突き指
酔い潰れたネリネやメリアをおぶって宿舎まで戻ってきた。おぶったとはいえ、オリーブの魔法で力が強くなっているのでメリアをベッドに横たえた直後も腕は全く張っていなかった。
皆の部屋の前を通る度に一人、また一人と減っていき、リリィの部屋の前に着く頃には私達二人だけになっていた。そういえば私はいつまでこの部屋に居座るのだろう。
リリィも迷惑そうにしてはいないけれど、一次審査が終わった後、私が生き残れていたらさすがに自分の部屋に戻る事になるのかもしれない。
あと数日の生活を噛みしめるようにドアノブに手をかける。リリィがその手に自分の手を重ねてきた。
驚いてリリィの方を見るが、たまたまタイミングがかち合った訳ではないらしい。
意味も分からず首を傾げると、リリィはフッと笑って手に力を入れてドアを開く。
ドアは開いたがリリィは部屋に入ろうとしない。何だか嫌な予感がして私も足を動かせずにいる。リリィの方を見るが、ニッコリと笑って私を先に部屋へ入れようと誘導してくるばかりで自分から入ろうとはしない。
絶対に何かがあると勘付いた。だが、リリィは頑なに笑顔を崩さない。
さすがに死ぬようなトラップはないだろう。
諦めて部屋に一歩入った瞬間「ほら来た」と心の中で呟いた。リリィが背後から襲ってきたのだ。
別に刃物を突き立てられた訳ではない。ただ壁に押し当てられただけ。私の身体の前面は壁に密着し、背中はリリィの前面と密着している。少し息苦しい。
「きょ……今日は後ろから襲ってみたかったんですか?」
「そうだけど……あまり余裕ぶられると『襲わせてもらっている』って気持ちになるから楽しくないわ。もっと嫌がりなさいよ」
「嫌がって欲しいんですか?」
リリィは「だから」と何かを言いかけて止め、私を拘束する腕に力が入る。手首を握りつぶしかねない強さだ。それに加えて爪を立ててくるので痛みを感じて顔をしかめるとリリィは嬉しそうに笑う。
「その顔でいいのよ。出来るじゃない」
怒っているというよりは、ただスイッチが入っただけのように思えた。私を押さえたまま耳元にリリィの口が近づいてくる。
「私は貴女に何かをして欲しいんじゃなくて、させているだけ。足だって貴女に舐めてもらうんじゃなくて、私が舐めさせているの。違い、分かるでしょう?」
リリィの吐息が私を頷かせる。意思を持って生きていくだなんていうのは外の世界での話。二人しかいないこの世界ではそんな話は通用しない。
だけど、嫌がるという事は自分の意志が別の方向にあるという事だ。痛めつけられたくないのに痛めつけられるから嫌がる訳だし。残念ながら私はそれを求めてしまっている。
リリィへの忖度ではなく、もっと自分も楽しみたい。その一心でもう少し嫌がる演技をする事にした。
「や……離してください!」
腕をバタバタさせるが固定されている手首はピクリとも動かない。
「嫌よ。物分りが悪いのね。こうすれば理解するかしら」
そうは言いつつもリリィの声色は歓喜の一色だ。正解だったらしい。
左手の拘束が解けたかと思うと、すぐに尻のあたりに衝撃が走った。服越しなので少し篭ったパチンという音と振動を感じる。
振動は波紋のように尻の柔らかい部分を何往復かすると収まった。だが、一部の波紋はそのまま身体全体に広がっていき、喉に達したところで嬌声となって私から飛び出した。我ながら可愛い声が出たと思う。当然、リリィも聞き逃さなかった。
「あら? 痛い事は嫌いじゃないの?」
「あ……いや……そのぉ……」
「気持ち良かった?」
無言でいる事は肯定していることに他ならない。同じように捉えたのかリリィは俄然盛り上がったように服を脱がせにかかる。
あっという間に服をむかれて下着姿にさせられてしまった。リリィは初めて人の下着姿を見る思春期の少年のようにまじまじと見てくるのでかなり恥ずかしい。
「壁に手をついて腰を突き出しなさい」
