結果発表
目隠し焦らしの疲れも取れきれない頃、リリィに叩き起こされ今度は塔の頂上で二人で寝転ぶ。
眠いけれど目は閉じない。目の前に広がる深夜の星空は地元の田舎で見るものと大差が無い程に星が輝いていたからだ。
「すごいですね。宿舎だとここまでは見えないですよ」
「そうでしょ? 喜んでもらえて良かったわ」
すぐ隣からリリィの声がする。お楽しみの時間は終わり、今は友人として過ごす時間だからなのか、声は穏やかで優しい。
顔を横に向けると、リリィは少女のような探究心を抑えきれない様子で空を見ていた。緩んだ口元から前歯が見える。
「手、繋ぎませんか?」
リリィは返事もせずに私の手を取り、指と指の隙間に自分の指を絡める。想像していた繋ぎ方と違うので戸惑ったが、リリィなりの攻撃だと思い、私も強く握り返す。
「リフィ、分かっているとは思うけれど、『これ』に特別な気持ちは無いわ。まだ、本気にはならない」
そう言いながら、手首を何度か曲げて「これ」が手を繋いでいる事だと示される。そんな事は分かっている。分かった上で、満たされない気持ちに折り合いをつけていたのだ。今更そんな事を念押しされても、という気持ちになる。
「知ってますよ」
「そう。ならいいわ」
「本気になったらどうなっちゃうんですか?」
「さぁ……結ばれないと分かったらここから身投げするかもね」
リリィはそれだけ言うと押し黙り空を再び眺める。名残惜しいがいつまでもリリィを見ていると怒られそうなので私も空を見る。
実はリリィは本気で惚れるとかなり危なそうなタイプだった事を知り、一人でほくそ笑む。そこまで持っていけるのかは分からないけれど楽しみになってきた。
流れ星でも見えてくれれば話のネタになるのだけど、そんなに都合良くはいかないらしい。微動だにしない星達を眺めるのにも飽き飽きした頃、やっとリリィから口を開いてくれた。
「今日の星と真冬に見る星では並びが違うのよね。気づいてた?」
「いや……知りませんでした。綺麗だなって思うだけで、並びとかは興味なくて」
「つまり今知ったと言う事ね。動いていないように見える星も実は少しずつ動いているのよ」
「はぁ……そうですね」
リリィがたまにしてくれる的を得ない話。良くわからず適当な相槌を打つ。
「私達も同じ。ゆっくりとだけど確実に動いている。夜を終わらせないために、貴女は生き残りなさい」
「え……あ……どういうことですか?」
意味も分からずリリィの方を向くと、何が恥ずかしいのか顔を腕で覆っていた。頬は酒も飲んでいないのに赤らんでいる。
「一次審査を通過したら教えてあげる。頑張りなさい」
また冷たく突き放されたので上を向く。
「もう頑張るも何も無いですけどね。投票も終わって、結果が奮うことを祈る事しか出来ません」
「フッ……そうだったわね。私は今、貴女から見てどこにいると思う?」
「えぇと……左?」
答えるや否や星空が真っ暗闇に早変わりする。リリィが私に覆いかぶさって来たからだと気がつくのに時間はかからなかった。
私に馬乗りになったリリィは「正解」とだけ言うと、冷たい手を私の顔に添え、短いキスを一度だけしてくれた。
「リリーちゃん、そろそろだよ!」
これまでの人生で一番幸せだった時間を思い出していた。
リリィとのデートからさほど日を開けず、あっという間に一次審査の結果発表の日が来てしまった。
今いるのはいつものホール。飾り付けは私の運命が変わりかけた日と同様の順位発表式仕様で、一位から三十位までの椅子が並べられている。空いているのは一位と二位、後は二十六位から後ろの席だ。
若干の浮き沈みはあれど、上位陣の並びはほぼ固定されており、盤石な支持層の強さを思い知らせてくる。
一位と二位は最後に発表するらしい。昨日の新聞でもリリィとネリネのどちらが一位の座を手にするかで盛り上がっていた。
一方、残り少ない椅子が自分の物になれと願ってやまない残り半分の参加者達。私もその中にいる。
「リリーちゃんのお陰でチーム別のポイントは一位になれたけれど、やっぱり投票が伸びてないんだねぇ……」
メリアが隣で肩を落としている。
「まだ諦めちゃダメよ。やれる事はやった。ボーナス票もあるんだし、必ず私達は入ってる。上位じゃなくても生き残ればそれで良いのよ」
半ば諦めムードの漂うメリアをダリアが鼓舞する。私もまだ諦めてはいない。それだけの手応えはあったのだから。
とはいえ、私達が王都を走り回っている間、遊び呆けていた人は一人もいないはずだ。全員が全員、死力を尽くして『依頼』を受けて人々のために駆けずり回ったのだから、私達だけが評価されるはずがないのだ。
二十五位の人の発表後のざわめきが落ち着いた頃、ヒースが口を開いた。
