討伐完了
「治癒も終わった事だしそろそろ魔物討伐に行くか?」
「えぇ。行きましょう」
ランとリリィはそれなりに楽しそうだが、ピオニーは相変わらず不機嫌だ。
「はぁ……なんでこんなところまで……ん? 何あれ?」
ピオニーが空を指差す。そこには一羽の鳥がいた。大きな翼をはためかせて飛んでいる。
「鳥? じゃない……ドラゴン!」
リリィの声で一斉に身構える。ネリネの魔法具も出来ていないのに戦うのは無理がある。
ドラゴンは一直線に私達の方へ向かって滑空してきたので横に飛んで躱す。
起き上がって振り返ると、地面に轍のような跡を残しながら着地していた。確実に私達が狙われている。
「おいおい……どうすんだよぉ」
ランはかなり不安そうな声を出す。
「倒すしかないでしょ。ピオニーは馬に乗ってネリネを呼びに行って。ついでにあのバカ二人もね。屋敷の人にも伝えて。応援を呼んでくれるはず」
ピオニーは頷くとドラゴンに驚いて物陰に隠れている栗毛に跨って一目散に屋敷に向かっていった。
「リフィはまず剣舞を踊って。私が戦えるか試す。ランはその間リフィを守ってあげて。ダメだったら交代。カラテでランが前に出る」
リリィはテキパキを指示を出す。魔物と戦うのすら初めてだろうに、あまりの心臓の強さに尊敬を通り越して恐怖すら覚えてしまう。
リリィが剣を構え、背丈は自身の四倍はあろうかというドラゴンに向かって一人で走っていく。
そのリリィを少しでも援護するため、剣舞を踊る。
ドラゴンの注意は眼下に迫るリリィに向いたようだが、剣を爪で器用に弾くので決定打にはならない。
何合か打ち合う間に、リリィの剣が限界に達したようで、甲高い音と共に折れてしまった。
「ラン! 交代よ!」
リリィの叫び声を受けて、待ってましたとばかりにランが飛び出していく。交代の間だけはステップダンスで二人の足を助け、ランがドラゴンに近づいたところでカラテに切り替える。
「リフィ、最悪の場合は貴女だけでも逃げなさい」
リリィが隣から話しかけてくる。そんな事できる訳がない、と真っ向から否定したところでリリィは折れないに決まっている。
「今は集中しているので、後にしてください」
リリィの話は聞いていない。そういう事にしか出来ない。
私達はこのまま死ぬのだろうか。ここで辛うじて生き残ったところで二次審査の本番で醜態を晒すだけだ。
私はまだ良い。リリィ、ラン、ネリネ、ピオニー。勇者に一番近い四人は、勇者になれてもなれなくても世間から笑いものにされてしまうだろう。
そもそも、こんな審査をやらなければ私達はここに来なかったし今もどこかでのほほんと生きていた。
勇者なんてマスコットなのだからこんな激しい戦闘なんてしなくても良いじゃないか。
ヒースが「今年は辞退者が多かった」と言っていたのは、一部の人は二次審査の厳しさを知っていたからなんじゃないのか。こんなものを事前に知っていたら、既にギルドで経験を積んだ人しか参加しないだろう。私だってこんな事になるなら参加しなかった。
心の中でありとあらゆる事に毒づく。死ぬ前くらいは幸せいっぱいな状態でいたかった。
後悔ばかりが湧き立つ。そんな折、真後ろから火球が飛んできた。ドラゴンの首元に当たったので一瞬だけ怯む。
その隙を見逃さず、ランは増強された力を込めてドラゴンの右足を殴りつける。
鈍い音と共にドラゴンの咆哮が響き渡った。脚が一本飛んで行ったが、さすがに致命傷ではなかったようで、ドラゴンはランから距離を取るように翼をはためかせる。
「リリィさん! お待たせしたっす! 完成したっすよ!」
声の主はネリネ。まだピオニーが出発して片道分の時間も経っていないので、ネリネの方が先に出発していたのだろう。
隣にはコハとサワの馬車も並走しているので、火球の主は二人のどちらかみたいだ。
ネリネが向かってきていた本来の目的は、爆速で作り上げた魔法具を見せびらかしたかっただけなのかもしれない。そのネリネの天真爛漫さに感謝をしてもしきれない。
ネリネの乗った馬がすぐ横で停止すると、リリィが魔法具を受け取る。何やら長い筒のような形をしている。先から魔法が出るのだろう。
