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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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蘇生

 ドラゴンがその場に倒れた事でやっと現実味を帯びてきた事実。ネリネが死んだ。


 どう考えても私のせいだ。引きつけるだけ引きつけて逃げるだなんて目立ちたがりのような事をしてしまった。


 勿論上手く行けばドラゴンを早く倒せるというリターンもあったけれど、自分やネリネの命を賭けてまでやる事ではなかったのは明白だ。


 それでも、大勢の前で私が活躍できる。そんな姿を見せたいあまりに自制心がなくなっていた。


 その結果、私は調子に乗りすぎて足をもつれさせ、ネリネに助けられた。


 何度思い返しても後悔しかない。


 誰かが私を横から抱きしめる。


「リフィ、顔を上げて。大丈夫。皆生きてる」


 声でリリィと分かる。いつもより優しい声色と共に抱き締めてくれる。返事はできない。出てくるのは嗚咽だけだ。


「腹を割くぞ! 上半身を取り出す!」


 ギルドの誰かが声を張り上げて合図をする。


 私も見届けなければならない。自分の責任なのだから。


 リリィに支えられながら立ち上がり、人だかりの中心に進む。


 腹の中にはネリネはいなかった。飲み込んですぐに倒されたので首の何処かに埋まっているのだろう。


 慎重に首を切り開いていくと、ゴロンとネリネが転がり落ちてきた。血とドラゴンの粘液が混ざっているが、布で拭うと若々しい綺麗な肌は健在だった。


 ギルドの人の手で取り出され、バラバラになっていた下半身と並べて置かれる。


「ネリネ……ごめんなさい……」


 無意識に謝罪が口をつく。リリィは何度も背中を撫でてくれる。抱き締めてくれる。それでも私の後悔は消えないし気持ちは落ち着かない。


 ピオニーがネリネの遺体の横に跪き、祈りを捧げだした。死者として弔うのだろう。自分を正当化したいのか、まだネリネが死んだと認められていない部分がある。そんな自分の一部がピオニーに向かって身体を歩かせた。


「待って! まだ死んでない! 生きてるかもしれないじゃない!」


 ピオニーをネリネから引き剥がす。


「ちょ……リリィ! コイツを何とかして!」


 ピオニーが困ったような、うざったさそうな顔で私を押し退けようとする。


「ピオニーなら生き返らせられるよね? そのために治癒師がいるんだよね? こんな簡単な事も出来ないの?」


「……出来ないって」


 ピオニーは顔を逸らしながら言った。


「なんでよ! 役立たず!」


 私はピオニーを突き飛ばす。ピオニーは尻餅をついて私を睨んでくるが、ネリネを治せないピオニーが悪い。


「出来るよ。生き返るよ。リリーちゃん、落ち着いて。ね?」


 リリィとは違った柔らかくも弾力のある触感と優しい声に包まれる。メリアが後ろから抱き締めてくれているらしい。


「メ……メリア……違う! 私は……」


 本当にピオニーの事が憎い訳ではない。役立たずだとも思っていない。ただ自分の責任をどこかに転嫁したいだけ。その捌け口としてピオニーに八つ当たりしていた。


 だがメリアは何と言ったのか。ネリネが生き返ると言った。気休めでない事を期待しつつメリアに向かう。


「本当に? 本当に生き返らせられるの? 早くしてよ!」


 絶望の中を暴れ回っている最中に突如見えた希望。今度はその希望に向かってがむしゃらに走る。


 メリアは乱暴に体を揺すられるのが好きではないようで、私の腕を掴む。こんなに力が強かったとは知らなかった。身動きが取れない。


 メリアは真剣な顔で私を見つめてくる。ほわほわとした雰囲気は一切ない。


「リリーちゃん、だから落ち着いてって」


「……ごめんなさい」


「いいんだよ。話を聞いて。私は……私とピオニーならネリネを生き返らせられる。だけど、これはすっごく大変な事なの。疲れ果ててしばらく寝込む事になる」


「だから何なのよ! ネリネの命がかかってるのよ!」


「次の……最終審査があるんだって。私は落ちちゃうかもしれないけど、ピオニーは絶対に次の審査に進む。そこに参加出来ないって事は、ピオニーの人生が変わっちゃうの。リリーちゃんはそれを背負える?」


「人の命と妹の将来で妹の将来が大事なの? それでも治癒師?」


「そうだよ。自分と家族が一番大事だよ。そもそもネリネは生き返って嬉しいのかな? 本当に本人はそれを望んでるの?」


 このままいけばネリネはほぼ確実に勇者になる。そして、箔をつけて貴族に嫁ぐ。そんな、本人の望まない未来が待っている。生き返ったところでその苦悩をまた続ける事になるだろう。


