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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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拷問

「……うぅ」


 立った状態で目を覚ました。


 両腕は上に向かって持ち上げられていて動かない。縛られているみたいだ。


 身体もひんやりとしている。服を脱がされ、一枚の薄布すら身体に張り付いていないからだった。


 さすがにやりすぎだと思いリリィに文句を言おうと辺りを見渡す。


 だが、リリィよりも先にこの部屋に散らばっている器具に目が行ってしまう。


 鋸、木槌、輪っかにトゲのついた何か、剣、三角形の木、壁にかけられた鞭。いずれも赤黒い色をしている。何で染まったのかは考えたくもない。


 そして、それらの全てがリリィとの会話を思い起こさせる。この地下はかつて拷問のために使われていた。


 その名残が色濃く残る部屋があったのだろう。私はまんまとリリィに連れ込まれた。回りくどいやり方をしたものだと思う。


 だが私は痛い事が嫌いだ。さすがにこれは許容範囲を超えている。鞭がギリギリ耐えられるラインな気もするが、それでもかなり妥協したうえでの話だ。


 部屋の角に置かれている机にリリィが腰掛けている。陽気に鼻歌を歌いながら刃物を研いでいるようだ。いつの間にか服を着替えたようで、真っ白な一枚の布を身に纏っていた。


「リリィさん! 放してください! これはさすがに無理ですって!」


 私の声でリリィがゆっくりと振り向く。ニッコリと笑って私の目の前まで来た。


「良い顔ね。恐怖で歪んでいる。だけど、まだ苦痛が足りないわ。すぐに私好みにするから待っててね」


 そう言って机に戻ると研ぎたてのナイフを手にして私の前に舞い戻ってきた。『舞う』というのは比喩ではなく、本当に踊っている。私は彼女に踊りを教えたことはないのに、器用なステップを踏みながらクルクルと回転しているので驚く。


 粛々と儀式を行うのではなく、勿体ぶるようにして楽しんでいる。その姿に心から恐怖を覚える。


「な……何だか今日のリリィさん、変ですね……」


「あら、そう? いつも通りじゃないかしら」


 ナイフを片手に少女のような上目遣いで私を見てくる。可愛いだとか綺麗だとかそういうものを感じる箇所が完全に麻痺していて何も思えない。


 リリィは人差し指を口に添え、まじまじと私の身体を見つめてくる。


「綺麗ね。雪のように白い肌。青い血管も見える。どこに血が通っているのか丸わかりね。でも、白には青じゃなくて赤が映えると思わない?」


「わ……私は青が好きですよ! 白と赤はちょっと合わないんじゃないですかね……」


 リリィの狙いは分かりきっている。赤は血を意味する。こうやってナイフを突き立てると脅して私を怖がらせて楽しんでいるのだ。いつになく悪趣味だが付き合う意味で私も穏やかに嫌がってみる。


 リリィは不満そうに口を尖らせ私に背を向けた。


「貴女の趣味は聞いていないの。白には赤よ。絶対にね」


 じゃあなんで聞いたのかと突っ込みたくなり、口が開きかけた途端、喉からは苦悶の声が飛び出す。


 振り向いたリリィの持つナイフの切っ先が腕をなぞったからだ。腕が焼けているのかと思うほどにジンジンと痛む。


 腕から流れ出た少量の血がゆっくりと脇を伝い、足先に到達したのを見届けるとリリィは嬉しそうに微笑む。


「ほらね。貴女の白い脚には赤が似合うわ」


 リリィはしゃがみ込み、流れ落ちた血をくるぶしから舐めて回収するようにゆっくりと上がってくる。


 太腿、腰、脇腹、脇と舌が上がってきたところでリリィの顔が目の前にやってくる。口の周りは口紅ではない赤でグチャグチャだ。


 これ以上は何も進みたくない。いつものように新しい扉を開ける期待もワクワクも湧いてこない。ただただ辛いだけの時間だ。リリィを心底軽蔑してしまう。顔にも出ていることだろう。


