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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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穴開け

 目が回るほどにグルグルと螺旋階段を登り続けた。その切れ目からは太陽が差し込んでいて、頂上に到達した事を教えてくれた。


「うわぁ……すごい遠くまで見えるんですね」


 眼前に広がるのは王城を始めとする王都の建物。壁を隔てた郊外の畑や街道。その街道が繋がる先の町や村。果ては国境線になっていそうな川や山々まで。私の村がどの方角なのかは分からないけれど、この世界の全てを見通せそうな程に広々とした景色が広がっていた。


「あの山の向こうがルフナ家の領地よ。リフィの地元はどっちなのかしら。ここからじゃ遠すぎて見えないかもしれないわね」


「えぇ……そんなに広いんですか?」


 私が見ていたのは王国の全てではなく、ほんの一部だったらしい。


「そうよ。世界は広いの。勇者になれば、どこへでも行ける。自由ではないけれどね」


 勇者になったとて、やる事は上から降ってくる仕事と決まっているので自由はない。それでも、この城壁に囲まれた王都からは抜け出せる。リリィは自分に絡まった紐を順番に解いている。王都を出て、勇者の勤めを果たしたら本当の意味で自由になれる。そう考えているのだろう。


「王城が見えるでしょう? 何代前か忘れたけれど、当時の当主と王女が恋仲だったらしいわ。ここから王女の部屋が見えたから、光を使って会話していたらしいわよ」


「健気ですね。それって、リリィさんって王家の親戚って事ですか?」


「いいえ。二人はどう足掻いても結ばれる事は無かったの。それを嘆いた二人は、ここから一緒に身を投げたそうよ」


 何とも後味の悪い話だ。


「もしかして……出たりします?」


「お化け? 出ないわよ。私が何度ここを使っていると思っているのよ」


 リリィはケタケタと笑って私の心配をいなす。それならいいのだけど、曰くつきの場所と聞くと少し空気が湿ったように感じてしまう。


 湿った空気は風によって運ばれていると思い込むことにした。塔の頂上はかなり高い場所にあるので風も強い。リリィは銀髪が風で靡くのを必死に押さえつけている。


「風が強いですね」


「そうね。また暗くなったらここに来ましょう。それまでは下ね」


「夜、ですか?」


「えぇ。星を見るのよ」


 ローズの店の前で何気なく話していた事を覚えていたらしい。ここからならよく見えそうだ。でも私にとっては、星が見えることよりもリリィが約束を覚えていてくれた事の方が嬉しい。緩む口元を抑えながら頷くとリリィは一人で階段を降りていってしまった。




 頂上から少し階段を下ると踊り場のような場所があり、布団やら水やらが置いてある部屋になっている。行きも通ったのだが階段を登るのに疲れ果てて聞けずにいた。


「ここは……リリィさんの部屋ですか?」


 リリィは笑いをこらえきれずに吹き出してから答える。


「どれだけ意地悪をされたらこんなところに住まわされるのよ。部屋は別にあるわ。ここは一人になりたい時に来る……そうね、別荘みたいなもの」


 階下から上がってくる人はいないし、周囲には誰もいない。世俗の声も音も何もかもが聞こえない。ただ風の音だけが聞こえる場所。本当の意味で孤独になることが出来る。故にリリィは「別荘」と表現したのだろう。


「良いですね。暗くなるまではここで何をするんですか?」


「貴女の嫌いな事よ」


 わざわざ嫌いな事をすると宣言されて「分かりました、どうぞ」と答える人はいないし、私もそうだ。


 だが、リリィの手に今日買ったピアスの入っている革袋がある事に気付いてしまった。私の耳には穴は開いていない。どうやって開けるのかは知らないがかなり痛そうだ。


 リリィが近づいてくるにつれて私は後退し壁際にじわじわと追い詰められていく。ひんやりとした壁に背中がついた途端、リリィは一気に距離を詰めてきた。いつの間にかリリィの手には針が握られている。怯える私の反応を楽しむように目の前で針をひらひらと動かす。


