自画像
手入れされた庭は田舎の畑よりも広い。宿舎の中庭もここまでの広さではなかった。ここも空から見たら左右対称になっているのだろう。同じ生け垣に両側から挟まれながら屋敷へ続く中央の通路を歩く。
屋敷は城と見紛うほどの重厚さだ。四つの角には屋敷の何倍も高い塔が立っている。
王城からそう離れていない場所にこんな屋敷を構えている。それが今日まで続くルフナ家の権勢を物語っているようだった。
重たそうなドアをリリィは軽々と開け放った。中では使用人達がいそいそと掃除をして回っている。ご息女のお帰りなのだから、使用人一同が並んで出迎えるものだとばかり思っていた。リリィはそういうのを嫌いそうなので、あえてさせていないだけかもしれないけれど。
リリィに気が付いた使用人が礼をして近づいてくる。
「リリィ様。お帰りなさいませ」
「ただいま。帰って早々に悪いけれど塔を使うわ。いつものところね」
「かしこまりました。そろそろかと思いまして今朝方掃除をしております」
「あら。助かるわ。誰が帰ってきても人は入れないでね」
使用人はチラチラと私を見てくるが何も聞かない。友人を招く機会が多いから慣れているだけなのか、友人を招く機会がないので珍しがっているのか。どちらとも取れる反応だ。
「リフィ、こっちよ」
リリィに手を引かれ、廊下を歩く。当然だけど細かい模様の壁紙で装飾されていて、実家のような土壁ではない。壁には何人もの肖像画が飾られていた。歴代当主の自画像なのだろう。リリィにも受け継がれているように一様に銀髪だ。
廊下の途中でいきなりリリィが立ち止まり私を見てくる。
「本当なのかしらね。現に二人の兄は金と茶色なのよ」
「何がですか?」
「髪の毛よ。銀髪がルフナ家の象徴らしいわ。当主の座に一番遠い私に一番色濃く出ているルフナ家の証。二人の兄の絵もあるけれど先祖に合わせて銀髪のかつらを被って描かせていたわ。きっと先祖も同じ事をしたのね」
「どうでしょうね……」
「でも、これがルフナ家なのよ。子孫にどう思われるのかを気にしている。つまり、皆、未来を見据えていた。無論、父や兄もね。そこが他の貴族と違うところ。他所の貴族は先祖が何をしたのかだけを誇り、自分達は何もしようとしない。子孫にどう思われるかなんて微塵も考えていないわ。五百年前の戦争で王が落とした兜を拾っただけで未だにふんぞり返っている人もいるの。滑稽よね」
「す、すごいですね」
「父もこの前は冷たかったけれど、この国の事を誰よりも考えている。民衆の求心力を回復する目的で勇者オーディションを考えたのも父なのよ。三回目で軌道に乗ってきたから、今はヒースに引き継いで次の打ち手を考えているの」
「えぇ!? そうなんですか!? それにリリィさんが出るって確かに色々疑われちゃいそうですね」
「まぁ……そうよね。今回も渋々だったし、まだ完全に許してくれてはいないみたいだけどね」
色々と新しい事を知れて楽しいけれど、なぜこんな話をいきなりしだしたのだろうと思ってしまう。
「なぜこんな話を、と思っているでしょうね」
「まぁ……はい」
リリィの家族が立派だと言うことは分かった。でも、そんなことはずっと前から知っている。リリィがこれだけ気高い人なのだから。
「私は勇者になってこの家を出る。でもそれはルフナ家が嫌いだからではない。嫌いなのは貴族社会そのものなの。貴女にもそれを分かって欲しいし、私の家族の事を嫌いになって欲しくないの」
リリィは私が貴族に対して良くない偏見を持っていると思っている。それを取り除きたくてここに連れてきてくれたのだろう。
ただ、私はしばらく前から偏見なんて持っていなかった。リリィは完璧で、気高く、私にとって特別だ。いつも光り輝いている。
