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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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夜空

 リリィがフィドルを構える。ピンと伸びた背筋が描く曲線が美しすぎて目を奪われた。


 地元の酒場でもその場にいる人に同じように演奏してもらっていたので、違いは一目瞭然だった。


 育ちの良さ、気品、自信、実力。ありとあらゆる要素がこれまで一緒にやった人とはかけ離れているのが分かる。それらが外に滲み出て私を釘付けにした。


「リフィ、始めないの?」


「あ……そうですね。始めましょう!」


 私がリードするなんて初めてなので、開始の合図を私から出すという暗黙の了解すら忘れていた。脳裏に焼き付いたリリィの姿を振り払って踊りに集中する。


 特に掛け声はしなかったが、フィドルの音色が聞こえ、それが聞きなじみのある曲であれば大抵の人は反応してくれる。


 短い曲を何周かすると盛り上がった人たちが手拍子やテーブルを叩いて囃し立て、打楽器の代わりになってくれた。


 素人の刻むテンポなのでぐちゃぐちゃに乱れているけれど、それに合わせて私が踊り、リリィが演奏する。


 リリィがぐちゃぐちゃなリズムに合わせて身体を揺らす度に髪がなびく。これは楽しい踊りなので笑顔でいるが、本当は真顔でリリィを見つめていたい。誰か踊りを代わってくれないだろうか。


 一瞬だけ魔が差したが、そこからは客を楽しませることに集中した。客席を回り皆を立たせる。勇者候補生の皆も好き放題に踊っていて楽しそうだ。オリーブはこういう踊りに慣れていないようでピオニーとメリアに支えられながら見よう見まねで踊っている。


 こんな光景は王都に来て初めてだ。慌ただしい日々で忘れかけていたが、離れてそこまで日が経っていないのに故郷の風景や酒場が懐かしくなる。


 オーディションに落ちたとしても他の仕事はやっても続かないのだろう。この空間の楽しさを味わってしまうと、農家や、市場で煮込み料理や果物を売るような仕事には耐えられない。


 自分のルーツを思い出すと踊りにも熱が入る。観客の野太い声でフィドルも代用できるので、リリィの手を取って二人でステージ上で踊る。


 貴族は絶対にしなさそうな早く荒いステップ。リリィは持ち前の身体能力を活かして私についてくる。余裕の笑みを浮かべているので少し悔しい。もっと慌てふためくところが見てみたかった。


