祖父
「エリカは私のお婆ちゃんです。何故知っているんですか?」
「おやおや、そうでしたか。そっくりだったのでまさかとは思っていましたがね」
まさか、どころか確信を持って言ったのが分かるくらいの棒読みだった。
今ここでする話ではないと思い、キッとヒースを睨みつけたが老人には一切効かないらしい。
「すみません。冗談が過ぎました。爺の話は少々長いのですが、腹痛という事にしているので時間はたっぷりあります」
ヒースは私の意志も確認せずに勝手に話し始めた。
「踊り子は戦場に咲く花とはよく言われたものですが、エリカを花に例えるなんて失礼だと思う程に彼女は美しかったです。そして、何よりも人に愛される才能を持っていました。踊りの才能はほどほどなのに彼女の周りにはいつも笑顔が溢れていた。ローズもその一人です」
また明後日の方向から知り合いの名前が出てきた。ヒースとローズ、ローズとお婆ちゃんは知り合いだと分かっていたが、どうも踊り子の人と戦士の人で交流があったらしい。
「私は彼女に恋をしました。勿論、エリカの方に、ですよ。彼女も私を好いてくれた。ですが、よくある話で私達の間には貴族と平民という埋めがたい身分の差がありました。踊り子は当時は女性であれば誰もが憧れる花形の仕事でしたが、生まれの違いを覆す程のものではありませんでした」
ヒースは一度鼻を啜って続ける。
「当時は若かったので情熱に任せて私達は愛し合いました。その結晶として、エリカは子供を宿しました。頑なに私達の関係を認めてくれない父も、これでやっと認めるだろうと思って二人で話しに行ったのです」
「結果は……ダメだった」
「はい。父はエリカをこの世に存在するありとあらゆる暴言で罵りました。グレイ家は当時はそれなりに名のしれた貴族。その御曹司に取り入る女狐だと言われましたよ。エリカは全てを捨てて二人で逃げようと言ってくれました。でも、私には家や貴族としての生活を捨てる覚悟が無かったのです。他の道があるはずと必死に説得しましたが、彼女はここから出ていきました」
そして、今に至る、という事らしい。お婆ちゃんとヒースが元恋人だとは知らなかった。
「そう言えば……ドンってご存知ですか? お婆ちゃんのために貴重な指輪を用意したのに渡せなかったらしいんです。ヒースさんとドンの二人で迷っちゃって選べなかったんですかね」
「あぁ……まぁ、エリカは人に愛される才能を持っていましたが、自らも人を愛しすぎる部分もありましてね。派手な性格をしていたのでそのことでよくケンカをしたのものです」
早い話がお婆ちゃんは浮気性だったのだろう。そのことをここまでオブラートに包んで穏やかに伝えられるのは年の功だと感心する。私だったらもっと怒り狂っていそうだ。老人達の昔話なので今更私がどうこう言う問題でもないけど。
「ん? 待ってください。お婆ちゃんの子供が私のお母さんなんですよ。そうすると……ヒースさんは私のお爺ちゃん!?」
「はい。そうなります」
「いやいや! なら何でもっと早くに言ってくれないんですか!」
「立場上、血縁関係にある者を参加させているなんて話が回るとまずいですからね。全てが終わってからお話するつもりでした」
「はぁ……」
「話はまだあるのですよ。エリカの足跡は私も追っていました。遠い村に引っ越し子供を産んだ事、その子供が大きくなり、私の孫を宿した事。そんな話が部下から伝わってきました。私はどんな顔をして会えば良いのか分からず自ら行く機会を逃していましたが、顔もしわくちゃになったら流石に分からないだろうと思い、娘の懐妊をきっかけにその村へ行ってみました。話す気はなく、ただ遠くから見るだけのつもりでした」
穏やかな人だと思っていたが、自分の話したい事が積もっていたようなので、とりあえず聞くことにした。
目の前に孫がいて、それでもそのことを言わずにずっと我慢してきたのだから、少しくらいは我儘を聞いてあげよう。私にも勇者の自覚が芽生えてきたのかもしれない。老人の話し相手が勇者の仕事であれば、だが。
「お婆ちゃんに会えたんですか?」
「えぇ。話もしました。とはいえ、向こうは私がかつて愛し合った人だとは気づきませんでした。何十年も経っていたので当然ですがね。再会したのは村の酒場です。丁度、リリーさん、貴方が生れる直前でした。エリカは酒場の客一人一人に孫の名前を考えろと言って回っていたんです」
あの人だと「そんな事はしない」と言い切れないのが怖いところだ。