でも、それを言葉にしていないからリリィには伝わっていなかった。もどかしい関係だと思う。あれもこれも言えたら楽なのに、リリィは私に近づき過ぎないように距離を取っている。今日はなぜか一気に距離を詰めてきているけれど。
「大丈夫ですよ。とっくに偏見なんて無いです。オリーブもリリィさんもすごく……まともですから。中には変な人もいるのかもしれないですけど、それは平民も同じです」
リリィは嬉しそうに笑うとまた歩き始めた。廊下の丁度終端にリリィの父親、アカツ・ルフナの肖像画があった。反対側の壁はがら空きなので、次の当主の絵が飾られるのだろう。
「丁度折り返しなんですね」
「そうらしいわ。兄のどちらかの絵がここに飾られる。私は有り得ないけれどね」
「リリィさんの絵は無いんですか?」
リリィは私の質問に否定も肯定もしない。ただいたずらっぽく笑い、塔に続く扉を開けて中へ誘う。
天まで続くと思うほどに先の見えない螺旋階段がある空間にやってきた。塔の中の、その一階だ。
埃っぽい階段下は物置にされているようで、そこに一枚の絵が置かれていた。リリィの絵だった。
本当は自慢したいのを我慢しながら扉を開けたのだと思うと、隣で絵を見つめるリリィを抱きしめたくなる。
リリィがこの絵を自慢したかったのだと思ったのは、その絵が美し過ぎたからだ。白い百合の花を顔の前に掲げ、流し目で絵の外の世界を見つめるリリィの顔が正面から描かれている。所謂肖像画とは一線を画すスタイルだが、リリィらしさが出ていて好きな絵だった。
フラフラとその絵に引き寄せられ、絵の前に座り込む。
「綺麗ですね」
「本物よりもね」
「そ、そんな事ないですよ! 本物の方が……ずっと……」
言いかけて口を閉じる。リリィの口癖が私に移ったのか、かなり恥ずかしい事を言おうとしていた。
「最後まで言いなさいよ」
「嫌です。言いません」
リリィは私の後ろに座って脇腹やお腹をくすぐってくる。私が言うまで解放してくれないのだろう。
「ちょ! くすぐったいです!」
「言う気になった?」
気づくとリリィの顔がすぐ目の前まで来ていた。首の筋肉を動かせばすぐに口づけが出来る距離。近いのだけど、まだまだ心の距離は離れている自覚はあるので首は動かない。
「気持ちを込めてキスしてくれたら、言ってあげます」
リリィの瞼がピクピクと動く。
「それは無理だと言っているでしょう」
「じゃあ私も無理です。上に行きましょうか」
先に立ち上がり階段へ向かう。リリィから離れきる前に腕を掴まれた。そのまま座っているリリィに引っ張られ体勢を崩す。
視界がゆっくりと斜めに流れる。床がゆっくりと近づいてくる。だがこのまま倒れていけばリリィの顔とぶつかる。リリィは素直じゃない。事故という体でないとキスが出来ないのだろう。
私はニヤニヤを隠さずにリリィに向かって倒れ込む。リリィもニヤリと笑う。唇までもう少しだ。
だが、接触する直前にリリィは顔を横に思いっきり逸した。私の眼前に広がるのは硬そうな床だけ。勢いを止められる訳もなく、私は床と激突する。鼻に私の体重を乗せた鈍い一撃が炸裂する。
「ぐ……い……痛い……」
起き上がり鼻をこするが血は出ていない。
「鼻、曲がってないですよね?」
「大丈夫よ。私が貴女に傷をつける訳がないでしょう。そうやって揺さぶりをかけるのは結構だけど、今の私は躱す。それだけよ」
リリィの方が一枚上手だった。何だかんだで押したらドギマギした態度を見せるので楽しかったのだけど、リリィは自分がやられる側になるのが我慢ならないらしい。
私の無事を確認すると、リリィは逃げるように駆け足で階段を登っていく。私も半周遅れくらいで階段を登った。
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