 踊りの終わりは急にやってきた。酒を飲みすぎて一人で足をもつれさせたのだ。派手に尻餅をつくと、観客の人たちはぬるっと歓談に戻って行った。


「リフィ、大丈夫?」


 リリィが引き上げようと腕を伸ばしてくれたので有難く取って起き上がる。


「大丈夫ですよ。楽しかったですね! またやりましょう!」


「えぇ。楽しかったわ。皆が心配しているから戻りましょうか」


 テーブルに戻ると皆が笑顔で出迎えてくれた。


 リリィが初日のスピーチで言っていた光景だと思った。貴族も平民も関係なく、魔法使いかそれ以外も関係ない。


 あの時は踊り子であることをバカにしてきたダリアも、嫌味なダンスを仕掛けてきたオリーブも笑顔で私を迎えてくれている。


 オーディションが終わった後も関係が続くかは分からないけれど、さすがにすぐに疎遠になるとは思えない。そんな人達が増えた気がした。





 ローズの店を壊しかねない勢いでの盛り上がりから数時間後、残っている客は私達だけになっていた。


 広々と店内を使えるようになったので、ローズも混ざって適当な人と雑談をしていると帰るタイミングが分からなくなる。


 かなり酔いが回ってきて頭が痛くなってきたので酔い覚ましに外へ出た。深夜の空気はひんやりとしていて、薄着では寒気を感じる程だ。


「リフィ、いらっしゃい」


 声に驚いて横を向くと、ベンチにリリィが一人で座っていた。


「あ……どうも。一人なんですか?」


「少し休憩よ。オリーブの酔いっぷりが見ていられなくて」


「あぁ……色々と溜まってるんでしょうね……」


 オリーブは泥酔と言っても差し支えない程に酔って誰彼構わずキスを強要していた。ランがオリーブの暴走を止めて回るのに必死で中々大変そうだった。


 リリィは話している最中もずっと空を見上げている。


「王都ってあまり星が見えないですよね。私の地元は田舎で真っ暗なので星が良く見えるんです」


「いつか行ってみたいわ。綺麗なんでしょうね」


「何もない田舎ですけどね……」


「ここも何もない王都よ」


 リリィの返しが良く分からずポカンとしていると、フッと笑って頭を撫でられた。


「価値を感じるかはその人次第、という事よ。後、ここでも星が見える場所はあるわ。塔の上よ。占星術に必要なの」


「そうなんですね」


「今度行ってみる?」


「良いんですか!?」


「凄い食いつきね……」


 リリィが引き気味に私を見てくる。自分でも驚くくらいに声が良く出たと思う。だけど声も出るだろう。リリィが私を外出に誘ってきたのだから。


「ちなみに……二人だったりしますか?」


「そのつもりだったわよ。他に呼びたい人がいるなら構わないけれど……」


「いません、いません! 友達、いないので!」


「壁の向こうで皆が泣いてるわよ。私も含めね」


 リリィは笑いながら肘で小突いてくる。リリィも酔っているのかいつもより当たりが優しい。


 言われてはいたけれど、リリィは私の事を友達として認めてくれているらしい。


 嬉しいのだけど、一方で友達なのだからする事としない事の線引がより鮮明になった気がする。ペットとして扱われている方が本能に従って動けたので楽だった。


 友人というラベルが出来た途端、それはそれでやりづらさが増してしまい、苦しさを感じるようになった。


 そんな苦しみへのささやかな抵抗として、リリィの肩にそっと頭を置いてみる。このくらいなら友人でも違和感はないだろう。


「軽いのね」


「中身がスカスカなので……」


 リリィは声を上げて笑う。そんな風に笑うところは初めて見たかもしれない。


 上目遣いでリリィの顔を見るとまだ夜空を眺めていた。鼻先、唇、顎の三点が出ていて美しい横顔をしている。まだそこに辿り着けるような関係ではない。なぜか仲良くなるに連れて遠のいていく場所でやきもきする。


 永遠とは言わないから満足するまでこの姿勢でいたかった。だが、すぐにそんな願いは脆くも崩れる。


「あ! イチャイチャしている人を発見! ネリネちゃん! 逮捕しよう!」


「了解っす! リリィさん! 覚悟!」


 メリアとネリネの声だと認識した次の瞬間には私のお腹の辺りに誰かが巻き付いていた。驚いて逃げようとするとリリィの背中とぶつかり、そのまま前にも後ろにも動けなくなる。


「ふふぅ……リリーちゃん、お待たせぇ……」


 メリアが私の脇腹あたりに顔を擦りつけてくる。立ち昇ってくる香りからしてかなり酒を飲んだらしい。脇腹に埋められていた顔が徐々に上がってきた。胸を堪能すると更に上へあがり、目の前にメリアの顔がやってきた。


「リリーちゃん、今日も可愛いねぇ」


「リリィさん、今日も美しいっす!」


 背中合わせでリリィも同じ目に遭っている事を察する。リリィも後ろに逃げようとして、私と後頭部をぶつけうめき声を出している。


「ネリネ、貴女飲んで良い歳なの?」


「そんなの関係ないっす! 今はただ口づけを!」


「私も! リリーちゃん!」


 オリーブから感染したのか二匹のキス魔は徐々に力を強めてくる。さすがに身の危険を感じ始める。


「リフィ、合図をしたら力を抜きながら右に避けなさい」


「へ? み、右ですか?」


「右は右よ! 三……ニ……一……今よ!」


 メリアと押し合いしていた腕の力を抜きながら身体を右に避ける。メリアは勢い余って私の横を通ってリリィの方に向かって突っ込んでいった。


 直後に人の頭がぶつかったような鈍い音が鳴る。


「うぅ……痛いっす」


「ネリネちゃん、頭硬いよぉ……」


 恐る恐る後ろを向くと、ネリネとメリアが頭を押さえてうずくまっていた。リリィもネリネの攻撃を避けたようで二人の事を呆れた顔で見ている。


「な……中で水を取ってくるわ。リフィ、二人のことよろしくね」


 これ以上面倒な酔っぱらいと絡みたくないのか、私の返事も聞かずにリリィは私に処理を押し付けて店の中に逃げていった。


「気持ち悪いよぉ……」


 世話をする暇も無くメリアは地べたに這いつくばって吐き始めた。その様子を見ていたネリネも貰ってしまったようで横に並んで吐いている。


 二人の吐瀉物を見たくはないので一人で空を見上げる。二人の呻く声が後ろに流れていて最悪な星空になってしまった。


 少しすると水を持ってリリィが戻ってきたので、二人でメリアとネリネの介抱をし続ける食事会となったのであった。

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