 それでも、ネリネはまだリリィに想いを伝えていない。それだけは絶対にやり残したと後悔しているはずだ。


「望んでる。絶対に」


 メリアとしばし見つめ合う。私の熱意が伝わったのか、「分かったよ」と言ってメリアは諦めたように頷いた。


 私達の会話がまとまったところで、ドラゴンを一撃で倒したヒースが混ざってくる。


「私からも是非お願いします。死者が出たとあっては来年からの開催も危ぶまれてしまいますので。投票だけ済ませて、お二人の健康が戻り次第、結果発表としましょう。スケジュールの調整は私が何とかしますのでご安心ください」


「それなら大丈夫です。ピオニー、良いよね?」


「分かったわよ……」


 不服そうだが、寝込んでいる期間の救済があるという事で渋々納得してくれたらしい。


「ヒースさん、この事はあまり公にしたくないので、ネリネは大怪我をしていた事にしてください」


「はい。万事心得ておりますよ」


 ヒースはニッコリとメリアに笑いかける。話はまとまった。


 メリアとピオニーがネリネの遺体を挟み込むように座り、祈りを捧げると、あたりが眩い光に包まれていく。


 暖かい光だ。醜い八つ当たりをしていた自分が嘘のように浄化されていく。


 ピオニーにもメリアにも酷いことを言ってしまった。後で二人に謝ろう。そして、感謝しよう。ネリネを生き返らせてくれた事に。


 そんな風に前向きになれる光は数秒もすると弱まっていく。


 目を開けると、ネリネの遺体は嘘のように綺麗になっていた。真っ二つに別れていた上半身と下半身も繋がっているし、血も流れていない。


 ネリネと川の字になって、メリアとピオニーも横たわっている。成功したと思いたい。


「大丈夫……なのかしら」


 リリィも同じことを思ったようで、私の隣から三人を眺めている。


「メリア様を信じる他ありませんな。三名は宿舎にお運びします。救護班!」


 ヒースは救護班を呼んで三人を馬車に運び込ませると、司会を呼びつけて何やら話している。


 少しして、今日の二次審査が終了した事と、ネリネの無事がアナウンスされた。まだ無事なのかも分かっていない気もするが、身体が繋がっただけでも奇跡だろう。


 結局、ドラゴンはヒースが倒したようなものだ。二次審査としては失格だろう。それでも隣に立っている命の恩人には礼を言わなければ。


「ヒースさん、助けていただいてありがとうございました」


 ヒースはいつもの柔和な笑みで私を見てくる。


「すみません。爺が出しゃばった事をしてしまいまして」


「グレイ卿はお強いのね。今度、剣の指導をお願いしたいわ」


 リリィも混ざってくる。実際、私が踊れなくなっていたので、リリィでもとどめは差せなかっただろう。それくらいに、ヒースの剣技は熟練していた。年の功と言えばそれまでだが、実際かなり強いのだろう。


「このような老いぼれが教えられることはございませんよ。あなた方を見ていると、昔を思い出しました。前線から見える遥か向こうに、踊り子が咲き誇っている姿が豆粒のように見えるのですよ。中には恋仲の者もおりましてな。リリィ様のように死に物狂いで戦ったものです」


 ヒースは私達を見てウィンクしてくる。私とリリィの事が意外と広範囲にバレてきているような気がして顔を伏せる。


「グレイ卿の奥方も昔は踊り子だったのかしら。気になるわ」


「ハッハ! どうでしょうな。ちなみに私は独身。子は養子です。それでは」


 ヒースは高らかな笑い声を残して去って行った。


「食えない爺さんね。あの世代にしては珍しく私達の事に抵抗がないみたいだけど」


 リリィがヒースの背中を睨みながらそう言う。


「まぁ……悪い人ではないですよね」


「あの顔で悪人だったら誰も信じられないわよ。だからこそ、信じちゃダメなのだけどね。それが醜い貴族の世界なの」


 上品な髭と目尻の下がり方にどうしても騙されてしまうが、ヒースが入ってくる時は大体保身だ。私を手違いで入れてしまっただの、オーディションの今後のために死者を出したくないだのと言い訳を並べている。


 優しそうな爺さんすら信用できない貴族の界隈に恐怖しつつ、会場を後にしてネリネたちの見舞いに向かった。

誤字報告ありがとうございます。本当にとても助かります……

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