当落
実感の湧かないままステージの前に出て、四位の椅子に座る。
ヒースに促されるまま、ティアラをつけ、会場にいる皆から拍手を受ける。
後は座っているだけで式典が進むようだ。顔も名前も知らない偉い人が次々と出てきては祝いの言葉と激励をしていく。
客席の前方にはアカツも座っている。彼の笑い方は尋常ではない。絶対に彼が何かをしたのだと直感した。
金、暴力、権力。どういう方法を使ったのかは分からないが、彼はリリィから票を引き剝がし、それを私に移した。
その結果、一位のリリィは圏外まで下がり、最下位だった私が一気に階段を登って四位まで踊り出た。
私が喧嘩腰だったからなのか、私とリリィにとって最悪な形に仕立て上げられてしまった。アカツには逆らうべきではなかった。リリィを説得して、二人で脱落してルフナ家の庇護の下でぬくぬくと暮らしていくべきだったのだ。これは私達への制裁だ。
リリィはリリィで、自分で決めた事なのだから結婚を受け入れるはずだ。落ちたら結婚すると言っておいていざ落ちて知らないフリなんて出来る人ではないのだから。
私の勇者という肩書を使って何かできないだろうか。だが、何もアイディアは出てこない。
私が辞退したところで何も事態は好転しない。今は転がり込んできたこの立場をどうにか有効活用すべきだという結論しか出なかった。
そんな事を考えていると、知らぬ間に式典は続いていて、もう終盤に差し掛かっていた。
勇者としての意気込みを一人ずつ喋って終わりらしい。既に三位のランまで話し終えていた。ランから拡声器が回ってくる。
何を話したらいいのか。戸惑いながらもとりあえず話す。
「皆様、私を選んでいただいてありがとうございます。リフィ・ルフナです」
お決まりの拍手が飛んでくる。
「私は……そのぉ……こっ、公約で掲げたのは、誰もが自由に生きられる世の中にする事でした。その気持ちに偽りはありません。どうか、苦しみながら藻掻いている人は私を頼ってください。必ず助けます。絶対に」
偉そうな事を言ってしまったが、全国民というよりは大切な一人の人へ向けた言葉のつもりだ。今度は私がリリィを助ける。
挨拶を終えて椅子に戻りリリィの方を見ると、既にリリィは居なくなっていた。
式典が終わると、勇者に選ばれた私達は今後の説明があるらしい。
隙間の休憩時間に、私はトイレも忘れてリリィを探し回った。これまでもそうだったが、脱落した人は足早に宿舎に戻り、荷物をまとめて出ていく。
リリィも既に宿舎に戻ってしまったのだろうか、それともまだ結果を受け入れられず、どこかの倉庫で一人呆然としているのかもしれない。
ホールの裏口側を走り回る。ヒールは邪魔なので裸足になった。ティアラも邪魔なので適当な胸像につけておいた。
そうやって駆けずり回っていると奇跡は起こった。リリィは奇跡は人の手によって起こると言っていたがそれは本当らしい。
関係者用の出入り口から、今まさに出ようとしている銀髪の人の後ろ姿を見つけた。
「リリィさん! 待って!」
銀髪の人はゆっくりと振り返る。その人の目は、全てを諦め、今から自分が飛び込む先である絶望を覗き込んでいるようだった。そんな目をした人をリリィとは呼びたくなかった。リリィはいつでも気高く強いのだから。それでも、その人がリリィ・ルフナである事は間違いない。
「リリィさん……その……行かないでください! 二人で逃げましょう!」
リリィは首を横に振る。
「候補生ならまだしも勇者が失踪するなんて前代未聞よ。その連れが私だなんて、お互いの家族だけじゃなく友人も、皆に迷惑がかかるわ。諦めて」
「嫌です! リリィさん、嫌です!」
「そういえばまだお祝いを言ってなかったわ。リフィ、おめでとう。貴女の目指す世界は居心地が良さそうだわ。私も鳥籠の中から見ているからね」
「何でもう諦めてるんですか! まだこれからいくらでもやり直せますって」
「無理だって言ってるじゃない!」
リリィの絶叫が人気のない空間で反響する。
「無理じゃないです。私だって無理矢理勇者にさせられたんです。リリィさんのお父さんの狙いは何なんですか? 一緒にやり返しましょうよ」
「父? 貴女、父と取引をしていたの? 断ったと言っていたじゃない」
死んでいた目が息を吹き返す。声にも張りが出てきた。批判の時に息を吹き返さなくても、と悲しい気持ちになるが、リリィの心は完全に死に切っていなかったようで安心する。
「断りましたよ。でも、私がこんなに順位を上げるなんておかしいです。あの人がリリィさんの票を引き剥がしたんですよ。絶対にそうです。この結果になれば私とリリィさんは仲たがいするって考えたのかもしれないです」
「あぁ……そういう事ね。違うわ。それは私よ」
「どういう事ですか?」
「私は夢を見た。貴女と二人で勇者になり、世界を旅する。そのために賭けに出たの。父は私が賭けに出ると見ていたのでしょうね。貴女に接触する事が一の矢、接触後に断られても私が貴女を信頼して賭けに出ることが二の矢ね」
「賭け、ですか」
「私がこれまで上位に居られたのは確実に私に投票してくれる票田があったからよ。一つはルフナ家の領地の人々、もう一つはオリーブ……エリヤ家の領地の人々ね。私もオリーブも二年前から必死に準備をしてきたの」
生き返ったリリィは饒舌になる。不正、とまでは言わないけれど、確実に獲得できる票の見込みがあるなんて知らなかった。
