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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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平民舞踊

 私が演舞場に進み出ると会場がざわつき始めた。


 踊り子の衣装ということは、つまるところ、水商売の女の格好と相違ない。そんな格好をした女が勇者候補生なのだから観客の反応も様々だろう。


 ユニークさを面白がる人、不愉快そうに親指を下に向けて来る人、服装を見て素直に興奮している人等がいる。観客の声量だけはメリアよりも大きそうだ。


 演舞場の中央に立ち、呼吸を整える。


 披露する踊りは平民舞踊ポルカ。平民が酒場で輪になって踊っているものだ。踊りの種類は数多く有れど、平民はこれしか知らない。


 貴族御用達の貴族舞踊ワルツなんて披露しても観客の顰蹙を買うだけだろうし、それ以外のここにいる誰もが知らない踊りを披露しても盛り上がりに欠けそうだ。


 私には戦闘能力は無い。だから、国民の大多数を占める平民に媚びて媚びて媚びまくるしかないのだ。


 平民舞踊に特別な効果はない。だから、ただ踊るだけ。


 本来なら酒場には平民舞踊に必要な楽器が置いてあるので、大体マスターが演奏をしてくれる。だが、この会場にはそんなものは無いだろう。そもそも魔法や武術の披露をする場なのだから。


 大火傷をする事も覚悟して、頭の中で音楽を鳴らしつつ、無音で平民舞踊を踊り始める。


 歌詞なんてものは無いが、一部のお調子者が適当に囃し立ててくれる。申し訳程度の手拍子もあちこちから起こり始めた。


 それだけでも私の身体はリズムに乗ってくる。足はより軽やかに、手はしなやかに動き続ける。衆人の注目が私に集まっている。その事実を認識するだけで胸が高鳴る。踊り子たるもの、人に見られてこそ本望なのだ。


 興奮のあまり幻聴が聞こえてきた。私の踊りを引き立てるピアノの伴奏だ。だが、くるりとその場で一回転した時に舞台を見るとそれは幻聴では無かったことに気づく。


 ヒースが舞台袖に避けられていたピアノを弾いていたのだ。平民舞踊として有名な曲だ。ピアノの音によって観客の興奮は更に高まっていく。


 平民舞踊も終盤に差し掛かってきたところで、いきなりヒースが曲の調子を変え始めた。


 収穫を祝う年に一度のお祭りのような雰囲気からガラッと変わり、さながら毒蜘蛛に噛まれ、のた打ち回る人のように激しく情熱的な曲調だ。


 懐かしい曲だと思った。これは『タランテラ』。お婆ちゃんに踊りの稽古を付けてもらうときに良く練習曲となっていた。お婆ちゃんの演奏よりもより激しく、情熱的だ。弾き手によってここまで色が変わるものかと驚かされる。


 ピアノの伴奏とステップを合わせ、ラストスパートをかける。観客は見えなくなった。ここには私しかいない。私が自由に舞い踊るためだけの空間。


 身体を反らし、最後の音の反響が収まるまでそのポーズで止まる。


 音がなくなり、ざわつきが徐々に大きくなり始めた。踊っている最中こそ盛り上がりはしたものの、所詮私は踊り子なのだ。誰も拍手を送ってはくれない。


 だが、そのざわつきに負けない音量の拍手が舞台の方から聞こえた。驚いて舞台を振り向くと、一位の席に座っているリリィ・ルフナが何度も自分の手の平を叩き合わせていた。


 他の勇者候補生は怪訝な目でリリィ・ルフナを見ている。これは平民の踊り。つまり、貴族階級の子女や、これから貴族階級を夢見る平民出の魔法使いにとっては忌むべきもの。


 だから、全員が全員、見下すような目で私を見ている。メリアだけは小さく手を振ってくれているが、周りの目があるので拍手はしづらいようだ。


 だが、リリィ・ルフナ一人の拍手はメリアに伝染し、更に司会のヒース、係員と徐々に大きくなっていく。


 会場が満場一致の拍手ではなかったが、それなりの大きさの拍手とそれと同程度の蔑む言葉、ブーイングを背中に演舞場を去ることが出来た。拍手を貰えただけで想像以上だった。ヒースとリリィ・ルフナに感謝しなければならない。




 着替えを済ませて舞台に戻ると、ヒースが最後の挨拶をして締めるところだった。全員で一礼をしてお披露目会は終了した。


 だがすぐに勇者候補生が集められ、ある一室に案内された。五十人どころか何百人も収容できそうな広い部屋だ。高い天井にはシャンデリアや細々とした絵が描かれているのでずっと上を見ていられる。


 首が痛くなりそうなので目線を下げて部屋の中を見渡す。等間隔に配置された丸テーブルには、精緻な細工が施されたテーブルクロスがかけられており、これまた精巧な作りの燭台が灯りを与えてくれる。


 室内には、候補生やスタッフの他にも、今日の出来事を国民に伝えるためにネタを求める新聞記者がいる。五十一人もいるのだから目立ってなんぼな世界だが、あまり世間の反感を買うような言動はしない方が良いだろう。


 一角には食べ物や飲み物を用意しているシェフがいる。ここで親睦会という名目の立食パーティでもやるのだろうと気づいた。


 この部屋に入ってからの反応で勇者候補生は大きく二つのグループに分かれた。


 一つは生まれながらの貴族階級の人。こういった場に慣れており、まるで日常の一部のように振舞っている人達だ。もう一つは平民の出の人。部屋に入るなりキョロキョロと辺りを見渡していた人はこっちだ。私も当然のように部屋をぐるりと見渡した。


 こんな機会でもなければ交わらない二つのグループ。こんな機会であっても、きっかけがないため交わろうとせずに大きな溝が出来ている。自然と部屋の右半分は貴族、左半分は平民が使うように分かれていった。


 悲しい事に、平民の中でもランク付けが始まった。私は当然のように最下層だ。


「あら。レジェンド枠のお出ましね。皆さん、道を空けてください。広めに空けて距離を取らないと踊りでムラムラさせられてしまうわよ」


 いかにもプライドが高そうな人が周囲に向かって私への嫌味を放つ。見た目の美醜と中身は関係ないようだ。


 同調する人もその程度のものだと割り切り、クスクスと私を見て笑っている人を無視して食べ物を取りに向かう。


「あ! リリーちゃん! こっちだよ!」


 メリアが食べ物をたんまり盛りつけた皿を片手に私を呼んでくる。隣にはメリアに顔が似ている人が立っていた。


「リリーちゃん、紹介するね。私の妹のピオニーだよ。ピオニー、この人はさっきお友達になったリリーちゃんね」


 どうやらメリアの妹らしい。二人を見分けるなら体系か髪型くらいしか手掛かりにならないだろう。そばかすの位置や数まで同じではないかというくらいに顔が似ている。


 胸が大きく赤毛の髪が首元で切りそろえられているのがメリア。胸も背も小さく髪をツインテールにしているのがピオニーだ。


「ピオニーさん、よろしくお願いしますね」


「はぁ……お姉ちゃん。こんな人と仲良くしても仕方ないでしょ。五十一位のレジェンドさんなんてすぐに脱落するに決まってるんだから」


 ピオニーは敵意、というよりは呆れた顔で私とメリアを交互に見るとそう言い放った。どうやら小さいのは背と胸だけでなく器もだったらしい。

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