隠し事
「私、魔法は使えないんっすよ」
ネリネは戸惑いの表情を見せながらリリィに返す。
「えぇ。知っているわ。もう一つ、貴女には隠し事があるのよね?」
「おいおい……マジかよ」
「何なのよ……」
リリィの詰問を受けてネリネは俯く。その反応を見てランとピオニーは頭を抱えた。やっとチームがまとまったというのに、また亀裂が入る事案が発生しそうなのだから当然だろう。
「言える訳ないじゃないっすか……」
「私は知っているわ。自分で言わないなら私が代わりに言うけれど」
「ちょ! ちょっと待ってください! 自分で言うっす! 人に言われるとか恥ずかしくて死んじゃうんで!」
ネリネは慌ててリリィの口を塞ぐ。二人のトーンからすると深刻な話題ではなさそうなので少し安心したけれど、リリィが話そうとする口をネリネが慌てて塞ごうとしている。身長差があるので、何度も飛び跳ねてリリィの口を押えようとしている姿がなんとも愛らしい。
「あのね、ネリネは――」
「私は、大人の玩具を作ってるんす!」
リリィに暴露されるくらいならとネリネは一気に叫ぶ。だがその意味は誰も理解できない。ニコニコと暴露をしようとしていたリリィですら呆気にとられた顔をしている。
「え……いや、魔法を使った道具を作っているのよね? 氷魔法を打てる道具を作って欲しいのだけど……大人の玩具?」
「あ……いや、その……」
どうやらネリネの早とちりだったらしい。大人の玩具なる物は恥ずかしい物でネリネはそれを作っていることを隠したがっていた。
だがリリィはそんな事には興味はなく、ただ魔法を使った道具なるものを作っている事だけに興味があった、という事らしい。
「大人の玩具って何なんだ?」
ランが皆の疑問を代表して聞いてくれた。
「な、何でもないっすよ! それよりも氷魔法がどうしたんっすか?」
ネリネは無理やり話を逸らす。私としても大人の玩具なる物よりも対ドラゴンの方が重要なので無理に突っ込まない。
「あ……えぇ。ドラゴンは火山の周辺のように暖かいところを好むらしいわ。つまり、寒さに弱い。動きを氷魔法で制限したいのよ」
「なるほどっすね!」
ネリネとリリィは二人で通じ合っているが、私は何のことなのかさっぱりだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。リリィさんが知っていることを教えてもらえませんか? ネリネは魔法が使えないんですよね?」
「あ……そうね。ごめんなさい。宿舎のシャワーとかもそうだけど、魔法を使った道具は『魔法具』と呼ばれているの。高価な物だから一般には殆ど出回っていないけどね。ネリネは魔法は使えないけれど、魔法具を作る事が出来るのよ」
「魔法具は魔法が使える人に魔力を込めて貰えば動くっす!」
リリィの説明をネリネが補足してくれた。
ネリネは魔法具なる物を作る事が出来て、それで氷魔法を放つ。そういう作戦らしい。
「じゃ、さっさと作ってくれよ。それがあれば二次審査も余裕だな」
ランは楽観しているようでカッカッと笑ってそう言う。
「ちょっと待って。私はまだ信用出来ない。何でそんなに大事な事を隠していたの? また裏切るつもりだったりしない? 土壇場でうまくいかなくてドラゴンに食べられるなんて絶対嫌よ」
ピオニーの反発はもっともだが、ネリネだって昨日の今日なので、自分から魔法具を使おうだなんて提案もしづらいだろう。見ていられずに私も割って入る。
「ピオニー、あまりネリネにきつく当たらないで。昨日、辛い事があったばかりなんだから、秘密にしたくてしていた訳じゃないよ。ネリネ、そうよね?」
「はいっす! 私は馬鹿なので、魔法具を使うなんて思いつきもしていなかったっすけど!」
ピオニーの嫌味にもめげずにネリネはニコニコと笑っている。いつものネリネが戻ってきたようで嬉しい反面、こういう場面で言い返せない彼女が不憫でならない。
「フン! リフィも仕事があって良かったわね! あっちで待ってるから魔法具が出来たら呼んで頂戴!」
ぷりぷりと怒りながらピオニーは日陰の方へ歩いて行った。
「なんだあいつ……」
「治癒師は見せ場が作りづらいから仕方ないわ。リフィやネリネが活躍すると自分が一番目立たなくなっちゃうから恐れてるのよ。ランがドラゴンに食べられちゃえばいいんじゃないかしら」