「美しい顔ね」


 軽蔑の表情を意に介さずリリィは血を指ですくい、私の顔をなぞる。鉄の匂いが強くなったけれど、この部屋に充満する赤錆の匂いの方がまだまだ強い。


「もうやめてください! お願いします!」


「これだけでやめるの?」


 リリィはそう言って血の流れていない方の脇をチロチロと舐めてくる。欲しがらせるための罠だと分かっているのに痛み以外の感覚が鋭敏になる。


「も……もう少しなら……」


 その言葉を引き出した途端、リリィは私から離れ壁の前に移動し、腕を組んでどの道具を使うか悩み始めた。鋸に木槌、鞭、剣。どれも断りたいものばかりだ。


「リフィ、どれが良い?」


「ど……どれもちょっと……」


「早く選びなさい。どれが良い?」


「ム……鞭で」


 この選択肢なら一番マシだと思えた。だが、リリィが鞭を手に試し打ちを始めた途端、木槌にすれば良かったと後悔した。


 空を切る。そんなのは例えだと思っていた。だがリリィの振るう鞭は本当に空を切断している。その証拠に、しなる度にバチンと空気を切った音が鳴っている。


 ドンの一喝よりも大きな音が鼓膜を震わせ、想像し難い痛みへの恐怖を覚えさせる。


「リ……リリィさん、そろそろ戻りませんか? 皆待ってますよ」


 リリィは鞭を扱きながら私を見る。


「そうなの? 指輪を掠め取ったクソビッチなのに? 耄碌した年寄に擦り寄るのは得意なのね」


「そ……そんな事言わなくてもいいじゃないですか! 私だって……私だって頑張ってるんです!」


 リリィの返事はしなる鞭の音。あまりの迫力に身体が竦んでしまう。


「そんなに怖らがないで。まずは音で気持ち良くなれるようにしないとね。それとも先に痛みの方が良いのかしら?」


「や……やめて……」


 身体が恐怖で震える。もうこれ以上の続行はできない。いくら懇願してもリリィは止める気配すら見せないので私の心も折れそうだ。


 もう好きにしてもらおう。そう思い始めたが、一方で楽しそうに鞭を扱いているリリィを見ているとイライラも溜まってきた。


 そもそも毎回私がやられ役なのも納得行かない。そりゃ気持ち良いので悪いことばかりではないけれどたまには攻める側もやってみたい。


 それに今日のリリィは度が過ぎている。本気で嫌がっている事くらい分かるはずだ。それすら分からない人に御主人様を名乗る資格はない。


 そんなこんなで沸々と湧いていた怒りはついに沸点を超えた。


「おめさん、ふざけんじゃねぇべ! っくらなんでも限度っつうのがあるだろ!」


 訛のキツイ地元の言葉。王都で育ったリリィに通じるかも怪しかったが、私の言葉を聞くなりフッと笑ったのですぐに理解したらしい。


「ふざけてないわ。主人に噛みつくなんて躾が足りないのね」


 もう一度鞭をしならせ、威嚇するように空気を切る音を聞かせてくる。音で怯んでしまうが、もう懲り懲りだ。これで終わり。その決意を胸にもう一度声を張り上げる。


「だから……」


 ダン、と扉が勢い良く開け放たれ、部屋の外からリリィが入ってきた。リリィが二人いる。意味も分からず二人を見ていると、部屋の外から入ってきたリリィが元々部屋にいた鞭を持っているリリィに剣を突き立てた。


 あまりの光景に言葉を失う。起こった事を整理しようと努めるが、脳みその負荷は増すばかりで一向に答えにたどり着かない。やがて、負荷に耐えられなくなったのか、眠るように意識を失った。





「……なさい! 起きなさい! リフィ! リリー・ルフナ!」


 リリィの絶叫で目を覚ます。王城の地下なのに代わりはないのだが、部屋ではなく廊下にいた。それに、リリィに抱きかかえられている。


 私を怖がらせていた方なのか、助けてくれた方なのか分からず頭がこんがらがる。今度こそ鞭打ちなのだろうか。


「いや! やめて!」


「落ち着きなさい! ここは現実よ。貴女は幻覚を見せられていたの」


 リリィは息が詰まる程きつく抱きしめてくる。そのおかげで少し冷静になる事ができた。まずは気道を確保するためにリリィの背中を叩いて首が締まっている事をアピールする。


「あら……ごめんなさい。落ち着いた?」


 身体を離してくれたリリィが私を見つめる。その目は少しでも私の身体に傷をつけようなんて思っている筈がない程に穏やかだ。助けてくれた方だと直感して、身体の力が抜ける。結局、またリリィにもたれかかる形になってしまった。


「そんなに取り乱すなんて……余程怖い幻覚だったのね。だから待てと言ったのに」


 リリィは何度も幻覚だと言っている。それがどういう事なのか分からないが、腕の痛みはないし、リリィがナイフを突き立てた部分も傷一つない。


「幻覚……どういう事ですか?」


 リリィは子供をあやすように頭を撫でてくれる。有り難いのだけど少し照れくさい。身体の力が抜けているので振り払うこともできないからされるがままだ。折角なので胸元に顔を埋めると懐かしい匂いがした。


「ここは王家の宝物庫だった場所。物理だけでなく魔法でも厳重に守られているのよ。王の私物の近くで血を流すわけにもいかないから、幻覚を見せて侵入者を無力化する方式を取っているらしいわ。貴女が見ていたのはそれよ」


「でも最初は幻覚なんて見てなかったような……」


「『導石』があれば幻覚を見ずにここを歩けるの。私のピアスは『導石』を加工した物なのよ。体が接触していれば持っていなくても効果があるの。だから手を繋いでいたのよ」


「そうだったんですね……」


 手を繋がれてドギマギしていた自分が馬鹿らしくなる。必要性があったから繋いだだけだったのだ。


「ちなみに幻覚はその人の趣味趣向を反映するらしいわよ。どんなものを見たの?」


「絶対に教えません」


「残念ね。もう一度一人で放置してみようかしら」


 ここに取り残されると私は誰かに助けられるまでここで幻覚を見続ける事になるのだろうか。身震いしながら顔を横に振るとリリィは「冗談よ」とささやいて私を立たせる。


 趣味趣向とはいえ、あの幻覚はかなり過激だった。私にそんな趣味はないのに、と頭を傾げながら皆のところへ向かった。

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