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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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手札

 リリィはオリーブの方から私の方へ移動してきて、オリーブを慰めていた時のように私を後ろから抱きしめてくる。リリィの雰囲気がお楽しみの時に似ているので胸が高鳴ってしまうが今はその時ではない。


「オリーブ。今日、貴女は私が見て欲しくなかったものを見てしまったわね」


 見られてしまった私とリリィの二人の時間。リリィが鍵を閉め忘れたのが失態だったが、きちんと自分で尻ぬぐいまでやってくれるようだ。私は下手に口を挟まない方が良いだろう。リリィはこのタイミングでオリーブへ秘密にしていた手札を切ったのだから。


「お二人は……その……そういうご関係なのですか?」


 リリィは少し間があって答える。何と答えるのか迷っていたのだろう。


「質問が曖昧ね。見たままの関係よ」


 リリィも明言は避け曖昧な回答をする。オリーブ向けの回答というよりは、私に過分な期待を持たせないための言葉選びにも感じた。


「私がお二人の事を口外したところで大した影響はないでしょう。投票数が落ちるとでも?」


「万が一の保険よ。私は一つの塵も付けずに勇者になるの」


 私との関係はリリィにとって「塵」だという事だ。吹けば飛ぶ、簡単に捨て去れる汚れ。これまでの口ぶりからもそんな事は分かってはいたが、いざ口に出されると心に突き刺さるものがある。


「分かりました。まぁ……頭の固い老人層はそういう話に眉をひそめる人がいるやもしれませんね。私は口外しない事を誓います。リリィさんは何を出してくださるのですか?」


 オリーブは意外と強気に出てきた。リリィが握っている情報は恐らくオリーブが平民の加害者に復讐をしている件に関連する何かだ。私達の関係よりもよっぽど、表に出た時の投票への影響は大きい。


 お互いに口外しないという約束だけでもこちらの方が少し損をするくらいなのに、オリーブは追加の何かを求めてきている。


「オリーブ。欲しがりすぎは良くないわ。そうよね、リフィ?」


 急に私の方に話が振られたので驚いて何度も頷く。リリィは私の様子をあざ笑うように鼻で息をするとまたオリーブの方を向く。


「私は色々と調べていたから知っているのだけどリフィは何も知らない。彼女にも貴女の復讐について教えて差し上げて」


「リフィさんに教えて何のメリットがあるのですか?」


「私がそうしたいの」


 私もリリィの意図が分からない。リリィは適当に誤魔化しているけれど、私にどんな働きを期待しているのだろうか。


 オリーブはそもそもの交渉材料として自分の方が不利な事を理解した上で吹っかけて来ていたようで、観念したように口を開く。


「エルムを虐めていた人は四名。いずれも男。私はその内三名に復讐として指を切り取り治癒師にもかからせず、毎晩指の無い手を使ってエルムに祈りを捧げる様に命じています。彼らも昔の事は隠して生きているので今更表に出て私に復讐をされていると申し出られないようです。憐れですわね」


 最初は嫌々だったが話していくうちに嬉々とした表情に変わる。


「最初の一人に手を下した後、他の三人はビクビクしていましたが、次第に気を抜いている瞬間が増えてきました。その機に次、次と三人に復讐を果たしました。ただモタモタしている間に、最後の一人は親となってしまっていました。彼の過去に罪はあれど、生まれた子に罪はありません。それで私は進むも戻るも出来ない、八方塞に陥ってしまっているのです」