リリィは無情な命令を下す。かなり恥ずかしい体制になってしまうので唇を噛んで無言を貫くことで精一杯の抵抗をしてみる。
「そそる顔ね。一人で動けないの? 無理やり腕を捻ってもいいのよ」
ご主人からの命令を受けると身体が即座に動き、指示された通りの体勢を取った。自分でも欲して演じているのか、本当に嫌なのか分からない。
命令通りに壁と向き合う。あまり意識していなかったけれど、壁の模様もかなり細かい装飾が施されていた。波打つような模様を見ていると尻のあたりにさっきよりも強い衝撃が走った。
私の肌とリリィの手が当たった時に出たパシンという音は静かな部屋で僅かにこだまして消えていった。
音が消えるのと同時に快感がやってくる。寒気を感じているのかと思うほどに身体が震えた。
もう一度叩かれる。さっきよりも痛みも強いので声も大きくなる。
「右側は真っ赤ね」
そう言ってリリィは左側をもう一回叩く。強さをコントロールしているようで、さっきよりは優しい叩き方だ。何だか物足りなさが出てきた。チラリとリリィを見たのだが、彼女はそれを見逃さない。
「どうしたの? 言ってごらんなさい」
「い……いや、何でもないです」
「そう。じゃ、今日はもう終りね。遅いからさっさと風呂に行きましょう」
リリィは私の体勢を解除する命令も出さずに一人で着替えを取りに行く。
「あ……あの……」
「何かしら?」
「その……物足りない……です……」
完全にリリィの掌の上であることは分かっている。それでもここで終わられると持て余した情念でどうにかなってしまいそうだ。既に私の心は着火して知らないうちに燻っていた。
私の言葉を待っていたのか、リリィは悪魔のような笑顔を見せ、嬉々として私の背後に戻ってきた。
「こんなに赤くしてまだ物足りないなんてね」
リリィの人差し指がジンジンと痛む肌を這う。痛いのだが気持ち良い。「うっ」と胸の奥で詰まった声が出てしまう。
それで気を良くしたのか、二度、三度と回数を重ねる度にリリィが私を叩く力も音も、私の声も、快感も大きくなっていく。
リリィはリリィで私の肌がどれだけ赤くなっているか実況しながら、定期的に尻を叩いてくる。
十回も叩かれたところで右も左も真っ赤になったらしい。十一回目、リリィの手が触れた途端、身体が硬直した。脚はピンと伸び、額を壁に押し当てて体勢を保つ。
「達すると背中まで赤くなるのね……あら、でもすぐに白くなるじゃない。面白いわね」
私の背中の赤と白の境目を追いかける様にリリィの指が肩甲骨の辺りから下っていく。尾骨まで到達した指はパンツを軽く引っ張って戻した。さっきまでとは質の違う、申し訳程度のパチンという音が響く。
指で岩を砕くように、その仕草で私の緊張の糸が解けた。頑張って踏ん張っていた足腰が砕け、その場に崩れ落ちる。
だがゆっくりはできない。ひんやりとした床が尻に沁みるからだ。痛みに耐えながら立ち上がろうとすると、リリィが支えてくれた。今日はもうこれで終いらしい。
「リフィ、早くこの部屋を出ないとね。ずっと一緒に居たら来週にはどうなっているのかしら」
まだ呼吸が整わない私をベッドに横たえながら、リリィは嬉しそうに話しかけてくる。私だけ後遺症の尻の痛みに耐えながら横になっているなんておかしい。リリィはまだ酒を飲むらしい。私にはそんな元気は残っていない。
そんな不満をぶつけたかったが下着姿だったことを思い出したので、布団に潜り込んでから返事をする。
「お尻……痛いです。やっぱり痛い事は嫌いです」
「力の加減が難しいのよ。でも、どうせ貴女はどんどんエスカレートして強くしろって言うんでしょうけどね」
そう言いながらリリィは酒の瓶を開けている。いつもは全部の指が曲がっているのに今日は中指だけがピンと伸びている。それに少し赤みがかっている。
私を叩く時に勢いあまって突き指でもしたのだろう。指摘するのは野暮なので、痛みに耐えながら私を叩き続けたリリィに心の中で賛辞を送りながら眠りについた。




