懺悔
「リリィさん……ごめんなさいっす。リリィさんのお父さんに言われてやってました。魔法が使えない人をチームに集めて、一番難しいドラゴンを取ったのもわざとっす。とにかくリリィさんの足を引っ張れと言われていました」
ネリネは開口一番でリリィへの謝罪を口にした。もう嘘をついて隠し事をする必要が無くなった。そう思っているようで、晴れ晴れとした顔をしている。
ベッドで泣いていたのもリリィへの罪悪感からだったのかもしれない。憧れの人だったリリィを裏切る。ネリネにとっては辛い事だっただろう。
「ネリネ。私は気にしてないわ。リフィを使って脅かしてごめんね」
リリィもネリネを労わるように優しく頭を抱きしめている。私にもそのくらい素直に優しくしてくれればいいのに、と一人で嫉妬をして唇を尖らせる。
「父ちゃんと喧嘩して……どうしようってなっている時にアカツさんが話しかけてきたんす。リリィさんは勇者になれなかったら私の兄ちゃんと結婚する。そうしたら父ちゃんとアカツさんは親戚だから、私を自由にするように話してくれるって……」
ネリネが泣きながら懺悔を始めた。言い切るとリリィの胸でわんわんと泣いている。
リリィの睨んでいた通り、アカツはネリネの「自由になりたい」という願望につけこんでそそのかしていたようだ。
卑劣だと思った。自分の娘と同じかもっと幼い人の悩みにつけこんで、自分の意のままに動かそうとするアカツが。
「ここで話すより、記者の前で話したら良いんじゃないかしら。訓練の様子も取材してくれるからやって来るんでしょ?」
ピオニーの提案にリリィは首を横に振る。私もそれは難しいと思った。彼我の権力の大きさが違いすぎるからだ。嘘を真実に、真実を嘘に出来るのはアカツの側だ。
「無理ね。真実は父が作るものだから」
「じゃあどうするの?」
「決まっているじゃない。このまま何事も無かったように続けるの。さすがに命までは狙われないでしょうし、これからも私は戦い続ける。遅くなっちゃったけれど、明日からは対ドラゴンの訓練よ。早く帰って寝ましょうか」
リリィは自分を曲げる事はしないし、自分の敵とは戦う。そういう人だから当然だと思ったけれど、自分の父親と戦うというのに切り替えが早い。どこまでも合理的で冷静な人だと思う。
「貴方達もこの件は適当に誤魔化しなさい。分が悪くなったら逃げても良いわよ」
私達の話をずっと黙って聞いていたコハとサワを解放するらしい。もう同じ手は食らわないだろうし、二人も早く足を洗いたそうにしているのでこれで良いのだろう。
「ありがてぇけど、まだここでやる事があるんだよな」
コハは肩についた汚れを払いながらそう言う。
「やる事?」
リリィは興味も無さそうに尋ねる。
「この辺にはドラゴンが居るんだろ? 皆の仇なんだよ」
「仇?」
「村を襲った奴なんだ。親も友達も皆そいつに殺された」
「八つ当たりをしたいの? 村を襲ったドラゴンがここに居るとは限らないわよ」
「それが居るんだよ。父ちゃんが命懸けで右目を潰した奴がな。誘拐の準備でこの辺を調べていたら見かけたんだ」
「そう。じゃ、頑張ってね。私達とは目的が違うわ」
「おいおい! ここで会ったのも何かの縁だろ? リフィ、勇者は人助けをするんだよな? 目の前に困ってる人がいるじゃないか。それにどうせドラゴンと戦うなら、皆が喜ぶ奴にしてくれよ」
コハはリリィが御しがたいと察したようで私を見て話してくる。
「確かにな。勇者は人助けをするもんだよな。任せろよ」
ランの理想の勇者像にバッチリと噛み合ったらしく、明後日の方向から援護射撃が飛んできた。
「だから私達の目的は……じゃ、いいわ。ただし、あくまでついでよ。わざわざ片目の潰れたドラゴンを探してまで倒しはしない。訓練のために戦うドラゴンの片目が潰れている事を祈りなさい」
ランの安請合いに引っ張られる形でリリィが折れる。
本当に目当てのドラゴンがいるのかも分からないし「貴方達の仇を取ります!」なんて約束はしない方が良いだろう。無責任な事を言わないリリィの受け方が正解な気がした。
「本当か!? ありがてぇな。訓練っていうのが何をするのか知らねぇけど見学させてくれよ。俺達もあのドラゴンが倒されるところが見てぇんだ」
「まだ何か企んでいそうね」
「何もねぇよ! 本当に……ありがとう……俺達だけじゃ戦えねぇしよぉ……」
まだドラゴンも倒さない内からコハは涙を流して感謝の言葉を述べ始めた。単純なのは良いけれど、こんな性格で悪事に手を染められるのかと心配になる。多分もっとキチッとした仕事の方が向いていそうだ。
