踊りの話になると一転して険しい顔になる。
「このご時世で踊り子になりたいの? 変わってるわねぇ……」
「私は既に踊り子です。勇者オーディションに参加していて、勝ち抜くために少しでも踊りが上手くなりたいんです」
ローズは腕を組んで悩み始めた。この人が本当に伝説の踊り子なのか疑わしくなってくる。
「アンタ……本当にそれでいいの? 魔法使いでもいいじゃないの」
「私は体質の問題で魔法が使えないんです」
「ふーん……それでも体を鍛えて戦士でもすればいいじゃない。モノ好きねぇ。まぁいいわ。ヒースの頼みなら断れないわね。アンタ、名前は?」
「リフィ・ルフナです」
「リフィ、よろしくね。それじゃ早速だけど見せてもらおうかしら」
そういうとローズは店内の燭台に火を灯し、店内にある小さなステージの上にあるテーブルを片付け始めた。