「何で私なんだよ!」
リリィは悪口にならないように冗談めかしていたが、私にも気持ちは分からないでもない。役に立てない。足手まとい。誰かに言われなくても状況を客観視すれば自分がそうなっているか否かなんて簡単に分かる。
ひとまず、ネリネの魔法具作成を待つ間、私の踊りがどこまで届くのか調べることになった。
庭の端に立ってステップダンスを踊るとランとリリィが反対側の端に向かって走り始める。
反対側の端に到達しかけたところで二人がコケるのが見えた。
またいそいそと走って私の方へ戻ってくる。二人共派手に転んだようで、顔には土がついている。
「大丈夫でしたか?」
「え……えぇ。少し転んだの。この庭の端から端くらいまでが範囲ね。かなり広いんじゃない?」
ざっくりで百メートルくらいだろうか。近くにいないと効果が出ないという訳でもないらしい。
「思ってたよりすげぇな。なんでこれで魔法使いに負けんだよ」
それは昔の人に聞いて欲しい。私が物心ついた時には魔法使いに取って代わられていたのだから。
「多分だけど、踊っている最中は動けないでしょ? それに他の事も出来ない。戦場だといい的になってしまいそうね。魔物との戦いでも派手に動いているから注意を引きそうだし、人との戦いでは弓で狙われる。そんな所じゃないかしら」
リリィはランの疑問に真面目に答える。いちいち真面目に考察しなくても、とは思うが言っていることは正しそうだ。お婆ちゃんの世代付近でそんな事があり、徐々に立場を悪くしていったのだろう。
「後は……何時間も踊ってると疲れるしね。体力が持たないもの。一人が同時に踊れる踊りも一つだけだから、効果も一つだけ。魔法使いの方が良いに決まってるね」
自分で言っていて悲しくなるが世の流れなのだろう。魔法使いの優位は圧倒的。だが、魔法使いのいないチームなので私にとってはアピールのチャンスだ。ピンチがチャンスに変わるとはこの事かとも思う。
「魔法使いになりてぇなぁ。羨ましいわ」
「他の人なら一人で出来ることが二人がかりだものねぇ……」
私が魔法使いを持ち上げるような事を言ったからか、ランはまた現実逃避を始めた。しばしば使用人や魔法使いになりたがる。リリィも魔法が使えない事を意外と歯がゆく思っていたようで、ランに同調している。
「あれ? でも、そうしたら誰がネリネの作った魔法具に魔力を注ぐんですか?」
「メイドが一人くらい使えるわよ。それか、あの入り口にいるバカ二人にも一応聞いてみる? まぁ無理でしょうけどね」
リリィにしては辛辣な言葉だと思ったが、門の方を見ると確かにバカな二人がいた。コハとサワだ。なぜか門の前に陣取って焚き火をしている。
そういえば昨晩、リリィが屋敷に来いと言っていたので律儀に会いに来たのだろう。
「貴方達、こんなところでお茶を沸かさなくても中に入ればいいじゃない。話は通してあるから客人としてもてなすわよ」
「いいんだよ。火くらい自分で起こせるからな。一緒に飲むか?」
コハが笑いながらそう躱す。サワも使用人達にいびられていたし、あまり中に入りたくはないのだろう。
「えぇ、頂くわ」
三人でサワとコハの隣に座り、コップを受け取る。綺麗なコップではないが気にならない。
「それにしてもこんなところでよく火を起こせたわね」
目の前でメラメラと燃えている焚き火を見つめながらリリィが言う。
「魔法に決まってるだろ。簡単な魔法くらいなら誰でも使え――」
コハは悪気のない風にガハハと笑いながらそう言う。言い切る前にランとリリィの目が鋭くなったのでコハは押し黙った。一瞬で楽しいティータイムが殺伐とした空間に早変わりする。
コハは何か地雷を踏んだ事は察したようで、コップで顔を隠した。
まさか魔法を使えないだろうと見くびっていたコハが魔法を使えた上に、私達が使えない人達だとバカにされているように聞こえたのだろう。
リリィとランの殺気がじわじわと私を通り越してコハまで伝わっていくようだ。
「今のは失言というか私達が卑屈なだけね。まぁいいわ。手伝って欲しいことがあるの。仕事よ」
リリィは殺気を引っ込め、自分の感情を殺して笑顔を作ってそう言った。




