式
アカツの敷いた箝口令によりリリィの乱心婚約破棄事件は表には出なかった。
巷ではリリィが涙ながらに婚約破棄を願い、寛大なおじさん二人がそれを受け入れたという何とも気持ちの悪い美談に仕立て上げられていた。
それにしても、参加者の全員があの脅しだけで忠実に箝口令を守るあたりにアカツの権力の強さが現れていると思う。
なにはともあれ、リリィはその後も屋敷に軟禁され続け、グレイ家に養子に出される手続きも済んだ。
今日はリリィがルフナ家の屋敷からグレイ家に移動する日だ。
最後の日だというのに、ルフナ家は着の身着のまま屋敷から放り出すとヒースに通告した。それだけリリィの行いに怒りを覚えている、というポーズだ。
ヒースに依頼されたという体で私はルフナ家の屋敷の前までリリィを迎えに来た。
通用口が開き、平服を着た一人の美女が出てくる。あの屋敷から出てくる銀髪の美女はリリィしかいないだろう。
警備の兵は皆その人に向かって敬礼をし、涙ぐみながら見送っている。リリィも一人一人に挨拶をして屋敷から離れていく。リリィの慕われ具合に私まで嬉しくなってしまう。
リリィは私を見つけると、全てが作戦通りに行ったぞと言いたげな笑みを浮かべ駆け足で寄ってきた。
「リリィ・グレイさんですか?」
「その名にはまだ慣れないわね」
「そういえば、少し太りました?」
リリィが頭を小突いてくる。
「美味しい料理は食べていないわ。貴女が私のメッセージを無視した二週間、ずっと塔に引きこもっていたからげっそりよ」
リリィはこけた頬を膨らませてそう言う。どんな日も欠かさなかったルーチンをほっぽり出して塔に籠もっていたのはたった二週間、されど二週間。すぐに以前のようには戻らないらしい。
本気で怒っているというよりは、そんな壁を乗り越えた事を喜んでいるように見える。
「すみません、冗談です。それじゃ、行きましょうか。皆が待ってますから」
リリィの手を取ると不思議そうに私を見てくる。
「グレイ卿の屋敷? 貴女が案内してくれるの?」
「違いますよ。もっと良いところです」
少し冷たいリリィの手を引いて向かったのは小さな教会だ。
教会の裏口に着くと、リリィに目隠しをする。
「リリィさん、私も目隠し遊びをしたくなったんです。良いですか?」
「会って早々? 嫌いじゃないけど……」
勿論そんな訳がない。リリィもここが教会なのでそんな事をするために来たとは思っていないだろう。
裏口から、本来は神父が細々とした庶務を行うための小部屋に入る。
「リリィさん、まずは着替えです。ドレスとタキシード、どっちがいいですか?」
「ドレス一択ね」
「そう言うと思ったのでタキシードは用意していません」
「ドレスも当然何種類かあるんでしょ? 早く見せなさいよ」
「あ……予算の都合で……そのぉ……手作りのドレスが一着だけです」
気まずい沈黙が流れる。
「……そうだったわね。私は貧乏貴族に養子に出されたのだったわ。感覚を切り替えないとね」
ルフナの時も大して贅沢をしていなかっただろうに自虐のようにリリィが言う。
「でもすっごい綺麗なんですよ。ダリアが裁縫が得意で、ササッと作ってくれたんです」
「いいから私にも見せなさいよ」
「ダメです。今日は私がもてなす日なので」
目隠しをしたままのリリィの服を全て脱がし、久々の肌に口づけをする。屋敷で軟禁されている間、不健康な生活をしていたのが随所に出てはいるが、それでもリリィはリリィだ。
私の舌が、首筋からゆっくり背中を下っていくとリリィは満足そうに鼻から長い息を吐く。
「リフィ、教会の中でこれは罪深いわね」
「だから興奮するんじゃないですか」
リリィは背を向けたまま私の手を取り、指を絡ませてくる。ゆっくりと絡まった指を解こうとしたのだが、リリィは私の腕ごと捻り上げてきた。
「いたた! 痛いですって!」
「三十点ね。聖なる教会で目隠しをして快楽を貪るというのは趣深いけれど、舌使いがなっていないわ。自分が感じるのに必死で私の技を何一つ学んでいなかったのね」
私もここで最後までやるつもりはないので、リリィの論評を聞き流しながら純白のウェディングドレスを用意する。
下から持ち上げて背中の紐を締めると、パックリと開けられた背中に存在するリリィの肩甲骨の美しさが際立った。
手作りのはずなのに細かい部分まで刺繍が施されていてダリアの技術が光っている。これを仕事にすればいいんじゃないかと思う程だ。
「可愛いドレスですよ。目隠しを取りますね」
姿見の前で目隠しを取ると、リリィはハッと目を見開いて自分の姿を見ている。
「どうですか?」
