誘拐
「こりゃどう見ても違ぇべ! 狙いは銀髪のお嬢様だべ!? こんな茶髪の女じゃねえ! それにめんこいって話だったべ! 間違えんじゃねえよ!」
「うるせぇ! 頭にタオルを被ってたし、名前を呼んだら振り返ったんだよ! それにこいつも十分めんこいだろ!」
気持ち良く寝ていたのに男女で言い争う声で目が覚めた。頭がガンガンするので気持ちの良い目覚めではない。
それにしても二人の訛りは懐かしい。出身地が近い気がする。
今いるのは窓がない建物か、地下だろう。四方に石が組まれている。扉が見当たらないので地下という線が濃厚だ。
状況的に誘拐されたのだと思うけれど、目隠しはされていないし、身体の後ろで腕を結び付けていたであろう紐は解けている。何だか拍子抜けする手際の悪さだ。
多分、誘拐されてからそんなに時間は経っていない。風呂場で飲んだ酒が抜けていない感じがするからだ。
「あ……あの……」
二人が驚いた様子で私の方を見る。私も驚いてしまった。二人の片割れはリリィの屋敷にいた新人メイドだったのだから。
「お……起きたのか。お前、誰なんだよ。リリィ・ルフナじゃないよな? なんで名前を呼んだ時に反応したんだ? お前はあいつの何なんだ?」
新人メイドではない、男の方が話しかけてくる。
私はリリィの何なのか。散々弄んでおいて、『好き』の一言も言ってくれない。色々な言葉で褒めているけれど、要はペットが欲しいだけなんじゃないか。
男の聞きたい趣旨とは違うのは分かっているけれど、意識が途切れる前の怒りがまた沸々と点火してきた。
「そんなの……私が聞きたいですよ! 私ってリリィさんの何なんですか! う……吐きそう……」
急にテンションを上げてしまったからなのか、吐き気がこみあげてくる。
腕の拘束が解けている事実を隠すことも忘れ、前のめりに倒れて身体から吐しゃ物が出ていくに任せる。
「おいおい……くっせぇな。勘弁してくれよ……大人しくしてくれていれば良いんだからさぁ……」
メイドの女の子は毒づきながらも背中を優しくさすってくれる。
「うぇ……水……」
男の方が桶から水を汲んで持ってくる。出すものが無くなって冷静になると、二人共馬鹿正直に私の相手をしてくれている事に気付いた。リリィを誘拐していたら、すぐに脱走されてしまいそうだ。
口をゆすいでいる間も頭がガンガンと痛む。殴られたところなのか、ただ悪酔いしただけなのか分からないけれど。
コップを返して椅子に座り、背もたれにもたれかかる。その態勢のまま何度か目をぎゅっと閉じるが一向に頭痛は良くならない。
「それで……何で私を誘拐したんですか?」
メイドの女の子は私の吐しゃ物を処理しながらなんとも言えない目で私を見てくる。何で人質の私が偉そうに椅子に座って、誘拐犯の私達が掃除をしているのだ、と言いたげだ。私も出来れば手伝いたいのだが頭が痛くてそれどころではない。
「狙いはお前じゃないんだよ。さっきも言ったろ」
「あー……そうでしたね」
「本当に……何でこんな奴を連れてきちまったんだ……」
男の方は頭を抱え、壁にもたれかかっている。何やら深刻な悩みを抱えていそうだ。誘拐された私が心配するのも変な話ではあるけど。
「私の名前もリリー・ルフナなんです。だから、名前を呼ばれて振り返っちゃいました。ややこしいので皆はリフィって呼びますけど」
「そういう事だったのか。ほれ、俺は悪ぐねぇよ」
男は安心した様子でメイドの女の子に弁解している。何度聞いても懐かしい、故郷を思い出させる言葉だ。
「そいえば、おめさんらどこの出身なんだ?」
私が地元の訛りで話しかけると二人がギョッとした顔で私を見てくる。
「おめぇもなのか?」
「見た事ねぇ顔だけどな」
メイドの女の子と男が顔を見合わせて話している。
「まぁ……村が近いんですかね。私も二人の事は知りませんから。名前は?」
「俺がコハ。こいつがサワだよ。兄妹なんだ」
言われてみれば二人は似ている。鼻筋の通り方や丸っこい眉の形なんかがそっくりだ。
