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救出

 体が揺れている。揺れだけではなく、痛みもある。どうやら生きていたらしい。しかも誰かが私を見つけてくれたようだ。


 腫れていない方の目をゆっくり開く。目ヤニなのか血液なのか分からないけれど何かで視界がぼやけている。


 どうやら誰か女の子が私を抱えてくれているようだ。振動が激しい。走っているらしい。傷に響くので優しく運んで欲しい。


「あ……う……」


 頑張って要望を伝えたかったけれど、声というよりは音に近いものしか発する事が出来なかった。


「目が覚めましたの!? もう少しでメリアさんの所ですから、それまで気を確かにしてくださいね!」


 聞き覚えがある声だ。意識がハッキリしてくるにつれて視界も鮮明になり、顔を見て個体認識が出来た。オリーブだ。普段は私、というか平民全般を見下しているくせに、虐められている人は助けてくれるらしい。施しだとでも思っているのだろうか。


 やがて、ドアの開く音がしてふかふかのベッドに横たえられた。


「メリアさん! 急ぎ治療を!」


「ふぇ!? リリーちゃん!? どうしたの!?」


「話は後です! 早く治療を!」


「あ……分かりました……」


 メリアは乗り気ではなかったみたいだが、口論はオリーブが押し切る形になったようだ。前にも見たことがある暖かみのある光が見える。誰かが私の手を握ってきた。メリアだろうと思って握り返して目を開けるとオリーブが私の手を握っていた。


 驚くも声を出すことも出来ない。痛みが消えていくのに従って、身体が徐々に火照ってくる。何かがおかしい。特に痛みの強かった胸と腕の辺りが気持ち良い。性感帯になったのではないかと勘違いするほど強い快感だ。


 今度は快感のせいで声を我慢する事が出来ない。これまでで一番かもしれない。リリィとの絡みなんて比較にならないほどだ。


 身体が勝手にアーチ状に反りあがる。胸と腕から始まった快感は全身に広がっていく。どんな痛みでも気を失わなかったのに、快感には耐えられないように出来ているらしい。絶叫しながら視界が真っ暗になった。





 目が覚めて体を起こす。メリアとオリーブがいたので移動はしていないみたいだ。


「あ……痛くない……」


 目も普通に開くし、腕も胸も痛くない。少し頭がボーっとするけれど、それくらいだ。まるであの残虐な時間が無かったように体が元に戻っている。


「メリアさん。ありがとうございます。この御恩は必ずお返しします」


「リリーちゃんは私にとっても親友ですから気にしないでください。それにしても、何でこんな事になったの?」


 メリアが私に質問を投げかけてくると、オリーブも私を見てくる。いつもの意地悪な目ではない。幼い兄弟を見つめる姉のような優しい目だ。


 だけど本当の事は言えない。メリアに恩を着せる様になるし、オリーブに知らせたら話が広まって更なる報復があるかもしれないからだ。


「あ……お酒を飲みすぎて階段で転げて、その後窓から落っこちたんです」


「嘘は止めなさい。顔の傷は窓から落ちた人のそれではありませんでした。誰かに殴られたのではなくて?」


「か、階段から転げ落ちたんです! その後に窓から落ちたんです!」


 オリーブは更に私を詰問しようとしたようだが、溜息を一つついて諦めたようだ。


「頑なですのね。拷問してでも吐かせたいところですが、私は所用がありますので少し失礼します。メリアさん、誰か来ても絶対に鍵を開けないでください。私が帰ってきた時の合図はこれです」