 指の無い手では碌な仕事が出来ない。子供にも影響が出かねない事を懸念しているのだろう。ここまで来て子供が、とか言って善人ぶらなくても良い気がした。


 リリィは満足したように頷いてオリーブの言葉を引き継ぐ。


「リフィ、今日会ったアンディが最後の一人なのよ。私も思わず笑ってしまったわ。こんな偶然があるのね」


「ア……アンディ、ですか?」


 意外な人物が出てきた。全く関知はしていないだろうけど確かに親ではある。


「そうよ。じゃ、話は終いね。オリーブ、また明日」


「え……えぇ。おやすみなさい」


 リリィは話を打ち切ってオリーブを部屋から追い出す。オリーブも中途半端なところで終わったので困惑の表情を浮かべながら部屋から出て行った。


 しっかりと鍵を閉めたか確認をしてリリィは私の方へ戻ってきた。リリィの狙いが全く分からずしかめっ面になってしまう。


 状況を整理すると、オリーブの弟を昔虐めていて間接的ではあれ殺した人が、ダリアの元カレのアンディ。オリーブはアンディに復讐をしたいが、子供がいるため躊躇している。


 頭がこんがらがってくる。というか私は関係ないのだから好きにしてほしい。別にダリアにもその娘にも気を遣わずに復讐をやり切ってくれればそれで良い。


「リフィ、これは試験よ」


 リリィが私の向かいに座ってオリーブが飲み残したお茶をすする。


「試験?」


「えぇ。この話、貴女はどう思うのかしら?」


「別にどうも……好きにしてもらえれば良いです」


「落第ね」


「どういうことですか?」


「貴女には自分の意志がない。何でもそう。ただ河川を漂う藻のように流されて、行きついた先が自分の場所だと思い込んでる」


「それが……悪いんですか? 私が何か言ったところで、何かしたところで何も変わらないですし、変える必要もないですよ」


 精々、オリーブが私に絡んでくるのが鬱陶しいので復讐はやり遂げてくれた方がありがたい。アンディの子供はダリアが面倒を見ている。アンディはいなくても問題ないだろう。だからと言って私がけしかけてまで事を動かそうとは思わない。


「私の隣に居たいのよね? 私は意思の無い人形を傍に置くつもりはないわ。この件、自分事として考えてみて頂戴。行動にしなくても良いから。明日の夜、考えを聞かせて」


「それって……教育って事ですか?」


「そういう表現もあるわね。この話はどう転んでも私も貴女も痛くも痒くもないでしょ? これから痛みを伴う選択をすることもあるの。私と共に在りたいなら自分で考えて選ぶ癖をつけておいて」


「は……はい!」


 リリィは私の事を受け入れる前提であれこれ準備をしているようにも思えてくる。それは嬉しいけれど、妙に面倒な宿題を貰ってしまった。リリィの意識の高さに辟易としてしまう。


 私が何かをしたところで、なるようにしかならない。これまでもこれからもそうだ。出来る事をしてオーディションに残れれば御の字、落ちて当然なのだから。


 だけどリリィが求めているのは、この状況でも自分の力でオーディションを勝ち上がろうと努力する人なのだろう。言い方を悪くすれば手段を選ばずに謀略を巡らせてでも勝ち残ろうとするような気概を見られている。


 色々と考える事が増えて頭が爆発しそうだ。そもそも楽しい事と気持ち良い事しか興味のない人間なので、真面目な話ほど疲れるものはない。


 リリィが私の顔を見て吹き出したので、一旦思考が止まる。


「なんて顔をしているのよ」


「そんな酷かったですか?」


「酷いなんてもんじゃないわよ。大体、貴女はオリーブにもダリアにも酷い事をされたじゃない。何なら二人が共倒れになるくらいの悪巧みを嬉々として考えても良いと思うわよ」


「い……いやぁ。そこまで性格が悪くないので……」


 そんな事まで頭が回らなかったというのが本当のところだ。思いつきもしなかった。


「性格のせいにして考える事を放棄してはダメよ。まぁ、確かにリフィらしいと言えばらしいわね」


「そ……そうですよね! 何も考えていないのが私らしいですよね!」


 この路線でごり押せばリリィも宿題を無しにしてくれないだろうか。一縷の望みをかけて満面の笑みをリリィに振りまく。


「ま、その貴女らしさと私の出した宿題は両立出来るわ。頑張ってね」


 リリィは言いたい事を言うと一人でベッドに横になってしまった。知恵熱が出そうな程頭を使っていたので、今からさっきの続きをしようと誘う気にもならなかった。



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