討伐依頼
一次審査の依頼も何日目になったのか分からないが、かなりこなれてきた。
リリィとの朝のルーチンをこなして、朝食を食べたら集合場所の掲示板の前に行く。
ダリアは時間通り、メリアは少し遅れてやってくるので三人で『依頼』を吟味して人前に出られそうなものを選び依頼主の下へ向かう。
そんなサイクルが出来てきたところで、今日はいつもと違う事が起こった。
なんと『依頼』にドン・サバラガムワの討伐依頼があったのだ。討伐と言っても『依頼』の達成条件はドンが大事にしている指輪の奪取。どのみちそんな大事なものを易々と渡してくれるわけがないので剣を交える事は確実だろう。
ポイントの設定も誰がやっているのか分からないが、他の『依頼』の二十倍だ。このポイントがあればぶっちぎりで一位になれるだろう。
だが、最悪のパターンを考えると、一次審査で脱落する上に裏社会のボスであるドンまで敵に回す事になる。こんな『依頼』を受けられるはずがない。
メリアとダリアも同じ考えだったようで、半笑いで他の『依頼』を眺めているとリリィのチームがやってきた。
全員、昨日は遅くまで遊んでいたはずなのにピンピンしている。
「皆様、おはようございます」
オリーブは特にご機嫌だ。笑顔で朝の挨拶をするだけでダリアは驚いた表情をする。
「お、おはよう。やけに機嫌が良いのね」
「えぇ。それはもう。長年付きまとわれた悪夢から解放されたのです。昨晩はよく眠れましたわ」
口ぶりからしてオリーブは復讐をやり遂げたのだろう。その結果、エルムの夢も見なくなって睡眠の質が向上した。それでこの上機嫌という訳らしい。
今は解消されたとはいえ、元々アンディと番だったダリアの前で聞くのは何の因果かと、事情を知る者としては少しモヤモヤしてしまう。
ダリアの様子からすると、アンディの身に起こったことは知らないのだろう。もしかすると指が無くなった事は知っていてもオリーブとは結び付かないのかもしれないが。
ボーっと掲示板を眺めていたランが急に大声を上げだした。
「お! これこれ! ポイント高ぇぞ! これにしようぜ!」
「これは……ドンの討伐? 指輪を奪ってくれば良いのね。さすがに殺しまでは出来ないものね」
リリィは安心したように息を吐く。
「ドンって悪人なんだろ? 恨んでる人も多そうだし、何なら王都に居ない方が良いんじゃないのか?」
「そうですわね。以前は住み分けが出来ていたのですが、最近は老いたのか若い衆を制御出来ていないようですわ。私のところにもよく相談が入ってくるのです」
オリーブはランに賛成らしい。
「まぁ……制御できていないのなら、頭を潰したところで制御できないならず者は消えないのだけどね。とりあえず行ってみましょうか。指輪だけ貰えたら儲けものだしね」
さすがにリリィが力づくで押し入り強盗をするとは思えないが、『依頼』の紙を持って部屋から出ていくリリィのチームが心配で目で追ってしまう。
心配なのはドンというよりは孤児院の子供達だ。ドンが死んだらあの子たちはどうなるのだろう。跡取りがいるのか、とか、そういう事は知らないけれど、興味が湧いてきた。
「リフィ、関わるだけ無駄よ。私たちはやるべき事をやるの」
ダリアは私の腕を引いて部屋の出入り口から目線を外させようとしてくる。だが、一度気になりだすと他の『依頼』にも集中できないだろう。
ダリアの誘導に負けないようにてこでも動かずにいると、諦めたようにため息をついて腕を離してくれた。
「じゃあ、これを受けましょう。犬の散歩。散歩ついでにドンのところにも顔を出しましょうか」
ダリアは折衷案を出してきた。私としては全く問題ない。メリアも犬と触れ合えるからか嬉しそうだ。
「はい! じゃあ行きましょう!」
「はぁ……強情そうなところも彼女に似てきたわね」
ダリアの誰向けなのかも分からない嫌味を流しながら依頼主のところへ向かう。
犬の散歩の依頼主は貴族だった。正確には貴族に嫁いだ性悪女。これまで見てきた大多数の貴族の娘と似たものを感じたので、平民から嫁いできた訳ではないなさそうだった。
使用人も家にいたのだから彼等に散歩をさせれば良いのだが、どうも貴族の娘がやってくる事を期待していたようだ。
例えばリリィなんかがやってきたら、大臣の娘であるリリィを顎で使う事ができる。そんな妄想をしていたらしいが、やってきたのは先祖が誰かも分からない平民の三人組だった。