 オリーブは少し独特なリズムで壁を叩く。メリアが同じリズムで机を叩いたのを確認するとオリーブは部屋から出て行った。


 二人っきりになった途端、メリアが私の手を取って話しかけてくる。


「リリーちゃん、本当はオリーブさんにやられたの? 本当の事を話して?」


「違うわよ! 本当に! オリーブは生垣に落ちた私を助けてくれたの……多分」


 寝ていたので生垣から救い上げてくれたのがオリーブだという確証はないけれど、廊下を走っているときの必死な形相を思い出すとそうだと思えてくる。


 私が犯人の名前を言わない強い理由があるのだと察したのかメリアはそれ以上聞いてこなかった。


「あの……さっきのは治癒?」


「そうだよ。気持ち良かった?」


「え……えぇ。治癒ってそういうものなの? 怪我をすることが少ないから治癒師のお世話になることがなくて」


「私だけだよ。普通の人だと治せないような傷も私は治せちゃうの。しかもすごく短時間でね。だけど、一気に傷が塞がるせいでその時に気持ち良くなっちゃうみたい」


 それなりに深かったであろう私の傷もすぐに治った。これで明日、ダリアが私を見たら唖然とするだろう。


 それにしても、治癒に快感を伴うなんて聞いたことがない。メリアの特異体質なのかもしれない。


「でも、すごいわね。一石二鳥じゃない。傷が治る上に気持ち良くなれるんでしょ?」


「そんな良いものじゃないよ。病みつきになると、死んじゃうから」


 メリアの顔に影が落ちる。


「死ぬ? 気持ち良すぎて?」


「うーん……あのね、傷が深くて致命傷に近いほど治す時の快感は強くなるの。だから、死にかけの人は本当に強い快感で……その……忘れられなくなっちゃう、っていうのかな。傷を治したそばからまた自傷するようになっちゃう人もいたんだ」


「それは……惨いわね」


「そうなの。目の前でね、何回も自分の身体にナイフを突き立ててるの。すぐに治そうとしたら止めてくるんだ。『もっと深い傷じゃないと気持ち良くない』って。もうそこまで行くと壊れちゃってるよね」


「それでどうしたの?」


「見ていられなくなって、心臓に突き立てたら気持ちいいですよって誘導したの。心臓にナイフが刺さったまま治すフリをしたんだ。私は治癒をしていないのに、すっごく気持ちよさそうな顔で死んでいったよ」


 メリアの口元が若干笑っている。不謹慎な話をしているので笑ってはいけない、という自制心が必死に笑いを抑えているようにも見えて不気味だ。


「わ……私は大丈夫よ。痛い事は嫌いなの。そんな思いをしてまで気持ち良くはなりたくないから」


「そっか! 安心したよ!」


 いつもの柔和な笑みに戻る。一瞬だけ垣間見えたメリアの闇はあまり触れない方が良いのだろう。


 二人して押し黙っているとオリーブが戻ってきた。オリーブの後ろにはリリィがピッタリとつけている。少しシュンとしたような、不貞腐れたような顔をしているので何か言われたのだろう。


「リフィさん。この度のリリィさんの失態、私からもお詫び致しますわ。自ら言い出した事をほっぽり出して人に押し付けるなんて、貴族としてあるまじき行為でした」


 オリーブが恭しく頭を下げてくる。


「いやいや! 私が勝手について行っただけですから。怪我も元通りですし」


 肌を露出している腕や脚を見せて無事であることをアピールするが、オリーブは首を横に振る。


「それでもです。私達が屋敷に押し入る事を決めた時点でメリアさんとリフィさんは庇護されるべきなのですから。これはリリィさんの怠慢です」


 オリーブはかなり厳しく責任を問うている。私やメリアではなくリリィに対して。あくまで事を大きくした自分達の責任だと言いたいのだろう。


 普段はやたらと平民を見下してくる癖にこういう所はしっかりとしているので印象が変わる。踊っている時に足を引っ掛けられた事なんて些細な事に思えてくる程だ。


「リリィさん。リフィさんの事、頼みましたよ。これまで以上にしっかりと守ってください」


 リリィは無言で頷く。弁解なんて出来るはずがない。そんな事をすれば、私がリリィに思いを告げたから部屋を追い出した事を暴露しなければならないのだから。


「リフィさん。申し訳なかったわ。ランさんの部屋へ荷物を取りに行きましょう」


 感情がない人形のような無表情で私を部屋から連れ出す。廊下を歩いてランの部屋に行き、また廊下を歩いてリリィの部屋に戻るまで、ずっと無言だった。


 リリィが動いたのは自分の部屋に戻った瞬間。私を抱きしめて、耳元で囁く。


「ごめんなさい……リフィ……本当にごめんなさい……」


 リリィもオリーブも他人事なのに責任を感じすぎている。平民なんて石ころとしか思っていないという私の貴族に対する偏見を変えてしまいそうな態度だ。二人の志が立派なだけかもしれないけれど。


「大丈夫ですよ。見ての通り、ピンピンしてますから。肌なんて殴られる前より綺麗になっちゃいましたし」


 涙声で呟くリリィの背中を優しく撫でていると、そういえば昨日、私はこの場所でリリィに拒絶されたのだったという事を思い出してしまった。


 だけど、そんな事をかき消すようにリリィは思いっきり私の唇に自分の唇を押し当ててきたのだった。

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