「い……痛そうですね」


「痛いのは一瞬。すぐに気持ち良くなるわ。変態の貴女の事だから『もっともっと』ってねだってくるんじゃないかしら」


 何に誘われているのか分からなくなる誘い文句だ。


「絶対に痛くないですか? 本当の本当に?」


「えぇ。保証するわ」


 クスクスと笑うリリィに引かれ椅子に座らされる。


 背後でリリィがガチャガチャと何か準備をしている音がするものの、恐ろしくて振り向くことが出来ない。数分もするとすぐ後ろにリリィの来た気配を感じる。


「まずは右耳から行くわよ。準備は良い?」


「は……はい。一気にお願いします」


 目をぎゅっと瞑り、一瞬と言われた痛みに耐える準備をする。


 だがいつまで経っても耳に痛みがない。本当に痛くなかったらしい。ほっとして目を開くとリリィが気味の悪いニタニタ顔で目の前に回ってきていた。手には針。一つも血で汚れていないのでまだ耳に刺していないらしい。


 ほっとして身体が弛緩すると同時に少し身体がキュッと縮こまる不思議な感覚がしたが、それよりもリリィへの怒りをぶつけるのが先だ。


「リ、リリィさん! 酷いですよ! 私、ずっと怖がってるのに!」


 リリィは高らかに笑う。よほど私を怖がらせるのが楽しいらしい。笑いすぎてむせている。唇を尖らせてリリィを睨むと、腹を抱えてまた背後に回っていった。


「本当に、早くしてください……手汗、凄いんですよ」


 針を持っていない方の手を握ると、リリィはギョッとした顔で手を振り払ってくる。


「ビショビショじゃない。こんなに濡れてしまったのね。変態じゃ……」


「いや、そういうのはもう良いですから……」


 いつぞや読んでいた言葉攻め入門にでも書いてあったのだろう。全く心に響かない、丸々と太った変態商人が言いそうなセリフを途中で払い除ける。


 リリィは不発だったのが不満そうで、むくれながら私の背後に戻って行った。少し心に余裕が出来たので振り向くと、リリィが針を火であぶっているところだった。


「そ、それって熱くないんですか?」


「大丈夫よ。消毒しているだけ。何も焼き印を付けようって訳じゃ……焼き印も面白そうね。どう? 熱々に熱した鉄を貴女の綺麗な肌に押し当てるの。私の奴隷になった証よ」


「結構です。私に傷は付けないんですよね」


「つれないのね。ただの冗談じゃない」


 私には会話を楽しむ余裕はほとんどない。火にあぶられている針が私の身体を貫くのだから。想像するだけで手の平がまた濡れてきた。


「リフィ、今度こそ本当に刺すからね。驚いて舌を噛まないでね」


 軽く頷いて歯を食いしばる。リリィが一度耳に息を吹きかけてくるのでまた遊んでいるのかと怒ろうとした瞬間、鋭い痛みが耳たぶの辺りに走る。「うっ」と声が出るものの、確かにそこまでの痛みではない。


 そのまま耐えているとリリィが私の耳をまさぐっている。異物感が出てきたところで後ろから声がかかった。


「はい。ついたわ。しばらく付けっぱなしにしておいてね」


 恐る恐る耳を触ると耳たぶの下に固い物がぶら下がっている。形状からするとリリィのピアスらしい。振り向くとリリィの右耳からはピアスが無くなっていた。


「これで二人で対称ね。そうでしょう?」


 リリィが私の前に回り込んできて見つめ合う形になる。リリィの左耳と私の右耳に同じものが付いているのだろう。顔さえどうにかなれば鏡写しのような状況だ。どうあがいてもリリィの顔にはなれないけれど。


「反対側は今日買った物を付けるんですか?」


「その通りよ。もう一回針を刺すわけれど、どう? もっと刺して欲しい? 私としては目を瞑って『早く刺してくれ』と祈っている貴女の姿を見ているところが頂点だったわ。もう興ざめしてしまったから早く済ませたいの」


 そんな事を何度も欲しがる訳がない。痛みは少ないけれど気持ち良くもなかったのだから。


「いいから早く左側もやってくださいよ。それで終わりです」


「あら。好みじゃなかったのね。残念だわ」


 反対側もリリィが手早く穴を開けてピアスをつけてくれた。リリィも自分の空いた右耳につけると鏡を見て満足そうに微笑んでいる。


 隣に立つと同じ格好をして同じピアスを付けた二人が立っている姿が鏡に映る。違うのは、顔と髪色と髪型、ピアスの宝石の色くらいだろう。


 窓から外を見ると薄暗くはなっているが、まだ星は見えないくらいには明るい。


「まだ時間ありそうですね」


「そうね。私はもう楽しんだから、次は貴女が楽しい事をしましょうか」


「えぇ……な、何ですか?」


 リリィは怪しく笑い、私をまた椅子に座らせるとシーツを力任せにビリビリに引き裂き始めた。


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