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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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宴会

 一人で夜道を歩く。カツカツとヒールの音が辺りに響き渡る。


 宿舎に近づくに連れて人は少なくなるが、それと反比例して一軒の建物が大きくなり道幅も広くなっていく。


 王都と呼ばれる場所の二割の土地に八割の人が住み、八割の土地に二割の人が住む。前者が平民で後者が貴族。その領域を一日に何度も跨ぐので感覚がおかしくなりそうだ。


 こんなところを彷徨いて怪しまれない身分を後何日維持できるのだろう。そんな物悲しいカウントダウンをするように歩みを重ねると宿舎にはあっという間に到着した。


 日が落ちて久しいので食堂は閉まっているだろう。お腹が空いた。昼も子守でゆっくり食べられなかった。


 宿舎の門の辺りに人だかりが出来ている。何か問題でもあったのだろうか。駆け足で近づくと見慣れた人達が立っていた。


「やっと帰ってきたな。リリィが『まだかしら』ってしつこかったんだぞ」


 ランが笑いながらリリィを肘で突く。門の前にいたのはキッチリ七人。リリィチームの五人とメリアにダリアだ。


「こんなところで何してるんですか?」


「食堂が閉まってるからどこかにご飯を食べに行こうって話になってたのよ。市場にも戻れないし、どこにしたものか悩んでた訳」


「ですから、私の実家でよろしいではないですか。使用人もおりますので、準備にはさほど時間をいただきませんよ」


 オリーブの実家は遠慮したいという雰囲気が平民のメンバーからありありと出ている。私も積極的に行きたい訳ではないし、エルムの肖像画なんて飾られていた日には色々と思い出してしまってご飯が喉を通らないだろう。


 ただ、さっきの混乱ぶりもあるので、市場のようなあまり人が集まるところは行けない。それで夜遅くまで営業している店。ついでに料理も美味しい店。そんな条件をクリアする店に一つだけ心当たりがあった。


「あ……あのぉ……私の知ってる店で良ければ案内しますけど……」


「いいわね! そこにしましょう!」


「うんうん、走って行こうね!」


 ピオニーとメリアが食い気味に反応する。オリーブの実家に余程行きたくないのだろう。テーブルマナーとかが厳しそうだし、ご飯を食べるより会話に時間を割かれそうだ。


「では私の家はまたの機会にいたしましょう。順番に魔法をかけますので、私の近くに来てください」


「魔法ですか?」


「えぇ。私もお腹が空いているのです。走っていくのならバテない方が良いでしょう?」


 脚力を強化する魔法でもかけてくれるのだろう。一列に並ぶと順番にオリーブが魔法をかけてくれた。ネリネも魔法使いのはずなのに、なぜか私達と一緒に並んで魔法をかけてもらっている。気にはなるが同じチームの人が誰も突っ込まないので苦手な魔法なのだろう。


 オリーブが全員に魔法をかけ終わると私の先導で貧民街の方へ向かう。時間も時間なので少し危ない雰囲気もあるが、手練揃いなので大丈夫だろう。むしろリリィやネリネを倒せる人がいるなら見てみたいくらいだ。


 それに魔法でいくらでも走る事ができる。何メートル走っても体が疲れたと言ってこない。


 薄暗い路地を行くと徐々に暗闇の中にぽつんと存在している明るい建物が見えてきた。いつ見ても派手な装飾のローズの店だ。


 宿舎からずっと走ってきたとは思えないくらいの涼しい顔をした八人組が店に入る。中はこの時間まで飲んだくれている人でごった返していた。


 ぞろぞろと若い女が入ってきたからか一瞬だけ店が静まり返る。だがリリィの顔を見てすぐに勇者候補生だと勘付いたようで、質の悪いざわつきが広まり始めた。


「あらぁ……いらっしゃい。ほら、そこのテーブルは今、予約になったのよ。どいてどいて」


 ローズは私達を認識すると、少人数で占領されていた大きなテーブルを私達用に開けてくれた。


「お酒と食べ物、適当に持ってくるわね。好き嫌いはノンノンよ」


 私達の返事を聞く間もなくウィンクだけを残して厨房の方へ引っ込んでいった。


「あ……あの人は……男……?」


 ローズの威圧感に呆気にとられる一同を代表してピオニーが尋ねてくる。


「そうだけど中身は女寄りかな。踊りの先生なの」


「見かけによらず優しそうな人ね」


 本人のいないところなので皆好き放題だ。確かに筋肉質の身体に濃い眉毛と厚化粧はあまり相性が良いとは言えない。リリィは特に気にしないようで、「優しそう」と評している。


