保留
人はそれなりにいるが道幅が広いので密度は低い。そんな王都の中心地をリリィと並んで歩く。何処に連れて行かれるのかも分からず歩いているけれど、貴重な指輪を保管するのだからさぞかし厳重な場所なのだろう。
「はぁ……なんだか気が重いです。指輪一つでこんなに色々と考えないといけないなんて……」
「以前の貴女は何も考えていなかったでしょう? それに比べたらまだマシよ」
リリィは自分の事ではないからか楽観している。この話がバレたら金目当ての人から命を狙われるかもしれないのに。
「リリィさんは他人事だから気楽そうでいいですね」
「あら。私はどんな事も自分事として考えているわよ」
ニヤニヤと心労が嵩んでいる私を見ながらリリィが言う。絶対に彼女は悩む私を見て楽しんでいる。
一応今も助けてもらっているので「どうだか」と心の中だけで毒づく。
「今頃皆、私の悪口大会とかしてないですよね……」
「その指輪は人をネガティブにするのかしら。腹の中は分からないけれど、的外れなリフィ憎し、なんてスローガンで結託するほど腐った人達ではないはずよ」
「はは……そうですよね。なんだか疑い深くなっちゃってますよね」
「気持ちは分かるけれどね。胸を張っていいと思うわ。その指輪を貰えたのは貴女の魅力故よ。祖母の話は幸運だったけれど、血筋にどうこう言い出したら貴族も魔法使いも生まれによってしまうものね」
リリィはいつでも前向きにさせてくれる。リリィのチームの人は人気が高いので一次審査はパスしたようなものだし、メリアとダリアもこの『依頼』で思わぬ形でポイントを獲得出来たのだ。誰からも恨まれる謂れはない。
とはいえ以前も私が恨まれる謂れはないのに集団に襲われた事はある。リリィは今回も守ってくれるのだろうか。そんな期待を込めてチラリと視線を送ると真面目な顔をして頷いてきた。
言葉がなくとも心で伝わる。まだそんな関係には程遠いと思ったけれど、少しずつそんな風に思える事が増えている気がする。
気恥ずかしさから唇を噛んで下向いて歩く。リリィも何も言わずにただ目的地まで連れて行ってくれた。
「ここよ。来るのは初めて?」
リリィに言われて目線を上げると、空が見えなくなっていた。それほどまでに高い建物が目の前にある。何本もの尖塔が空に向かって伸び、その先端では旗が風を受けてはためいている。
天まで届きそうな尖塔を脇に従える本丸も荘厳な雰囲気を漂わせる見た目と大きさだ。
「これは……お城? 王城ですか?」
「そうよ。王以外にこんなところに住める人がいるなら会ってみたいわね」
「リリィさんの家はもっと広そうですけどね」
リリィはフッと笑う。
「そんな訳ないでしょ。いつか遊びに来なさい。珍しいお茶くらいなら出してあげるから」
リリィの家に招かれる約束を取り付けたところで改めて王城を眺める。大きさに反して跳ね橋の幅はそう広くない。貧民街の道路の幅くらいで、横に数人並ぶのがやっとだろう。
ひっきりなしという程ではないが、役人や貴族のような恰好をした人が、その狭い橋を譲り合いながら出入りしている。
城に入っていく人の流れに乗り、リリィの先導で門をくぐる。中にもそれなりの量の人がいた。どの人も身なりがしっかりしているので、上流階級の人々なのだろう。
「さてと……この中が目的地よ。行きましょうか」
どこに行くのかも分からずにリリィについていく。いくつか横に並んでいるドアをくぐると中は大きな一つのホールになっていた。どのドアを選んでもホールに繋がっていたみたいだ。
その中心にある受付のような場所に連れていかれる。
「リリィ・ルフナです。宝物庫に入りたいのですけど、この方もご一緒して良いでしょうか」
宝物を隠すなら宝物庫という事なのだろう。王城の宝物庫なんて簡単に入れてもらえる訳がないと思っていたら案の定受付嬢は首を横に振る。
「申し訳ございませんが登録のない方は申請からお願いしております。こちらの用紙に……」
「時間が無いの。今回だけダメかしら?」
「規則ですので……」
受付嬢はリリィが話しかけても毅然とした態度で対応している。このくらい忖度の無い方がセキュリティとしては固いので安心出来るのだけど、使えないのであれば意味がない。