『それでは二十六位を発表いたします……メリア・ラエリア!』
「やった! リリーちゃん! ダリアさん! 大丈夫だったよ!」
メリアが飛び跳ねながら私とダリアの手を取る。嬉しいのだけど、椅子はあと四つ。ボーナス票によって私達のチーム全員の順位がまるっと上がっているとしても誰かは入れない計算だ。
「二人共、待ってるから。絶対に来てね」
私とダリアをまとめて抱きしめたメリアが耳打ちして去っていく。
「簡単に言ってくれるわね」
「まぁ……良かったですよ。メリアはもっと上でも良いくらいです。性格も良くて可愛くて治癒も凄いんですから」
「ま、そうね。だからこそ蹴落とさないといけないのに、あの笑顔にやられちゃうのよねぇ」
ダリアと二人で腕組をしてステージに駆け上がるメリアを見つめる。次もチームの誰かが呼ばれれば私達が生き残っている確率もグッと跳ね上がる。
そんな期待を更に持ち上げるようなことが起こった。次に呼ばれたのは同じチームの郊外に行っていた貴族の娘だった。
もちろん全員の貢献がこの結果を生んだ。それでも、私が達成したドン討伐の『依頼』の貢献度合いは無視できないようで、通過した貴族の人が挨拶にやってくる。
「リフィさん。ありがとうございます。正直、ギルドに所属できる事は決まっていたので、残っても意味は無いのですが……もう少しここで遊んでいこうと思います」
そう言い残してステージに向かって立ち去る貴族に対してダリアはあかんべえをする。
「じゃあ辞退しろって話よね。こっちは必死なのにさ」
「まぁまぁ……落ち着いてくださいよ。次は私達ですって」
そんな私の期待も他所に私達のチームにいた貴族の人が連続で呼ばれていく。
遂に残った席は一位と二位、三十位の三つとなった。私もダリアも残っているし、リリィとネリネもいる。
実はリリィとネリネのどちらかが三十位以下に転落していて自分が一位の席に座る事になっている、なんて奇跡を期待してしまう。
『三十位の発表の前に一位と二位を同時に発表させていただきます』
まだ呼ばれていない人の内、三十位に最後の希望を託している人がほとんどだろう。そんな人の心を弄ぶように最後に回すのだから性格の悪い演出だと思った。
『一位は……ネリネ・キャンディ。二位はリリィ・ルフナ!』
会場にどよめきが走る。一位はリリィ・ルフナというのがある意味当然でこの空間での共通認識だった。この会場のどよめきが私の主観ではないという証明にもなる。
リリィの事だから悔しさを内に秘め、笑顔でネリネの手を引き二人で歩むのだろうと思いながら前に進み出ていくリリィを探す。
そんな私の予想を裏切り、リリィはネリネを置いて一人でツカツカと前に歩いていった。リリィがステージに上がりかけたところで、ネリネもやっと自分も前に出るべきだったのだと気づき慌てて追いかけている。
リリィが悔しさを滲ませていたのはステージに上がるまでだけだった。そこからはいつものように澄まし顔で支持者へのお礼、ネリネへの賛辞、次回でのリベンジを宣言して二位の席に深々と座った。
ネリネもまだ呆然としているようで、あやふやな受け答えを済ませると一位の席にちょこんと座る。
座り方一つとってもリリィの方がこの空間の王に相応しい。それでも民意は民意なのでどうしようもない。
『さて……それでは最後のお一人を発表させていただきます』
ヒースの声で上位陣の浮き沈みを気にしていた私の意識が引き戻される。
順当にいけば私かダリアのどちらかが落ちる。それか、二人共が落ちるかもしれない。
ヒースが発表をかなりタメるので、前を見ることができず俯く。不意に手が暖かくなった。ダリアが私の手を握ってきたのだ。
「リフィ、どっちが通っても恨みっこ無しよ」
そう言う口で私を口汚く罵り、仲間に私を痛めつけるように命令を下した。
私の手を暖めているこの手で私を滅多打ちにして、殺そうとしてきた。
それでも、彼女は同じチームメンバーとして私やメリアを導いてくれた。
上辺だけの付き合いならいくらでも出来る。だが、こんな風に接されると良い面も悪い面もたくさん思い出されて私もどうしたら良いのか分からない。
言葉にするのがどうしても難しくて無言で手を握り返した。ダリアは「力が強いのね」と茶化したけれどこれが私の精一杯だ。
『三十位はリフィ・ルフナ!』
唐突な発表に驚いて顔を上げる。まず私が見たのはリリィの顔。目が合うとウィンクを飛ばしてくれた。
握られていた手がゆっくりと解かれる。
「リフィ、おめでとう。早く行きなさい」
子供に話しかけるような穏やかな声色のダリアに見送られながら、ステージを目指して歩き始めた。




