大人の玩具
リリィの別荘での訓練はあっという間に終わった。ドラゴンの住む山に近づき、おびき出したドラゴンをもう一体討伐した。ネリネの魔法具の威力は絶大で、使い慣れてきたリリィは百発百中で氷魔法を当てるので、討伐も一瞬だった。
これならば本番も十分一番になれるという手ごたえを胸に、帰り道の馬車に乗った。行きは二人と三人に分かれて乗っていた馬車も帰りは五人で一緒だ。ランとピオニーは互いに体重を支え合いながら寝息を立てている。
広々と使えていた椅子が狭く感じるのもそうだし、リリィと二人っきりになるチャンスが減ってしまったのもいただけない。
外を見るのも暇になったリリィが口を開く。
「ネリネ、結局『大人の玩具』って何だったの?」
「ひぇ!? な、なんすか急に」
「気になるじゃない。教えなさいよ」
「私も気になるなぁ。要は魔法具なんでしょ?」
私とリリィに挟まれているネリネは観念したように息を吐くと、鞄の中をガサガサと探し始めた。出てきたのは二つの物。片方は何だか無性に押したくなる突起が付いていて、もう一つは楕円の球体だ。
「これは……何?」
リリィに合わせて私も首を傾げる。
「だから……そのぉ……震えるんす。ここを押すと、こっちが震えます。今は魔力が切れてるんで動きませんけど」
ネリネの説明だと、突起を押すと楕円の球体が震える、という事らしい。
「震えるの?」
「はい。震えます」
「それで、どうするの?」
「そのぉ……いや、言えないっす!」
ネリネは顔を赤らめ、言う事を拒絶する。
リリィを見ると、私を虐めている時のようなニヤニヤ顔をしていた。涎までは垂らしていないが、明らかにネリネはリリィの蜘蛛の巣に引っ掛かっている。だが、私にはネリネの何がリリィの琴線に触れたのか全く分からない。
「リリィさん、どういう事――」
「貴女は黙ってなさい」
リリィは自分のお楽しみを邪魔されたくないようで、私の言葉を食い気味に遮る。
「ネリネ。これはどう使うの? 震えるのよね? 例えば……何かに触れさせたりするのかしら」
ネリネは顔を赤くしたまま頷く。
「そうなのね、具体的にはどこに触れさせるの? 人の身体にも使えるのかしら?」
ネリネはまた無言で頷いた。リリィは気を良くしたのか、ネリネの耳元まで近づいて、私にギリギリ聞こえるくらいの声量で言葉責めを止めなようとしない。
「どこにあてるの? 教えて」
ネリネは今度は首を横に振る。それだけはどうしても言いたくない、という態度だ。何をここまで恥ずかしがっているのかまるで分からない私は、なぜネリネがここまで恥ずかしがっているのか分からない。
「教えてくれないのね。なら仕方ないわ。貴女の身体に聞いてみましょうか。ここ?」
リリィは細く白い指をネリネの首筋に這わせる。ネリネはふるふると首を横に振った。
「じゃあ……ここかしら」
ツーっと下がったリリィの指はネリネの鎖骨辺りをなぞる。ネリネは目をぎゅっと瞑って耐えている。何となくアレな流れであることは察してしまった。
リリィが私以外の人を言葉責めしている。これは浮気に入るのだろうか。恨めしい目でリリィを見ると、「まだ止めるな」と言いたげな目で見てくる。
「この辺りかな? ネリネ、教えて」
リリィの指はネリネの下腹部に添えられている。私もいよいよ『大人の玩具』の使い道が分かってしまった。自分を慰めるための道具なのだろう。
場所を言い当てられたネリネは小刻みに頷く。
「どういうところにあてるの? 使っている最中、貴女はどんな事を考えているの?」
「き……気持ち良――」
さすがに見ていられなくなってしまい、リリィの頭を軽く叩く。
「リリィさん、そこまでですよ」
ネリネに見えないように首を上に伸ばしてリリィに険しい顔を向ける。リリィには効かなかったようで肩をすくめて返されてしまった。これは浮気だ。リリィが何と言おうとこれは浮気として認定すると心に決めた。
「楽しかったのに……まぁいいわ。こんなに愉快な物を作っていたのね。これ、私が買い取っても?」
「え……これくらいならいくらでも差し上げるっすよ」
リリィは「ありがとう」と言って笑顔で受け取る。楕円の球体は私に使われるのだろう。期待と恐怖が入り混じり背筋が伸びる。
「それにしても、氷魔法の射出機もそうだったし、こんなものを作れるのに魔法は使えないなんて不思議ね。私からすればどっちも魔法だわ」
「魔力をチャージするところに魔法使いの力がいるだけで、この仕組み自体は誰でも作れるんすよ。つっても勉強は必要ですし、今はうちが独占してて外には出してないっす」
急に真面目な話に切り替わり興味が無くなってきたので、目を瞑って睡眠のお供に聞いてみる事にした。
「キャンディ家が独占? シャワーなんかも魔法具よね? 価格が高いのは製造方法をひた隠しにしているからなのかしら」
「そうっす。私は安く、小さく、誰でも使えるように改良していきたいんですけど、父ちゃんからすればもっと貴族から搾り取りたいって考えてるみたいっす。私は魔法も使えないので、それに嫉妬しているって言われちゃって、カチンときて喧嘩しちゃったんすよ」
「貴女の父上は才能を潰す天才なのね。娘の才能を認めれば世の中がガラッと変わるのに」
「それが嫌なんすよ。魔法使いが世の中を変えたように、魔法具の技術者が台頭するのを恐れてるんです」
「古い人間なのね」
「まぁ……そうっすね。もっと父ちゃんに逆らってみたかったっす」
「今からでも逆らえばいいじゃない。勇者になって、知名度を上げて、魔法具を作るギルドを立ててもいいわね」
「父ちゃんは怖いから無理っす。そんな勇気は出ないっすよ」
「勇気を出そうと出すまいと、人生は一度きりよ。貴族に嫁ぐのが嫌なら行動なさい」
呆れたというよりは、ネリネに同情しているのだろう。ネリネの父親に対する恐れ方は半端ではない。これまでも何度も彼女の尊厳を踏みにじるような罵倒をされてきたようにも感じる。
そういう意味ではネリネの心に火をつけかけたアカツはやり手だったのだろう。リリィを蹴落とす、というやり口には感心はしないが。
今のネリネに何を言って聞かせても動けないと判断したようで、リリィは息を吐いて眠りについた。
宿舎に戻ると、いの一番に懐かしいベッドにダイブした。勿論、リリィの部屋だ。
「あぁ……別荘も良かったですけど、このベッドが一番落ち着きますね……」
ベッドがさらに沈み込む。リリィが隣に倒れ込んだらしい。
「リフィ、大人の玩具、早速使ってみない?」
そう言って大人の玩具の楕円の球体を私に握らせてくる。
「今日ですか……二次審査が終わってからにしませんか? 馬車で寝てたのに疲れちゃって……ふわぁ……」
気を抜くと欠伸が止まらなくなる。リリィは微笑みながら頭を撫でてきた。
「じっくり楽しみたいのね。可愛いじゃない」
そういう事じゃない、と言いたいのだがリリィに可愛いと褒められてしまったうれしさでそれどころではなかった。
気づけば馬車の中での浮気の事も忘れて、スヤスヤと眠りについてしまっていたのだった。