消化不良だとグチグチ言われながら犬を受け取り、普段の散歩では行かないであろう平民街の方へ向かう。孤児院の隣がドンの住まいらしい。出来る事なら離れて暮らしたほうが子供達のためになりそうなものだけど。
途中、市場の近くを通ると、犬はやたらとバターの匂いに反応する。リリィが前に話していた、放蕩貴族があそこにバターを塗って犬に舐めさせるという話を思い出してゾッとする。
「この犬、食いしん坊なのね。私達よりいい物を食べていそうなのに」
ダリアはさっきの貴族には何も言わなかったので、犬に不満をぶつけることにしたらしい。
「でも私も宿舎のご飯は飽きてきたなぁ。昨日のローズさんの料理はすっごく美味しかった!」
宿舎自体のグレードがかなり高めなので、あまり料理が庶民的ではない。最初の頃はそれも楽しかったのだが、さすがにそろそろ飽きてきた。
食材がないからと言って豆のスープを出されて怒っていたのが遥か昔に感じる。まだほんの数週間前のことだというのに。
人語を理解しない犬に向かって普段の恨みをぶつけていると、すぐに孤児院の前に着いた。
リリィのチームは言い換えれば美女集団。私達も負けてはいないけれど、やはり一際目立つのは彼女達だ。だから、孤児院の入り口にたむろしているだけで光を放っているようだった。
「犬の散歩? 楽しそうね」
リリィの怪しく笑う目は「犬が犬の散歩なんて滑稽ね」なんて言いたげだ。軽く舌を出して仕返ししたのだけど、その仕草も犬っぽくて選択を間違えてしまったと気づく。
「依頼主は澄まし顔の名家のお嬢様を期待していたらしいわよ。私達が泥をかぶったの。感謝して欲しいわね」
「意地汚い人もいるのね」
ダリアはリリィの「楽しそうね」を私達全員への嫌味と受け取ったようで臨戦態勢を取るが、リリィはどこ吹く風といった様子で受け流す。
昨日の夜は皆仲良く過ごしていたのに、いざオーディションとなるとバチバチな関係に戻ってしまった。人生がかかっているのだからこれがあるべき姿なのかもしれないけれど、モヤモヤは拭えない。
気まずい睨み合いを続けていると、孤児院の中から一人の男が出てきた。アンディだ。
「待たせたな。ドンは体調が悪いから……マジかよ……」
私達を見るなりギョッとした顔をする。膝で股間を蹴り上げた記憶はあるけれど、その事は触れてこない。手を見ると包帯がぐるぐる巻にされている。どちらが利き手なのかは知らないが、オリーブは左手だけで許したようだ。
「あらあら。体調が悪いなら仕方ないわね。出直したら?」
体調不良は面会を断る方便なのだろう。ダリアは無駄骨を折らせたからかどことなく嬉しそうだ。
「そんな訳にはいかねぇよ! 悪人は全員私がやっつけんだよ! 力づくでも入るぞ!」
リリィ達も楽にポイントを得られるなら、くらいだったのだろう。ラン以外は諦めモードだ。というかランの勇み方が尋常ではない。ドンに因縁でもあるのかもしれない。
四人でランを説得して孤児院の前から移動しようとしているが、ランはテコでも動かない様子だ。
「さ、私達は行きましょ。犬を返したら市場でも行って握手会でもする?」
リリィチームの行く末が気になり、ダリアの適当な提案を受け入れるか迷うフリをしていると、孤児院の中から老人が出てきた。
「ドン! 出てきたら意味ないでしょ! 何のために嘘をついたのか分かんないじゃないですか!」
アンディが老人の事をドンと呼ぶので正体を理解した。そうでないと気づかないくらい、裏社会を牛耳っているとは思えない穏やかな顔をしていた。右の頬にある縦長の傷跡だけが、彼がカタギではない事を物語っている。
「そこの踊り子さん。昨日もここで踊っていただろう? 中で話をせんか」
「わ……私ですか!?」
いきなりドンが私だけを指名してきたので驚く。もう六十か七十くらいに見えるので元気な人だ。だが、私はそういう事はしない。トゥワークなんて踊ったら腹上死をさせてしまいそうで気が気でない。
私の不安そうな視線に気づいたのかドンはカッカッと笑って手を振る。
「たわけ。儂はもう枯れてるよ。昔の知り合いに似ていてな。少し踊りを見せてくれんか?」
「はぁ……それくらいなら……」
ドンについて孤児院に入ろうとするとメリアとダリアもちゃっかりついてきた。犬はアンディに預けたらしい。うっかりで逃しそうで信用できないのだがそのために引き返すのもバカバカしい。
どうアンディを言いくるめたのか知らないが、リリィのチームもぞろぞろと後ろからついてきている。
本当に踊るだけで許されるのかも分からないまま集団の先頭で階段を登るのだった。