「魔力もチャージしてるんで、引き金を引いたら出るっすよ!」
リリィは離れた地面を狙って一発試し打ちをする。バシュンという音と共に青い弾が発射され、着弾した近辺が一気に氷に包まれた。
「なるほどね。ネリネ、ありがとう。命の恩人だわ」
早口で礼を述べるとリリィはドラゴンに近づき、狙いを定めて翼、三本の足に魔法を打ち込む。
私も慌ててカラテを再開する。
ランはカラテで増強された力をもって、動きの鈍ったドラゴンの四肢をもぎ取っていく。
リリィはドラゴンの首に氷魔法を当てて更に動きを止めている。
もうドラゴンの息の根を止めるだけだろう。ランがドラゴンの首元にゆっくりと移動して力を溜める。最後の瞬間はどんな生き物でも見ていられない。目を瞑っていると、ドラゴンの断末魔が響き渡った。
少しして、薄目を開けて二人の様子を確認する。返り血を浴びた二人がガッチリと握手をしていた。
微動だにしないドラゴンに皆で近づく。
「おい! やったぞ! 私達もドラゴンを倒せるんだ!」
「魔法ありきというのが少し物悲しいけれどね。便利なものだわ」
命の奪い合い。それを実感する。前衛で直接魔物と触れる二人は早い段階で覚悟を決めていたのだろう。後ろで踊っていただけの私は今になって自分達のしていることを実感しだしている。
それでも、あのままでは私達はドラゴンに焼かれるか食べられるか、そのどちらかの末路だった。生き残るためにはこうなるべきだったのだ。
「おい! 二人のどっちかが目を攻撃したか?」
コハの問にリリィとランは口々に否定する。すると、コハはサワを呼ぶと嬉しそうに飛び跳ね始めた。ドラゴンは片方の目が潰れている。
「こいつ! こいつだよ! 皆の仇なんだ! ザマァ見ろ! 父ちゃんは美味かったか? こんなところで殺されちまって残念だったな!」
自分で手を下した訳ではないが、それでも嬉しいものは嬉しいのだろう。恐る恐る頭を蹴っても反応がない事に味を占め、サワとコハの二人は気が狂ったように何度もドラゴンの頭を蹴っている。
誰も止めようとはしない。たとえ、このドラゴンが人であったとしても同じだろう。彼らの気が済むまで好きにさせる。そんな暗黙の了解が空気として流れている。
二人は十分も蹴り続けると満足したようだ。サワはナイフを取り出すと、ドラゴンの口を開き牙を切り取った。
大きな牙を二本切り取ると、一本を私に投げてきた。臭いし生暖かいしで顔をしかめてしまう。
「な……何?」
「魔除けになるんだ。一本はくれてやる。売っても金になるし、アクセサリーにしてもいいぞ。もう一本は皆の墓に備えるから悪いけど貰ってく」
それなら二本とも持っていけばいいのに、私達が倒したのでそれはさすがに、と思ったのだろう。貴重な物のようだし貰っておいても良いかもしれない。ネックレスにしたら格好良さそうだ。
「リリィさん、要りますか?」
「い……いいえ。要らないわ」
他のメンバーを見ても皆、首を横に振る。人気は無いらしいので、適当な葉っぱに包んで持って帰ることにした。
復讐を終えてスッキリした様子のサワとコハは、改まった態度で私達を集め、全員の前に跪く。
「仇を取ってくれて本当にありがとう。俺達はもうやる事はやり切った。礼と言っては何だが、俺達を雇ってくれないか?」
これまで散々なポンコツ具合を見せつけているのに、礼として雇われてやるとは大きく出たものだと思う。
「い……いや、屋敷は人は足りてるし、どうかしら……」
「うちも農家だけど人を雇う程畑もデカくないしな」
「教会に誘拐するような人は不要よ」
リリィもランもピオニーもそれとなく断っている。残ったのは私とネリネ。私は雇うような金もないし、そもそもこの二人に何もしてもらいたくない。
ちらっと横を見るとネリネと目が合った。顎で合図をすると、ネリネはニッコリと笑う。どうやら引き受けてくれるらしい。
「では私が雇うっす! 魔法具に魔力をチャージする人も必要なので、お二人にはそれをお願いするっす!」
しっかりしているとは言えない二人に、これまたしっかりしていないネリネの組み合わせは果てしなく不安だが、無事に働き口が見つかって嬉しそうにしている二人にそんな事は言えなかった。




