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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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孤児院

 子供のお世話はまだまだ終わらない。昼ご飯を食べ終わると今度は遊びたくなってきたようだ。


「お姉ちゃん、ドンの所に遊びに行きたいなぁ」


「ド……ドン?」


「知らないの? 顔は怖いけど優しい人なんだよ」


 詳しくは知らないけれどアンディと顔を合わせたくないので、気乗りしない。


 ダリアの方を見ると溜息をついて長女に向かって話し始めた。


「ドンは怖い人なのよ。顔だけじゃなくて、人を傷つけたりするの。行かない方が良いわ」


「そんな事ないもん! いつもお菓子をくれるし、友達だって暮らしてるもん!」


「普段から遊びに行ってるの?」


 ダリアは心配そうな顔つきで長女に尋ねる。


「うん! 大丈夫だよ! 行こうよ!」


 椅子から降りて私の腕を引っ張ってくる。ダリアよりは与しやすいと判断されたらしい。ドンについてはほとんど知らない。ダリアは知っているのだろうか。


「あ……あの、ドンってどんな人なんですか?」


 ダリアは子供の前なので躊躇っていたようだが、私が連れていきかねないと思ったのか眉間を一度抑えると説明を始めた。


「ドン・サバラガムワ。早い話が悪の親玉よ。ギャンブルと借金が入り口になっていて、殺し、人身売買まで何でもありって噂よ。ただ、孤児院を経営しているから、悪い事ばかりしている訳じゃないのかもね」


 何にしてもこの子達と積極的に仲良くさせるべきではないのだろう。親の判断ならまだしも、私達が安易に連れて行かない方が良さそうだ。


「行くのはまた今度にしま……あれ!? いない!?」


 私の腕を引っ張っていたのは幼い長女からニヤニヤ顔のおじさんに代わっていた。苦笑いで会釈をする。


「あ……あのぉ……ここにいた女の子、知りませんか?」


「あっちに行ったよ。それよりも、今から……」


「忙しいですし握手以上の触れ合いは禁止されているんです。すみませんが、失礼します」


 また変な誘いのようだったので話を打ち切って皆でおじさんが指さした方へ向かう。行先は決まり切っている。


「ドンの孤児院よね。誰か分かる?」


 ダリアが手を挙げたので、彼女の先導で孤児院に向かう。


 市場を出て狭い路地を歩くとすぐに大きな塀に囲まれた建物が目の前に現れた。貴族の住む古城のように古ぼけているが、中からは幼い子供達がはしゃいでいる声が聞こえる。


 鉄格子の門は誰でもウェルカムと言いたげに開いていた。門をくぐり塀越しに聞いていた子供達を目の当たりにする。人と建物が密集している王都とは思えない程に広い庭で何十人もの子供達が走り回っていた。


 皆、屈託のない笑顔で遊んでいる。その輪の中に長女もいた。


 ドンの話を聞いたうえで孤児院を経営していると言われると、もっと手狭な所に閉じ込められ、穴だらけの服で奴隷同然の扱いを受けているものだとばかり思い込んでいた。


 だが、ここは楽園と言っても相違ないだろう。いくら衣食住が与えられ身の安全が保証されていると言っても、それだけではあの笑顔は見られないはずだ。ここには「愛」があると直感した。


「皆、楽しそうだねぇ」


 さっきまで緊張した面持ちだったメリアもニコニコと笑っている。


「あまり外面に騙されない方が良いわよ。ほら、連れてきて」


 ダリアに背中を押されたので、長女を迎えに行く。


「ほら、帰るわよ」


 長女の手を引くと当然のように振り払われる。


「嫌だ! お姉ちゃんも遊ぼうよぉ。そうだ! お姉ちゃん、踊りが得意なんだよね? 見てみたいなぁ」


 私の踊りを求めてくるのは大体は下卑た目的だ。こんな風に屈託のない笑顔で求められるとつい応えたくなってしまう。


「お……踊ったら帰るのよね?」


「うん! ねぇ、皆! お姉ちゃんが踊りを見せてくれるって!」


 皆でお手手を繋いで踊るのかと思っていたら私だけが踊るらしい。


 さすがにトゥワークをここで披露すると色々とまずそうなので、適当な平民舞踊を披露する事にした。


 私を囲むように子供達が立っている。適当に囃し立てさせて気分を盛り上げると、身体が勝手に踊りだした。なんだかんだで人前で踊る機会に飢えていたので、腕や足をくねらせる度に心まで踊っているようだ。


 やがて子供達も私の隣にやってきて見よう見まねで踊りだした。さすがにメリアやダリアは照れがあるのか入ってこなかったけれど、皆で楽しめたので長女も満足したようだ。


 長女を連れて門のところで皆から見送りされる。


「踊り子のお姉ちゃん! また踊ろうね!」


「えぇ。皆、練習しておいてね」


「この人、ドンより厳しいぞー」


 会った事はないが、子供には優しくしているのだろう。ちょっと宿題を課しただけでこの言われようだ。リリィがここに来たら皆はさぞかし怯えるのだろう。




 孤児院の皆に見送られ、三人を無事に家まで送り届けた。踊ったりしていたのですっかり日が傾いていて、今日はあまりポイントを稼げていない気がする。


 隣でブツブツと文句を言っているダリアを宥めるため、依頼主の家を出て市場に向かった。とりあえず美味しい飯を食わせておけばいいだろうというメリアの安易なアイディアだ。