「そんな物は考えもせずに来たので戸惑いましてね、村へ行く一年前くらいに国の大臣に娘が生れたという話題で持ちきりだったことを思い出したんです。その子にちなんで『リリー』とエリカに伝えました。エリカは何度か『リリー』と言うと満足したように頷いて『その名前にする!』と宣言しました」
「あ……じゃあヒースさんが私の名前を付けてくれたんですか」
「そうなります」
そしてそれはリリィにちなんだ名前だったのだろう。私達はなるべくして同じ名前になったらしい。
「そして、時は流れまして私はよぼよぼの爺になりました。勇者オーディションの仕事を引き継ぎ、最終選考に臨む人の選考中、エリカによく似たリリーという名前の人を見つけたんです」
「私ですか?」
「そうです。私はエリカやその家族に対して何かの形で贖罪をしたいとずっと思っていました。金ではない何かを。そこでリリーさんをオーディションに通すことにしたんです。勇者となるかどうかは別として、最終選考に残るだけでも十分に喜んでもらえると思いました」
そこについては当たっている。通過の知らせが来た時、お婆ちゃんもお母さんも雨の日に外で踊っていたのだから。
「ただ、素直に通すと中々揉めそうでした。私というよりは世間一般の目として、家柄もない上、今では軽蔑の対象とまでなっている踊り子なので悪目立ちするのではないかと。そこで手違いという形にして潜り込ませる事にした訳です」
「じゃ……じゃあ、私の家に招待状が来たのは、本当の手違いじゃなくてヒースさんが間違えたフリをして送ってたって事ですか?」
「左様です」
この国の貴族はオーディションを私物化しすぎだ。私の公約は貴族の腐敗の是正にすればよかった。その身内への甘さがなければそもそも勇者オーディションに出られてすらなかった訳だが。
「あとは口八丁の誤魔化し。出られた事だけでも思い出に、と思っていたのですがあれよあれよという間に出世を重ね、気づけば勇者となっていました。良く頑張りましたね。リリーさんもエリカに似て人に愛される才能をお持ちのようです」
ヒースは一人でしみじみと感傷に浸っている。私からすればありがたい話だけどもっと優先する話題があるのだ。
「これは私の実力じゃないです……そうだ! リリィさんが不正をしていたんです。本来なら自分に入る票を私に入れていたんです! 投票をやり直してくれませんか?」
縋る思いでヒースに頼み込む。だが、ヒースは辛そうに首を横に振った。
「それは出来ません。投票は実際に民の手によってなされているのですから、投票結果はいかなる者にも改竄はできないのです。ここが揺らぐと国の信頼失墜にも繋がりかねません。投票前に何かが行われていたのであれば別ですが、それを証明する手立ても証拠も無いでしょう?」
ヒースの言う通りなので何も言えない。リリィやオリーブが簡単にバレる証拠を残しているとは思えない。
「そうですけど……このままじゃリリィさんが……」
「私はエリカを見送った事を後悔し続けました。それは現状を変えられる力があるのに行使しなかったからです。リリーさんにはまだ力がありません」
「助けてくれないんですか?」
孫だと言っておきながら冷たく突き放してくるヒースに苛立ちを覚える。
「助けますとも。それは今ではないと申し上げております」
「私は貴族になれるんですか? グレイ家とルフナ家ならどうですか? リリィさんに釣り合いますか?」
「質問攻めですな」
ヒースは落ち着き払ってホッホッと笑っている。人が必死なのに気楽なものだ。
「まず、リリーさんを当家に迎え入れる事は出来ません。養子に跡を継がせることになっておりますので御家騒動を避けたいのです。それに、もう落ち目の貴族よりも立派な肩書があるではございませんか」
勇者の肩書きはある。だが相手はルフナ家。勇者だから娘と結婚したいだなんて言ってどうにかなる家柄ではない。
それにリリィを厄介払いしたがっているアカツが、思わぬ形で転がり込んだチャンスを見逃すはずがない。すぐにも婚礼が執り行われるのだろう。
「時間が無いんです。リリィさんが結婚してからじゃ遅いんですよ! 今すぐにどうにかしないといけないんです!」
「ふむ……そうですか……では、ヒントを。私はここでエリカに追い縋ったのですが、ひっくり返されました」
「はぁ? ひっくり……」
私の勢いをいなすようにヒースは謎掛けをしてくる。こんなタイミングで謎掛けなんてふざけている。相手が壮年の人であれば、もっと食って掛かっていただろう。
流石に老人に殴りかかる訳にもいかないし、ドラゴンを一撃で葬ったヒースに勝てる訳もない。
呆気にとられていると、ホッホッと歳の余裕を感じさせる笑いを残してヒースは去っていった。