本当に何も企んでいないのだろう。コハはサワに嬉しさのあまりに抱きついて頬擦りをしている。年頃のサワにはキツイ対応だったようで、鳩尾を殴って距離を取った。
「とりあえず帰りましょうか」
リリィの掛け声で順番に天井に空いた穴から外に出る。
外に出て気づいたのだが、天井と思っていた部分は小屋の一階の床だった。私はずっと地下にいたのだ。
「地下だったんですね。倉庫かな?」
「この辺りはドラゴンが出るからね。出ると言っても数年に一度出たら大騒ぎする程よ。それでも備えはしておかないとって事でどの家にも地下室があるの」
リリィが分かりやすく説明をしてくれる。貴族で大臣の娘で勤勉なのだから当然かもしれないがリリィは何でも答えてくれる。
「詳しいんですね」
「自分の家の領地の事くらい知ってるわよ」
「言ってみてぇなぁ。『ここは私の領地だ!』ってさ」
ランはいつもの調子でリリィを茶化す。
「あら。そんなに好きならどうぞ。ただしドラゴンから民を守る責務を負うのよ。逃げてはダメ。それでも良いなら――」
「い、いや! いいよいいよ! なんでもない! やっぱり、私には使用人くらいが丁度いいや!」
使用人になりたいと冗談を言っていた件はリリィは聞いていないので「使用人?」と首を傾げると小屋から出ていく。
続いて皆と外に出ると、満天の星空が広がっていた。
その光景を美しいと思える余裕がある。誘拐される直前に庭に出た時は怒りでそれどころでは無かった。
「すげぇ綺麗だな。田舎を思い出すな」
「こんなに星が見えるってどんだけ田舎だったのよ……」
ピオニーが引き気味に言うのも分かる。私達がいた小屋は朽ち果てていたし、周りにある建物も焼けた跡や、木の壁が引き裂かれたり折れた形跡が見える。つまり誰も住んでいないので光源は月しかない。
恐らくドラゴンの襲撃にあってそのまま打ち捨てられた村の跡なのだろう。
悲しい現実ではあるが、ドラゴンを狩り尽くすなんて現実的ではないし、ドラゴンの生息域にまで侵入した人間側にも非はあるのだろう。
星空を眺めながらそんな事を考えていると、リリィが馬に乗って現れ、私の目の前で止まった。馬の高さも相まってリリィを見上げる形になる。
「どうしたんですか?」
「どうしたって……これで帰るのよ。ランはピオニーを乗せてあげて。リフィ、おいで」
「あ……はい」
恐る恐るリリィの伸ばす手を取ると、馬の上まで引っ張り上げてくれた。身長が急成長したらこんな目線になるだろうか。巨人のような目線の高さに緊張を覚える。誰かの後ろに乗るなんて初めてだからだ。
「コハとサワは馬車があるんでしょ? 明日、日が昇るくらいに屋敷の前に来なさい。ピオニーとランも気をつけてね。後で屋敷で落ち合いましょう」
リリィは全員に指示を出すと手綱を操り、馬を動かし始めた。慣れない振動に驚き、リリィの腰を掴む。
「もう少し上にして。動きづらいわ」
「あ……すみません」
「馬は初めて?」
「人の後ろに乗るのは初めてです。揺れ方が好きじゃなくて」
「あら。初めてを頂いてしまって申し訳ないわ」
「何でもかんでも初めてにすれば良いってもんじゃないですからね」
上下に揺れる度、馬の胴に腰が打ち付けられてかなり痛い。やはり移動は馬車に限ると思ってしまうあたり、私も貴族の生活に慣れきってしまっているようだ。
目の前にはリリィの背中がある。頼りがいがあって強い。改めて観察すると、その人の背中は思ったよりも細く、繊細だった。
「結構揺れるんですね」
「私に抱きつくとマシになるわよ。密着するの」
「い、いいんですか!?」
「そう言われるとダメと答えたく……ちょっと!」
リリィの答えを聞く間もなく思いっきり抱きついて背中に頬を擦り合わせる。
ほのかに香るリリィの匂い。最近はご無沙汰だったので懐かしさすら覚えてしまう。
「ここで達するのだけは勘弁してよ」
「さすがにそんな事にはなりませんよ」
「ならいいわ。そのままくっついていて」
リリィの許可が出たので更に強く抱きしめる。
「リリィさん、今日はありがとうございました」
「今日も、の間違いじゃないの? 貴女は手が掛かるのよね。護衛につくのも楽じゃないわ」
「アハハ……護衛、ありがとうございました。もうダリアさんもその仲間も殆どいないですし、宿舎に戻ったら部屋は元通りですかね」
「いつまでもあの部屋に居ていいのよ」
風呂場での一件があったからかリリィはかなり優しい。私の要求に素直に答えてくれるようになった。
「まぁ……考えときます」
「えぇ。考えておいて」
素直すぎるリリィは気持ち悪い。話をそこで打ち切ってリリィの背中を堪能する時間に切り替えた。
廃村から屋敷までの数十分間はリリィの背中から空を眺められる最高の時間だった。