出来レースとまでは言わないが、平民にも貴族にも平等な催しではないらしい。結局、平民が三人、新興貴族が一人という結果なので、全ての貴族が票田開拓をしている訳ではなさそうだし。リリィもオリーブも本当に頭を捏ねくり回して準備をしてきたのだろう。
「別に勇者になれるなら一位じゃなくても問題ない。二次審査の時もだけど、私はルフナ家の領地から上がってくる莫大な票を貴女に注ぎ込んだ。ルフナ家の分よりは少ないけれど、エリヤ家の分は私に入るようになっているから、それと市井の人が投票してくれた分、加えてボーナス票。これくらいあれば貴女を三位、私を四位に出来ると考えていたの」
「そこまでして……」
「そこまでする価値があるの。私は本気だったから」
確かにリリィの票が剥がれて私に来ていたのだが、それはアカツの策略ではなくリリィの指示だったらしい。
ルフナ家の領地から上がってくる票を大きく動かせばアカツにも話は上がるだろう。それを知ったアカツはリリィの好きにさせた。リリィの票が勝手に減るのだから何もせずただ見ているだけで良い。
二次審査時の不自然な順位の上がり方もリリィの票が流れてきていたと思えば理解できる。確かに奇跡だったが、リリィの言う通りで人為的に引き起こされていた奇跡だった。
本気「だった」と彼女は言った。もうリリィの気持ちは冷めてしまったのか。あるいは冷める事は無いだろうけど、気持ちを殺して生きると決めたのか。怖くて聞くことが出来ない。
「誤算だったのは、オリーブの裏切りね。最後の最後で私を見限って貴女についた。だから私の票が足りなくなって……いや、関係ないわね。レンが上がってくるなんて予想していなかったもの。とにかくネリネが辞退して大荒れよ。皆の票数の見込みを読むことも出来なかったからリスクの大きい博打だった。私はその博打に負けたの」
私のせいではないと言いたいのだろうけど、早い話がリリィは自分に来るはずの票を私に注ぎ込んだ。その結果、自分が落ちてしまった。
馬鹿な話だと思った。あれだけ冷静に物事を捉え公私混同をしなかったリリィが恋を優先し、あまつさえ自分が落ちるだなんて。
「オリーブさんがリリィさんを裏切ったんですか?」
「彼女は端から勇者になる気なんてないのよ。貴族界隈で女性当主を認めて貰うための活動をしているからそっちで忙しいの。私が勇者になったら、勇者である自分とルフナ家の両面から支援すると約束していたんだけどね」
リリィは友人に裏切られたというのに淡々としている。そこまで込み込みの関係だったのだろう。
一次審査も始まっていない頃、リリィの部屋にきたオリーブとリリィの内緒話を思い出した。オリーブは自分への票をリリィへ流す代わりに、オーディション後の協力を要請していたらしい。
「でも、貴女の公約が彼女の心に刺さったんじゃないかしら。私が貴女に恋心を抱いていて、自分の当落ギリギリまで票を流すと読んだのでしょうね。それで私が落ちたら元も子もないから見限った。彼女は彼女で博打を打ったのよ。それに勝った」
インタビューの後にオリーブが話しかけてきた。あれは私に票を集約するか見極めるためだったという事になる。
「一人一票と考えなければ、私とオリーブを動かした貴女の実力という考え方もあるのよ。胸を張りなさい」
「そんな……そんなのって……」
「私、本当に馬鹿よね。自分でもここまで狂うとは思わなかったわ。恋とは恐ろしいものね。でも、最後に味わえてよかった」
「最後って……死ぬんですか?」
「そんな訳ないでしょう。死んだように生きるだけよ」
「ネリネに言った言葉は何だったんですか? 『人生は一度きりだから貴族に嫁ぎたくないなら行動しろ』って。今のリリィさんにも当てはまりますよね?」
リリィはハッとした顔をする。だがすぐに逸らしてしまった。リリィの心は博打の負けによりぽっきりと折れてしまっているのだろう。時間をかけて、私がゆっくりと修復していくしかなさそうだ。
「彼女は一度死んだの。私も一度死んだらそう思えるかもね」
「それは屁理屈です」
「もう時間だわ。さようなら」
自分に形勢が悪いと見るや否や私との話を無理矢理打ち切って出口から逃げるように走り去る。そんな状況で立ち向かってこないところがリリィらしくない。そんなリリィをこれ以上追い詰めても苦しめるだけだろう。
肩を落として会場に戻ろうとしていると、物陰に誰かが立っているのが見えた。
アカツかと思って身構えるが、柔和な笑みと顔の皺の数はもっと年上であることを暗に語っていた。ヒースだ。
「ヒースさん、すみません。もう戻ります」
「いえ、もう少しここで話をしましょう。私もかつてここで振られたのですよ。同じように。引き留めようとしたのですが、それも叶わず彼女は遠い村へ一人で行ってしまった」
何十年も前の事を思い出すようにヒースは目を細めている。
「すみません……ちょっと体調が悪くて。昔話はまた今度」
ヒースの横を逃げるように進む。
「引き留めようとしたのはエリカという踊り子です。ご存知では?」
人が体調が悪いと言っているのに、なぜこの人は私が興味をそそられるワードを散りばめるのだろう。
体調は悪くないどころか万全なので、足を止めヒースと向き合う。
気にならないはずがない。私のお婆ちゃんの名前を出してきたのだから。