リリィは鼻から息を抜く。少し苛立っているのだろう。
「おや。リリィじゃないか」
聞き覚えの無い声だが、リリィに合わせて同じ方向を見る。そこにはリリィと同じ銀髪の男性が立っていた。年は六十くらいだろうか。ヒースやドンよりは若いけれど私達の親にしては少し老いている。髪色は老いによるものというよりは生まれつきの色のように見える。
「お父様。ご無沙汰しております」
リリィの父親。確か、アカツ・ルフナとか初日にヒースが言っていた気がする。この国の大臣で名門ルフナ家の当主。
そんな高貴な人がこんなところにいるとは、と驚いたが王城なのだからここが本来いるべき場所だった。むしろ私の方が何故ここにいるのか分からないと言われるべきなのだろう。
「久しいな。活躍ぶりは毎日新聞を見ているから知っているよ。そちらは……」
「リフィ・ルフナです。勇者オーディションに出ています」
アカツの目が細くなる。リリィにそっくりな冷たい目。私を品定めしているかのようだ。
「そうでしたか。一次審査がそろそろ終了ですね。是非最後まで頑張ってください。リリィもたまには家に顔を出しなさい」
すぐに興味は失せたようで社交辞令を残して立ち去ろうとする。だが、リリィは父親の手を掴み引き止めた。
「お父様。お待ちください。例の婚約の件、少しお話をしても?」
アカツはあからさまに面倒臭そうな顔をする。おおよそ娘に見せるような顔ではない気もするが、他所の話なので首は突っ込めない。
「こんなところでやめないか。次の週末に家で聞く」
「こんなところだからですよ。私も寝耳に水でしたから。此度の話、断ろうと思います」
「ハッ……行き遅れをやっと貰ってくれるところが見つかったのに、今更断れる訳がないだろう」
アカツの態度が急変する。どちらかと言うとこれが本来なのだろう。かなり威圧的、それも彼の持つ権力故なのかもしれないけれど、リリィとは似ても似つかない。いや、お楽しみの時の高慢な感じと少し似ているかもしれない。
「断る理由があれば良いのですね。では、勇者になったら結婚生活は営めませんのでそれを理由にしてください」
「勇者になれなかったら?」
「行き遅れましたが、行くところに行こうと思います」
二人はしばしの間睨み合う。この根比べはリリィが勝ったようだ。アカツがリリィそっくりな鼻からの溜め息をついて折れた事を示す。
「……分かった。一旦、保留にしておく。リフィさん、お見苦しいところをお見せしました。この事は他言無用でお願いします」
私にもきっちりとお願いと言う名の脅しをかけるとアカツは去って行った。
リリィはアカツの出て行った扉を睨みつけている。これも実の父親に向けるべき顔とは思えないものだ。
「あ……リリィさん、大丈夫ですか?」
私の声をきっかけに臨戦態勢を解除していつもの真顔に戻る。
「えぇ。とりあえず申請を出して中に入りましょう」
「そんな簡単に入れるんですか?」
「私の紹介だからね」
オリーブが言っていたらかなり腹の立つ自慢気な言い方だがリリィなので腹が立たない。
受付嬢から紙を受け取り、項目を埋めていく。あまり字は綺麗な方ではないのでリリィに見られていると思うとかなり恥ずかしい。
走り書きで急いで書いた風に見えるように早めにペンを走らせる。
「『導石』はお持ちですか? 手配までに一週間はかかりますが……」
「不要です。私の物があるので。入室だけ出来れば問題ないです」
必死に書き物をする私の横でリリィは手慣れた様子で受付嬢との会話を済ませる。それでも十分くらいはリリィと受付嬢で話していた。私が何者かというよりは、リリィが与えてくれる信頼というものが大きいのだろう。
手続きは済んだようで「行ってらっしゃいませ」と受付嬢に見送られる。
受付から奥に行くと上階に続く階段と地下に続く階段があった。リリィは迷わずに地下へ続く階段を選ぶ。
地下は相応に薄暗い。等間隔に灯りは用意されているが日が差し込まないだけでこうも違うのかと驚く。
「私から離れないでね」
階段を降りきる手前でリリィが私の手を握ってくる。いつになくリリィの方から積極的に仕掛けてくるのでつい胸が高鳴ってしまうのだった。