「綺麗ね。本当にダリアが作ったの? 一流の職人みたいな仕上がりじゃない」
目の肥えているリリィがここまで褒めるのだから徹夜で仕上げてくれたダリアも本望だろう。
「それ、本人にも言ってあげてください」
扉の向こうでは、私達の登場を今か今かと待っている皆がいる。二人でイチャイチャしている場合ではない。
私も急いでドレスに着替え、リリィの化粧と自分の化粧を済ませる。
鏡で確認すると、お揃いの純白のドレスを着た二人が並ぶ。耳に光るピアスだけが刺し色になっている。
「綺麗ね。お互いに」
「そうですね」
今日だけは私もリリィに並ぶほどに綺麗だと思えた。だから、自信を持ってリリィにルフナに戻ってもらえる。
「もう気づいていると思いますけど、今日は結婚式です。私と結婚してリリィさんはまたルフナ姓に戻れます。平民のルフナさんですけどね」
リリィにとってルフナ姓は誇りだった。形だけではあるが、これで少しでも気が晴れたら、と思ったのだ。ヒースの実の孫である私がグレイ家に嫁ぐと色々と面倒なので、リリィにルフナ姓を名乗ってもらう事にした。
リリィは私の言葉を聞いて泣きそうになっているが、目元に力を入れて涙を抑え込んでいる。今泣かれたら化粧が崩れてしまうので、私も伝えるタイミングを間違えたかもしれない。
「今日は泣く日じゃないものね。リフィ、ありがとう。嬉しいわ!」
リリィが私に巻き付いて絞め殺すのではないかと思うくらい強く抱き着いてくる。皆を待たせているので抱擁もそこそこにリリィから離れて手を取る。
「じゃあ、行きましょうか」
リリィの手を引いて小部屋から教会の内陣へ向かう。
「おぉ! やっとかよ! 待ちくたびれたぞ」
「大切な日なんだから時間もかかりますよ。さ、早く熱いキスを見せてください」
ランとレンは故郷の正装なのか、赤色の生地に金で装飾が施された服を着て、椅子に背を投げ出して座っていた。
他にも、ピオニー、メリア、オリーブ、ダリア、ネリネ、ローズ、ヒース。私とリリィが出会ってから助けられた人達を招待した。後ろの方には私達の式を取材に来た新聞記者の女の子もいる。
「皆、お待たせ。じゃあ早速……ヒースさん?」
ヒースは神父のような恰好をして講壇の後ろに控えていた。
手招きされるまま、お揃いのドレスを引きずりながらヒース神父の元へ向かう。
「ヒースさんが神父なんですか?」
「本物の神父様に事情を説明したら場所だけは貸してくれましたが、頭の固い人で立ち会いはしないとの事でしたので。私としても孫と娘の結婚式なのですから大役を仰せつかるのは光栄ですよ」
神父の反応は仕方がないだろう。同性で二人共ドレスを着て結婚式を催すだなんて前代未聞だ。だが、それこそが私の勇者の公約なのだから誰にどう言われても止めるつもりは無い。
「娘は私だけど……リフィが孫?」
「細かいところは後で話しますね。とりあえず始めましょう!」
リリィと横に並んでヒースの前に立つ。
「えぇと……では、ゴホン! 汝、リリィ・グレイは――」
「誓うわ! リフィ、愛してる!」
ヒースの言葉も聞かずにリリィは私の顔を掴んでキスをしてきた。後ろからは皆の囃し立てる声が聞こえる。
照れながらも一度離れてヒースと向き合う。
「情熱的でよろしいですな。では、汝、リリー・ルフナは――」
「誓います! 愛してます!」
リリィに合わせろという期待を背中でビシビシと感じていたので、ヒースの言葉を打ち切って私もリリィにキスをする。
「こちらも元気で宜しいですな。では、リリーさん、例の物を」
ヒースの言葉を受けて、胸の隙間に無理矢理しまっておいた指輪を取り出す。ドンから貰った、お婆ちゃんに渡るはずだった指輪。もう私の物なのだから、リリィに受け取ってもらおうと思った。
「そこにしまえて良いわね」
リリィは嫌味を言いながらも左手を差し出してくる。
「隠すところが他になくて……どうぞ」
痩せたリリィには少し大きいようだが、ずっとつけている訳でもないので問題は無いだろう。
指の根本までだらんと下がった指輪を二人で皆に見せつける。
「それでは、最後に愛を誓い合った証としてキスをお願いいたします」
またするのか、という雰囲気に場が包まれるが私は何回でも出来る。
リリィと目を見合わせる。リリィはにやりと笑うと、私の背中が思いっきり曲がるほどの勢いで唇を奪ってきた。頭が重たくて倒れそうになるがリリィが支えてくれているので倒れない。
それはまるで、これまでもこれからも変わらない、私達の関係を映し出しているようだった。
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