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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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譲渡

「えぇ!? わ……私にですか!?」


 ドンはランとのやり取りがなかったかのような穏やかな顔で頷く。


「あぁ。本来ならエリカに渡るべきだが、彼女はもう受け取らないだろう。それなら、彼女の孫であるリフィ、君が有効活用してくれ。儂みたいな爺とこれまで添い遂げてきた指輪も本望だろうよ」


「いやいや! 受け取れませんって! そんな大事なもの……」


「あぁ。儂の想いがこもっていて、価値は計り知れないものだ。だから受け取れ。それだけで爺が喜ぶんだ。深く考えるな」


 そんなことを言われても深く考えてしまう。これを持ったことが知れ渡ったら金目当てに私は命を狙われるかもしれない。


 それに『依頼』を受けたリリィチームを出し抜く事にもなる。恐らく私から渡してもリリィは受け取らない。自分達の代わりに『依頼』を達成しろと言ってくるはずだ。カタブツでプライドの高いの彼女が私からの施しなんて受けるはずがない。


 背後から誰かが私の肩に手を載せた。すぐに匂いで分かる。リリィだ。


「リフィ、受け取りなさい。私達に気を使うことはないわ。これは貴女の力でもぎ取ったの」


「いや……でも……」


「私達はこの『依頼』が達成出来なくても一次審査はどうとでもなるわ。貴女が、貴女達が受け取るの。それとも、力づくで連れて行かれたいの?」


 肩を掴む力がジワジワと強くなってきた。昨晩の事を思い出して尻も疼き出したところで漸く決心がついた。


「分かりました。ドン、指輪を私に受け取らせてください」


 手招きされるのでドンの近くに寄る。


「若い頃のエリカが戻ってきたようだったよ。儂がしている事をエリカに認めて貰えた気分だ。ありがとう」


 お婆ちゃんがそれほどまでに魅力的だったのか、ドンが一途なのかは分からないけれど、ドンの綺麗な感情に嘘は無い。


 口を挟むのも憚られたので、頭を下げ無言で指輪を受け取る。受け渡しに際して、指に通すのではなく、掌に置かれたがそれで良いと思った。落とさないようにギュッと手を握りしめる。


「そういえばオーディションはどうなんだ?」


「あ……まぁ今のままだと脱落……ですね」


 憑き物が取れたようにさっきよりも豪快にドンが笑う。


「そうかそうか! 儂が応援してやる。任せておけ!」


 皆の手前、私だけが応援されるのはかなり気まずい。あまり表には出さないだろうけれど、上手く取り入ったなんて思われているかもしれないからだ。


「い……いえ。御心だけで十分です」


「遠慮するな。貰えるものは貰っておけ。もう、いいぞ」


 話は終わりという事だろう。長いこと話していたのでドンは咳き込みながら手を払って出ていけと伝えてくる。


「ありがとうございました。いつか、お婆ちゃんにも会いに来てくださいね。それか私がここに連れてきますから!」


 ドンは苦笑いをしてもう一度手を払ってきた。


 皆と共に建物から出る。貴族の愛犬は庭で子供達と戯れていた。もう十分遊ばせたので連れ帰っても大丈夫だろう。


「ふぅ……なんだかんだ丸く収まって良かったわ。指輪、見せなさいよ」


 緊張の糸が解けたダリアが絡んでくる。


「あ……どうぞ」


 指輪を握りしめた手を解こうとすると、腕をリリィに捕まれる。驚いてリリィの方を見ると目には呆れと怒りが半々といった感じだった。


「貴女は今、並の貴族の資産を凌ぐ逸品を持っているの。いくら仲間とはいえ、簡単に触れさせたり警戒を解くものではないわ。依頼主に納品するまでが『依頼』よ」


「あら。私は盗ろうなんて微塵も思ってないわよ。お金持ちのお嬢様には平民の皆が盗人に見えるのかもしれないわね」


 盗人扱いされたダリアが不快そうにリリィに言い返す。


「誰も盗むから警戒しろだなんて言っていないでしょう? ただ、大事にしろと言っただけよ。やましい気持ちが無ければそんな発想にもならないはずだけれどね」


 リリィも負けじと言い返す。二人とも若干機嫌が悪いみたいだ。結局この『依頼』は私の一人勝ちだった。皆の中には、「時間を無駄にした」、「自分の立場が危うくなる」。そんな感情が渦巻いていても不思議ではない。