出身が近い事で気を許したのか、コハはぼそぼそと身の上話をしてくれた。
二人の出身の村は私の故郷のすぐ近くだった。その村は今は存在しない。なぜなら、ドラゴンに襲われて滅んだからだ。
本来なら出没するような場所ではないので誰も対応が出来ず、次々と焼かれたり捕食されていったらしい。気づけば二人は孤児になっていた。その後も生きるために真っ当ではない事もしながら食いつないできた。
小さい頃に、近くの村にドラゴンが出た、みたいな話を聞いた記憶がある。当時はそんな話を聞いても「私の村に来なくて幸運だった」くらいにしか思わなかったが、私がのほほんとそんなことを考えている間もこの二人はどこかで必死に生きていたのだと思うとやりきれない気持ちになる。
「リリィさんを誘拐するのが、今回の仕事だったんですか?」
「そうだ。サワは事前に潜入しておいて、中と外の連携プレーって訳よ」
「誰が貴方達を雇ったんですか?」
「おいおい。俺が何でも答えると思うなよ。間違えはしたがお前は人質なんだ。この際、本当に身代金を要求してもいいんだからな」
「本当に? つまり身代金以外の目的で誘拐をした?」
コハはギクリとした顔をしてそれ以上は何も喋らなくなった。簡単な誘導に引っかかるし私以上に馬鹿なのかもしれない。
「まぁ……無駄ですよ。私は貴族じゃないんで、親もお金なんて持ってないです」
「そうだよなぁ……」
二人は下を向いていて気がついていないけれど、天井の隙間から砂埃が落ちてきている。三人目の仲間かと思ったけれど、その隙間から白い百合の花弁が落とされたのでリリィが助けに来てくれたのだと直ぐに察知した。
「はぁ……お腹空いたぁ! 二人共! ご飯まだなの!? そんな壁際でボーッとしてないで準備しなさいよ!」
無理矢理だったが、人数と位置を伝えるような会話を差し込む。
コハが「声がデケェ」と注意しようと壁から離れた瞬間、天井の一部がメキメキと音を立てて崩れた。
砂煙の中から二人の影が走り出て、コハとサワを拘束する。少し遅れてピオニーがナイフを片手に私の方へ向かって走ってくる。
「逃げるわよ! って、怪我は殆どして無いし……拘束もされていないのね」
ピオニーからしても拍子抜けだったろう。屋根から飛び降りてくる前の想定では、私は鎖や紐で固定されていて、リリィ達が戦っている間に速やかに私を救出する。
そんなプランだったはずなのに、実際の私は椅子に座って寛いでいたのだから。
だがまだ緊迫感が薄れたのはピオニーだけで、リリィとランはサワとコハを取り押さえるのに必死だ。
「二人共! この人達は悪い人じゃない。話を聞きましょうよ」
リリィがチラリと私を見る。
「惚れっぽいのね。今度はどっちなのかしら? ルナットの屋敷での事と同じ。人質という極限の環境がそうさせたのよ」
「違います! その人達の狙いはリリィさんだったんです! しかもお金目当てじゃない。裏に何かあります」
今度はジッと私を見つめる。信用してくれたようで、何度か小さく頷いた。
「なるほどね。追跡も容易だったし、きちんとやっている感じがしなくて気持ち悪かったのよね」
リリィは一人で合点しているけれど、私にはさっぱりだ。
「そもそも……どうやってここに?」
「門までは血が点々と滴っていて、そこからは馬車の轍を追いかけたきたの。追いかけて来いと言っているようなものね」
あまりの杜撰さにリリィは自分で言いながら笑ってしまっている。
「コハ! だから馬車は止めろって言ったんだよ!」
「おめぇも気づかんかったろ!」
リリィに小馬鹿にされたからか、コハとサワは醜い責任の押し付け合いを始めた。この二人、本当にこれまでは仕事を無事にやり遂げてきたのだろうか。余りに酷すぎる。
二人の言い争いが収まったところでリリィが何かを思いついたように私達に目配せをする。
「良い機会だから、もう一つの懸念も解消してしまいましょう。ラン、ピオニー、少し口裏を合わせて欲しいの。貴方達もよ。新人メイドさん」
リリィは二人を解放するとニヤリと笑い、自分の腕に剣を突き刺した。




