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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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赤色

 ドンの指輪を受け取ってからも気を抜かずに『依頼』を受けに受け、ダリアとメリアと三人で幾つもこなした。


 ドンの口利きがあったのか、貧民街ではそれなりに名が通るようになっており、性的ではない踊りを求められて何度も披露した。


 市井での私のあだ名は「最下位の人」から「踊り子の人」にランクアップしたのだ。順位ではなく、私の中身や性質を見てくれる人が増えてきたことが嬉しい。


 あれよあれよと言う間に一次審査の期間が終わった。郊外から戻ってくる人の移動や投票の集計に時間がかかるため今日と明日はオフの日だ。


 リリィは私を叩き起こして朝のルーチンをこなすと、椅子に座って一人で外を眺めながら紅茶を飲んでいる。いかにも貴族のお嬢様という風格があり、隣に座るのを躊躇ってしまうほどだ。


 ベッドに横になってリリィを眺めていると、外に飽きたのか私の方を見てきた。


「暇ね」


「そうですね」


「何かしたいことはないの? 王都で過ごす最後の休みかもしれないのよ」


 この休みが終わったら一次審査の結果発表だ。五十人の中で上位三十人に入れなければ脱落。王都で働く伝手もないので私は田舎に帰る事になる。そんな未来を見透かしたようにリリィが呟く。


 だが、私は『依頼』でかなりのポイントを稼いだはずだ。チーム毎の順位は上位にいるのでボーナス票が獲得でき、確実に個人の順位でも最下位は脱出している。


 三十位に届いているのかは分からないけれど、そう信じて過ごさないとお腹の辺りのモヤモヤが収まらない。


「私はまだまだこの部屋に居座るつもりですよ」


「あら、そうなの。自信があるのね」


 それだけ言うと目を瞑って嗅覚だけで紅茶を味わっている。穏やかな一時だと思った。ずっとこんな時間が続けば良いのにと願ってしまう。


 リリィは紅茶を飲み干すと音も立てずにティーカップをテーブルに置き、また外を眺めだした。


「リフィ、外に行きましょう。思い出作りにね」


「散歩ですか?」


「違うわ。『貴族の遊び』を教えてあげる」


 リリィはニッコリと笑い、私の方へ来てベッドに腰掛けた。そんなに重たくなさそうだが、軋む音を立てて私の身体が沈む。


「貴族の遊び……ですか?」


「えぇ。まずは化粧からよ。見て。寝不足で黒いの」


 リリィは困り顔でくまの出来た目の下を指差す。


 ここのところ、毎晩のようにリリィは足を舐めさせる。とうとう私もリリィの足を舐めながら達するようになってしまった。それが寝不足の原因だ。


 今思えば、いつ別れの日が来てもいいように少しでも楽しもうとしていたのかもしれない。リリィがどこにも行くなと言ってくれれば私はいくらでも待つけれど、勇者になったリリィにはもっと優先すべきことが増えるはずだ。


 よって、私が脱落する日が別れの日だ。そう思うとリリィの何気ない「思い出作り」という言葉が心に重くのしかかる。


「リフィ、早くこっちへ来て」


 化粧台の前に座ったリリィが鏡越しに手招きする。何だろうと思い近づく。すっぴんのリリィは座ったまま私を見て微動だにしない。


「な……何ですか?」


「貴女、化粧が上手でしょ。私にもお願いしたいわ。ここに来てからは見様見真似でやっているけれど、どうしてもね……家ではメイドがやってくれていたのよ」


 要するに自分でやるのに自信がないのだろう。私は家族の仕事柄、小さい頃から叩き込まれていたので自信はある。


「いいですよ。リリィさんは素材がいいので軽くで映えますけどね」


 鏡越しにリリィが笑う。


「誰かに褒め方を習ったの? 嬉しいわ。でも今日はしっかり目にお願いしたいの。二人で並んで映えるようにね」


 リリィは少しおどけた顔をして目を瞑る。完成してのお楽しみにしたいのだろう。「分かりました」と返事をして仕事に取り掛かる。





「はい! 出来ましたよ!」


 鏡にかけていたシーツを取り、リリィにお披露目をする。リリィはじっと自分を見つめ、顔を右に左に何度も傾けながら仕上がりを確認している。どこか気に入らなかったのだろうかと不安になるが杞憂だった。すぐにニッコリと笑う。