 テーブルに着くと酒と軽いつまみが運ばれてきた。


「か……可愛い! これもあの人が作ってるのかなあ? すっごくカラフルで可愛いね!」


 メリアがうっとりとしながら運ばれてきた料理を見ている。薄くスライスされた肉に添えられたソースは海に見立てているのか淡い青色をしている。


 いつもご馳走になる時は賄いのような飯だったので、商品としてローズが本気を出した料理は見たことがなかった。


「青色は食欲をそそるとは言い難いわね」


 リリィが少し顔を引き攣らせながら呟く。


「そうか? 口に入れちまえば何でも一緒だろ」


「ランさん、料理は五感で味わうものなのですよ」


「じゃあ耳元でクチャクチャしてやるよ。聴覚でしっかり味わってくれ」


 ランとオリーブの言い合いは、どこか冗談めかした雰囲気が漂う。オリーブもいつものように「平民だから」みたいな言い方をしない。


 ネリネとピオニーも笑いながら二人を囃し立てているし、何だか知らないうちにリリィチームの仲が深まっていた。


 無意識だったけれど、私の隣はダリアだし目の前はメリアなので、どちらのチームが先か分からないけれどチームで固まって座っている。リリィなんて机の端と端で一番遠い位置だ。


 なんだか無性に寂しさと嫉妬心のようなものが込み上げてくる。いつもならリリィの隣にいるのは私なのだ。


「リリーちゃん、何だか浮かない顔だね。何かあったの?」


「あ……ううん。なんか仲が良さそうだなって」


「私達も仲良しだよ! ね! ダリアさん!」


「あら、私も入れてくれるの?」


「もちろんだよ!」


 メリアとダリアも気づけば仲良くなっているし、なんだか置いてけぼりにされた感じがする。みんなが羨ましくなり、もう一度リリィの方へ目を向ける。見たことがないほど目を細くして笑っていた。


「彼女を取られたからって嫉妬しないの」


 ダリアが耳打ちしてくる。


「か……彼女なんていませんから!」


「目が恋する人のそれだったわよ」


 ダリアと話すとボロが出そうなので、口を塞ぐ口実としてビールを見つけた。良く冷えていて、これならいくらでも飲めそうだ。


「ビールばかり飲んでないでお話ししましょうよ」


 ダリアが乱暴に肩を組んでくる。早くも酔っているらしい。何度振り払っても絡みついてくるので観念して抵抗を止めると、ベタベタと全身を触りだした。


「前から思ってたのよね。リフィって良い身体してるなって。やっぱり踊りって身体に効くのかしら」


 ダリアは少しいやらしさの混ざった手付きで腹筋や脇腹を撫でてくる。興味のない人に触られるのでくすぐったさと嫌悪感が半々だ。


 だけど、お酒が入っているのでこういうスキンシップも楽しく感じる。笑いながら手を払い除けようとするが、ダリアは巧みに躱してくるのでそれがまた楽しくて笑える。


 不本意ながらもダリアとイチャイチャしていると、遠くの方から強い視線を感じた。リリィが私達を見ている。


 凝視すると周りにバレるからか、お酒を飲む時だけチラチラとこちらを見てはいるが、私からは丸わかりだ。


 目があった拍子にウィンクを返すと不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。何がそんなに不満なのか分からないけど、少し機嫌が悪そうだ。


 首を傾げているとローズがドシドシと奥からやってくる。


「リフィ、ステージがあるわよ。踊って」


「え? 私ですか?」


「そうよ。アンタ以外に誰がいるのよ」


 店の中はぎゅうぎゅう詰めという程ではないがテーブルは埋まるくらいの人がいる。観客としては申し分ない。だけど、ここにいる人たちはローズの踊りを楽しみにしているのではないだろうか。そんな心中を察したのか、ローズは鼻で笑って続ける。


「一次審査が余裕って言うなら別にいいけどね。任せるわ」


 もちろん藁にも縋る思いだ。少しでも顔を売る機会があるならやりたい。


「や……やります! 誰か楽器を出来る人はいるんですか?」


「そんなの現地調達よ。ねぇ! お嬢さん達の中でフィドルが出来る子はいる?」


 ローズは私のテーブルに向かって尋ねる。誰も手を挙げないが、オリーブがニヤリと笑ってリリィをけしかけている。リリィは恥ずかしいのか嫌がっている雰囲気だ。


「そこの髪の綺麗なお嬢ちゃん、フィドル出来るの?」


「一応……ヴァイオリンは小さい頃から……」


 リリィは見つかりたくなかったようで、顔を逸らしながら答える。


「あら。育ちの良いお嬢様なのね。そんな綺麗な演奏は必要ないわ」


 ローズは棚からフィドルを棚から取り出してリリィに渡す。リリィは渋々受け取り音色を確認すると顔をしかめた。さすがにこんな場末の酒場に名器が埋もれている訳がない。


「ま、そんな良い代物じゃないわよ。ほら、二人で行った行った!」


 リリィは不本意そうだがローズに背中を押され一緒にステージに上がってくれた。ステージといってもほんの少し高いだけの場所だ。


「リフィ……どういう曲を弾けば良いの? 譜面も無いじゃない」


 リリィらしからぬ不安そうな態度を見せる。


「大丈夫ですよ。鼻歌で教えますね。合図したらテンポを徐々に上げてください。それだけです」


「それだけって……まぁいいわ。やりましょうか」


 私が良く踊る曲を鼻歌で教えるとリリィはすぐにフレーズをマスターした。


「じゃ、始めましょうか」


 いつもは不安そうな私を自信満々なリリィが導いてくれる。自分の分野とはいえ、初めてその立場が逆転したことに嬉しさと不安を抱きつつ踊りを始めた。

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