復活
ネリネ、メリア、ピオニーの三人が寝込んで二週間が経った。
最初に起き上がったのはネリネだった。
ベッドが並べられている宿舎の大部屋を急遽医務室として改装し、三人を横たえている空間。その右端に寝ていたネリネが呻きながら起き上がったのだ。
「ネリネ!」
病み上がり、もとい、生き返り上がりのネリネを抱きしめるのは冷静になるとまずかったかもしれないが、それでも体が勝手に動いていた。
「リ、リフィさん。痛いっすよ」
「ネリネ。『ここっす!』って言って」
「え……ここっす!」
もう一度ネリネを抱きしめる。確かにネリネは生きていた。生き返った。
「ど、どうしたんすか? というか私って生きてたんっすね。ドラゴンにかじられたところまでしか覚えてなかったんですけど、ギリギリ致命傷じゃなかったんすか?」
キョロキョロと辺りを見渡しながらネリネが聞いてくる。さすがに生き返ってすぐに「君は一度体を真っ二つに噛み千切られて死にましたが、その後生き返りました」なんて言うとまた意識を失ってしまいそうなので、何も言うなと医師からきつく言われている。
「そうよ。とりあえず医師の診察を受けてからにしましょうか」
交代で詰めていた医師を呼んで、ネリネの診察が終わるのを待つ。
思ったほど時間はかからずに医師は診察を終えた。
ネリネのところへ戻ると、ベッドに腰掛けてメリアとピオニーを見ていた。
「夢に二人が出てきたんすよ。でっかい門を見上げていて、くぐろうとしていたところを引き留められたんです。良く分かんないけど、あれは怖かったっすねぇ」
自分が死にかけていたとは露ほども思っていないだろうが、臨死体験に近いものを経験したのだろう。
「ネリネ、それよりも二次審査が終わったらリリィに言いたいことがあるんじゃなかった?」
「あー……そうっすね。そういえば二次審査はどうだったんですか?」
「残念だけど失格。危なくなっちゃって、私達以外の人が補助で手を出してしまったのよ」
ネリネは心底残念そうな顔をする。
「そっすか。仕方ないっすね。リフィさん、リリィさんを呼んできてもらえませんか? 私、まだ歩けなくて……」
「分かったわ。待っててね」
「はいっす!」
これから彼女は玉砕する。その一因を作っている私に頼むなんてどんな気持ちなのだろうと思ってしまうが、あまり考えると私も変に同情してしまいそうなので心を殺してリリィの部屋に戻る。
リリィはネリネが起き上がった事を喜び、鼻歌を歌いながら医務室へ入っていった。二人きりで話したいだろうから、私は廊下の壁にもたれかかってその瞬間を待つ。
宿舎も気づけばかなり人が減った。最初は五十一人いた候補生が今は三十人と半分近くに減っているのだから当然だろう。
十分もすると、リリィは部屋から出てきた。
入る時とは打って変わって泣き腫らした目をしている。
「きちんと断った。リフィに話があるらしいわ」
早足で出てきたリリィは、私を一瞥するとそれだけ言ってまた早足で部屋に戻って行った。
辛い役目を押し付けてしまった自覚はあるが、リリィがあんなに泣いているところを見たのは初めてくらいかもしれない。妹のように可愛がっていたので尚更だろう。
覚悟を決めて部屋に戻る。ネリネはベッドに横になっていた。ベッドに腰掛けてネリネに顔を向ける。
「ネリネ。頑張ったわね」
「頑張って振られたっす。それと私、死んだらしいですね」
ニィと口を横に引いて笑いながらそう言う。
「えぇ!? 何で知ってるの?」
「リリィさんが教えてくれたっす」
リリィは死んだことを言ってはいけないというルールを知らなかったらしい。私も寝不足でうっかりしていた。
ネリネの様子からして取り乱している感じではないので嘘をつき通さなくても大丈夫だろう。
「そうなのね。メリアとピオニーはかなり力を使ったみたいで、まだ寝込んでる。でもネリネも起きたしそろそろじゃないかな?」
「お二人には感謝してもしきれないっす。リフィさんもっすけどね。こうやって起きるのを信じて待ってくれていたんですよね?」
「まぁ……実際、私のせいだったしね。何で助けてくれたの?」
「無我夢中でした。だって、目の前で友達が死ぬのなんて嫌ですし。私はもういつ死んでも良いなって思ってたので」
「そんな事言わないでよ。勇者になって――」
勇者になって、箔をつけて、貴族へ嫁ぐ。それが嫌だからいつ死んでもいいと思っていた。ネリネの心中を察してしまい口をつぐむ。
「もうやめます。勇者になるなんて馬鹿らしくて。オーディションは辞退します」
ネリネの急な心変わりに驚く。彼女にとってはそれが最善なのだろうけど。
「本当に良いの? お父さんと相談してからでも良いんじゃないの?」
「良いっす。父ちゃんの事は知らねっす。生まれ変わったらって思ってたんですけど、一回死んだので私はもう生まれ変わったんすよ。やっぱり私は魔法具を誰でも使えるようにしたいって想いが強いので、その活動に専念します。リリィさんにも相談したら背中を押してくれました。信頼できる人を紹介してくれるらしいっす」
ネリネの目はやる気に燃えている。親と対立してでも家を出て自分の道を進む事を決めたのだろう。少し頼りなかったネリネが、誰よりも強く見えた。
「ネリネ。頑張ってね」
多分、これから会う機会はめっきり減ってしまうだろうけど、オーディションが終わった後も定期的に会いたい。それまでの別れを惜しむようにネリネを抱きしめる。
「ありがとっす! あ、メリアさんが起きたみたいです」
私の背中越しにメリアの起き上がる音がする。振り返ると、ピオニーもほぼ同時に起き上がったところだった。
「二人共! お帰りなさい!」
順番に二人をハグして回る。
「リリーちゃん、ただいま。ネリネも元気そうで良かったぁ」
「ギャンギャン煩いのよ。役立たずって罵ってきたかと思えば、鼻水垂らしながら『生き返らせてくれ!』って懇願してくるし、ホント都合のいい人ね」
鼻水は垂らしていない気がするけれど、実際ピオニーに酷い事を言ってしまった。
「ピオニー、ごめんなさい。取り乱していたとはいえ、酷い事を言ったわ。お礼に何でもする。好きな事を言って」
「そ……そういうんじゃないのよ! 人助けをするのは当然だから。ネリネも友人だしね。私だってアンタに酷い事を言った事があるし、おあいこよ」
「ピオニー、私に何か言ったっけ?」
「覚えてないならいいわ」
ピオニーは大体つんけんしているので、言葉が悪いのはいつもの事だと気にしていなかった。とにかく、二人も起き上がって、ピオニーとも仲直り出来て一件落着だ。
同時にこうやって語らう機会も徐々に減ってきている事を思い出す。
二次審査は失格。ボーナス票を貰えていない私は多分、次で落ちるのだから。