 私に当たってくれれば良いのだけど、さすがに嫉妬を丸出しにしていると思われたくないのか、別の噛みつき先を探していた二人が目の前で噛みつき合っているのだろう。


「ふ、二人とも落ち着いてください! ダリアさん、とりあえず犬を返しに行きませんか?」


 私の提案に対するダリアの返事を待たずにリリィが更に割り込んでくる。


「悪いけれどリフィは私が借りるわね。こんな物を持ち歩いていたらあなた達も気が気じゃないでしょう? 犬は二人いれば何とでもなるわ」


「勝手に仕切らないで欲しいわね。これは私達のチームの話なの」


 まだまだダリアとリリィの言い合いは終わらない。他の皆も呆れた顔で見ていたが、さすがに痺れを切らしたピオニーが入ってきた。


「アンタら、いい加減にしてよ。喧嘩してもポイントも支持者も増えないの。リフィは幸運だった。それで終い。さ、行きましょ」


 ピオニーが諫める様にリリィの腕を取るが、リリィは乱暴にそれを振り払い、自分のチームメンバーの方を向く。


「皆、悪いけれど一時間くらい外す。この『依頼』は彼女達のチームに渡すわ。どうせ私達は達成した扱いにならないからね。リフィ、来なさい」


 振り払った勢いのまま私の腕を引き、ズルズルと引っ張ってくる。皆は追いかけてこないので、リリィに任せる事にしたようだ。


「ちょ! リリィさん、痛いですって」


 リリィは無言のままずんずんと道を進んでいく。


 孤児院の前を通り、市場を横目に駆け足で進む。


 無言の時間は『依頼』の集まった掲示板のあるホールまで続き、そこまで戻ってきたところでやっと口を開いた。


「リフィ、皆の前では言いづらかったけれど、おめでとう。『依頼』は貴女がヒースに報告して達成しなさい。このポイントがあれば貴女のチームは上位に来られる。それで一次審査はほぼ突破できるはずよ」


「それは……有難いですけど……横から割り込んだだけの私が貰うのは……」


「手の付けられない魔物に苦戦する人がいたとして、横から強者が一撃でその魔物を倒した。これは割り込んだだけ?」


「状況に寄りますけど……大体は感謝されるでしょうね」


「そうね。だから貴女は感謝されるべき人よ。さ、行きなさい。報告はヒースにすれば良いわ」


 リリィの意志は固い。もう私もいい加減に諦めて自分が報告をすることにした。


 スタッフしかいないホールを見渡すとヒースはすぐに見つかった。


「ヒースさん、ドンの討伐依頼を達成しました。これがその証拠です」


 ヒースは少し驚いた顔をするが、すぐに柔和な笑みを見せる。年を取ると皆この顔が出来るようになるのだろうか。私のお婆ちゃんには身に着かなかったみたいだけど。


「おや。リリィ様達が引き受けられたはずですが……まぁ、この指輪をリフィ様が持ってこられたのであれば、リフィ様のチームが達成した事になります。難易度の高い『依頼』でしたね。お疲れ様でございました」


「ありがとうございます。これってヒースさんが出した『依頼』なんですか?」


「いいえ。違いますよ。私が窓口をしておりますが、本当の依頼主は別の御方です」


 それが誰かは明かさないという裏の意味を感じ取ったので深堀はしない。


「そうそう。その指輪はリフィ様がお持ちください。譲渡であれ力づくであれ盗みであれ、手にしている者が持っているべきものです」


「いやいや……依頼主の人はこれが欲しかったんじゃないんですか?」


「依頼主の目的は私も分かりかねます。ただ『この指輪を持ってこられたのであれば、それは即ちドンが倒されたと解釈する』とだけ仰っておられました。指輪の処遇については聞き及んでおりませんので私の裁量で判断しております。そして私がリフィ様に持っておけと言っているのです。以上、何かご質問は?」


「あ……ありません」


 柔和ではあるが、一歩も引かないという強い意志がある目だった。私が何を聞いても答えてくれないのだろう。同時に指輪を貰う事について私が断ることも出来ない。


「では、次の『依頼』に向かってください。一次審査の時間は限られておりますので」


 ヒースは背筋を伸ばして踵を返し、私から離れていく。ダリア達と合流したいのだがリリィが入り口で待ち構えていた。


 私の手の中にあるもので、一生遊んで暮らせる。そもそも換金出来る人すら見つからない程なので、一周回って無価値にも思えてきた。換金が出来ないなら一生遊んで暮らすことはできない。換金なんてするつもりもないけれど。


 この指輪に込められたドンの想いを感じると手が震える。何十年もこの指輪は本来渡るべき人に渡れなかった。長い時を経て、近親者にやっと渡ることが出来た。その重みをずっしりと感じてしまう。


 美しい指輪だと思った。背景を知ると尚更だが、大胆にカットされた大きな赤い宝石と、宝石を支えている二本の螺旋を描くリングを見ると、背景を知らなくても誰もが十分に美しいと思えるだろう。


「指輪……貰っちゃいました……こんな物、持ち歩けないです……」


「えぇ!? そ……そうなのね。どうしましょう……私の信頼しているところに預ける? この国でこれ以上のセキュリティの場所は無いわ」


 リリィらしからぬ素っ頓狂な声だった。さすがに私の所有物になるとは思っていなかったのだろう。私も同じだけど冷静なリリィが驚いたところなんて初めて見た。それだけこの指輪が貴重という事のなのだろう。


 こんな物をずっと持ち歩いていたら緊張でどうにかなってしまいそうだ。リリィの提案に乗るため頷くと、リリィも少し緊張した面持ちでどこかに向かって歩き出した。


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