「ありがとう。やはり上手ね。まぁ素材の良さが一番の要因なのは当然だけどね」


 普段なら笑うのは憚られるけれど、リリィの顔が道化のようにおどけているので冗談だと分かり、安心して笑えた。


「服は適当でいいわよ。現地調達するから。行きましょうか」


 リリィは居ても立っても居られないという感じで、ヨレヨレの平服を掴み雑に頭から被って着ている。


 貴族の遊びと言う割には服装はラフだし、なんなら平民側の市場でウロウロしていそうな格好だ。


 それにも関わらず宿舎を出て向かったのは王城の方向。どう考えても高貴な方々がおわす場所だ。


「あの……この格好で目立ちませんか?」


「目立つわよ。慣れておきなさい。どうせ目立つのだから」


 意味も分からないので首を傾げるだけに留め返事はしない。


 しばらく歩いて到着したのはガラス張りの建物が軒を連ねる一角。ガラスの内側には布や服が飾られている。通行人の格好からして高級感がある。何となくここでする事が分かってきた。


「服を買うんですか?」


「ご明察。本当は採寸して仕立ててもらうのだけど、時間がないからね。出来合いのもので見繕いましょう」


「いや……出来合いでも高そうですよね……」


「値段は気にしないで。どうせツケ払いだから」


「いやいや……払う宛なんてないですよ」


「だから、貴女も私も払わないのよ。親の金で豪遊する。貴族に生まれた者の特権よね」


 リリィはそれだけ言うと店に入っていくので慌ててついていく。さすがに、いきなり高額な請求をされたりはないだろう。


 中では貴婦人らしき人を老婆が採寸していた。この場所に似つかわしくない服装をした二人だから、店に入ってきた私達を見て貴婦人も老婆も顔をしかめる。


 だが、老婆だけはすぐに営業スマイルを作り、貴婦人を待たせて近づいてきた。


「リリィ様。ようこそいらっしゃいました。どこかで遊ばれてきたのですか? 派手に転ばれたようで」


「まぁ……そんなところね。友人と二人分、今から着る服を探しているの」


「左様でございますか。あちらへどうぞ」


 老婆の指す方には何着もの服が掛けられていた。


「じゃ、しばらく借りるわね。カーテン、閉めても?」


 老婆は笑顔で頷く。恐らくだがリリィの素性を知っているのだろう。手慣れているしリリィはここの常連なのかもしれない。


 リリィに手を引かれて服のかかっている一角に入る。このスペースだけで私達の宿舎の部屋より広そうだ。


 何となく、リリィがいつもより汚い服を選んだ理由が分かった気がする。私だけがみすぼらしい恰好をしていると気が引けると思ったのだろう。顔が知られていなければ、リリィと遊んでいた令嬢と勘違いされてもおかしくはない。


 リリィはカーテンを閉めるなり服を脱ぎ棄てて下着姿になる。いつ見ても嫉妬するほど綺麗な体をしている。朝のルーチンを止めたらリリィもぽっちゃりとしてくるのだろうか。それはそれで見てみたい気もするが、リリィは嬉しそうに自分の身体を鏡で見ているので暫くは維持しそうだ。


 リリィが鏡越しに目を細め、私を睨みつける。鏡越しに私がじっくりと鑑賞している事に気付かれてしまった。


「嫉妬、羨望、欲情。後は何かしら」


「そのくらいですかね。欲情が八割です」


「素直で良いわね。早く脱ぎなさい。時間が無いの。手早く決めてしまいましょう」


 リリィは口と他の部位を別々の人格が支配しているらしい。


 時間は無いから早く済ませると言いながら、私の背後に回り、ゆっくりと服を脱がしてくる。


「私の八割も同じよ。けど今じゃないの」


 リリィは私の耳元で囁くと、私の服を乱暴に投げ捨て、鏡越しに私と目を合わせる。鏡には下着姿の私と、私の肩から顔を出したリリィが映っている。


 リリィの視線は私の身体に注がれているのがありありと分かる。欲情が八割という言葉に嘘は無いらしい。


「相変わらず白い肌。赤が似合いそうね」


 王城の宝物庫で見た幻覚に出てきたリリィと同じことを言うので驚いて振り向く。


「リリィさん……やっぱりあれは幻覚じゃなかったんですか?」


 リリィはきょとんとした顔で私を見る。本当に呆気に取られているようで、少しだけ唇から前歯が覗いている。


「幻覚の中の私も赤色が似合うと言っていたの? 凄いわね。私が何を言うのか貴女が完璧に理解しているから、幻覚の中の私は現実の私を忠実に再現しているのでしょうね」


 嗜虐性という意味では忠実に再現はされていなかったが、概ねそういう事だろう。私の中のリリィという人物がかなり出来上がっている。これだけ長い事同じ部屋で過ごし、肌を重ねれば自然な事かもしれないが、自分のリリィへの夢中っぷりにこそばゆくなる。


「まぁ、幻覚はどうでも良いわ。現実の私もそう思ったの。今日は赤色にしましょうか」


 そう言って服を選ぶリリィは、友人との買い物を楽しんでいる風にニコニコと笑っている。


 リリィと二人でいる時に感じていたのは緊張や憧れ。とにかく胸がバクバクと高鳴って気の休まる時間は無かった。


 だが、この瞬間はどんな話をしても笑顔で、安らぎを覚えられそうだった。

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