 昼に比べると人出が減っている想定だったのだが、市場の入り口は昼間と同じかそれ以上の人だった。


「やっぱ生のネリネちゃんは可愛かったなぁ」


「あのチームなら箱で推せるな。可愛い系から美人まで完璧な構成だよ。あぁ……今年も男女混合だったらワンチャンあったのかもなぁ」


 市場を後にする二人組の男の話が耳に入る。どうも、リリィのチームも市場をフラフラとしているみたいだ。納得の人出だし、これはチャンスだと思った。私もここで目立てば票を獲得できるかもしれない。


 昨日のリリィの言葉を思い出す。なりふりかまっていられないし、やる事はやってみようと思える。


「ダリアさん、メリア。負けてられないわよ。行きましょ!」


「行くのはいいけど、どうしようね。私達なんて誰も見向きもしてくれないよ」


 メリアの懸念はもっともだ。だけど孤児院で踊ってテンションの上がった私はかつてないほどに頭が冴えわたっている。


「とにかく人をかき分けて、中心にいるリリィ達に抱き着きましょう。目立ったもん勝ちよ」


「バカっぽいけど、バカにならないといけないみたいね。行きましょうか」


 渾身のアイディアをバカ呼ばわりされたけれど、ダリアも乗ってくれた。


 三人で協力して壁のような人ごみをかき分けて、群衆が向いている方向に向かって進んでいく。徐々にリリィが人の整理をしている声が大きくなってきた。方向は間違っていないらしい。


 長い洞窟を抜ける様に人ごみから解放された。人肌で温められてムシムシとしていた空気が急に冷たくなる。やっとこの人だかりの中心に辿り着いたようだ。


 目の前にいるのが誰なのか認識する間もなく抱き着く。更に後ろからメリアとダリアもやってきたので、私と誰かの二人では耐え切れず倒れ込む。


「うぅ……痛いっすよぉ。順番は守ってほしいっす!」


 私が抱き着いたのはネリネだったらしい。不審者と勘違いしたピオニーやオリーブが私達を取り押さえにやってきた。


「お、お姉ちゃん!? 何してんの!」


「あはは……遊びに来ちゃった」


「皆! 特別ゲストだぞ! 踊り子に聖女様だ!」


 盛り上げ上手なランが私達を観客に向けて紹介してくれる。程ほどの反応ではあるが、受け入れては貰えたようだ。なりふり構わずやってみるものだと思う。


 ひとしきり、その場で握手をしたり踊ったりしていると、さすがに混乱が大きくなったのか衛兵が仲裁に入ってきた。


「馬車が通れない位に道をふさいでいるので、そろそろ……解散を……」


 どうもはしゃぎすぎてしまったらしい。衛兵もリリィがいるからあまり強く言えないようだ。


「皆様! 今日はこれにて終了です! また明日、お会いできるのを楽しみにしております!」


 リリィは良く通る声で周りに向かって叫ぶ。だが、盛り上がった群衆は私達の言う事なんて聞く耳を持たずに暴走を始めた。さっきまでは適切に保たれていた距離が徐々に縮まり、私達を押しつぶそうとしている。


「わ……私が踊って気を引くので逃げてください」


 にじり寄ってくる集団を前にすると、一人になると何をされるのか分からず恐怖も感じるが、一番人気のない私が最後まで残った方が撤収は楽だろう。幸い薄暗くなっているので、闇に紛れて腰を低くすればバレずに逃げられそうだ。


「リフィ、悪いわね。頼んだわ」


 リリィが背後から礼を述べてくる。


「宿舎の前で待ってるからな」


 ランは私の背中を叩くと、一目散に逃げて行った。いつもの事だけど逃げ足が速い。


「皆! まだ踊り足りないでしょ! ほら、踊って踊って!」


 不人気ではあるけれど、盛り上がっている人達の前では順位は関係ないらしい。私が煽れば煽るほど皆も盛り上がる。腕を伸ばして上下に振る振り付けで皆を踊らせる。


 狙い通り、勇者候補生が私一人になっても誰も違和感を持たない。全員が逃げおおせたところで、私も踊りを切り上げる。


「はい。終わりです! また会いましょうね!」


「あれ? リリィさんがいなくなってるぞ!」


「ネリネちゃんもピオニーちゃんもいないぞ! なんだよ、踊り子しか残ってねえじゃねえか! 帰るかぁ……」


 口々に私しかいない事に愚痴をこぼしながら包囲が解かれていく。こうなる事を期待していたのだけれど、いざ要らない子扱いされると心に来るものがある。


 群衆からの酷い扱いに耐えきると、私の周囲からは誰もいなくなり、市場の付近は夜相応の静けさを取り戻していた。


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