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報復

 同じチームとなったものの、貴族の三人と平民の私とメリアとダリアの間にある壁は高かった。明日の予定だけを確認する最低限の会話を済ませると、宿舎の食堂でも同じテーブルに座ることは無かった。


 何となくチーム結成初日はチーム全員で固まって夕飯を食べているところが多かったので、早くも連帯感の無さが浮き彫りになった形だ。


 ダリアは話すとサバサバしていて頼もしいタイプだった。平民ながらも魔法使いとして身を立てる事を目標に参加しているらしい。私なんかに比べたらよっぽど立派な目的だと思った。


 今日はどの部屋に戻ればよいのだろうかと悩みながら三人で廊下を歩く。リリィの部屋には行きづらいし、今日もランの部屋に厄介になるべきだろうか。


「あ! 食堂にお財布忘れちゃった! 先に戻ってて!」


 私の思考に割り込むようにメリアが声を上げる。気づくと食堂と宿泊部屋の真ん中くらいまで歩いてきていた。地味に食堂まで戻るのが面倒な距離だ。


 ダリアと二人になるのは中々に気まずい。不安そうな顔をしていたのが見えたのか、メリアが私とダリアの手を無理やりに繋がせる。


「色々あったけれど、もう仲間だからね。これからは三人で協力して頑張ろう! おー!」


 メリアは一人で盛り上がっている。健気に空気を変えようとしているメリアを見ていると顔が自然とほころんでしまう。


「メリア、リフィ。これからよろしくね」


 ダリアも同じだったらしい。メリアを見送って二人で部屋に向かう。




 もう少しで皆の部屋があるゾーンというところで急にダリアが顔を覆って泣き崩れた。声は控えめだが、壁に寄りかかって動けないみたいだ。


「ダ、ダリア? 大丈夫?」


「ふ……ふたりとも……私のこと……許してくれるのが辛くて……メリアなんてずっと私に笑顔を向けてくれるでしょ? 苦しいのよ……」


「私の方こそ、皆の可能性を奪っちゃった訳だし……許されると思ってないけれど、今は水に流して課題に取り組みましょうよ」


 ダリアは腕で顔を隠しながらも何度か頷いてくれた。


「はぁ……そうね。同じチームになったのも何かの縁ね。折角だから少しお話しましょ? 私の部屋、すぐそこだから」


 ダリアに手を引かれるまま部屋についていく。これを機に私も少しは平民の集団に馴染めるのだろうか。結局、ここにしか居場所はないのだ。淡い期待を寄せながら開かれるドアを見つめる。


 部屋の中は暗い。ダリアも下位なので二人部屋だから相方の人はまだ帰って来ていないようだ。


 勢い良く扉が閉じられる音に驚いて振り向く。


「ダリア? ちょっと暗くないかしら?」


「明るい方がお好み? 色んな所を見られてしまうけれど……」


 嫌な予感が背中を伝う。薄暗い部屋、二人の人間、何も起こらないはずがない。ダリアがゆっくりと近づいてきて私の腕を掴む。


「わ……私はそういう趣味はないの。とにかく部屋から出ましょ? ね?」


「もう逃さないわよ。痛いのはお好き?」


 薄暗いのにダリアが舌なめずりをしているのが分かる。ネチョネチョと音が立っているからだ。


 いつの間にかダリアは魔法を使って力を増強していたらしい。無理矢理床に押し倒される。


「あ……あの……優しくしてください……でも、せめてベッドで……」


「はぁ? アンタ、何を勘違いしてんの? もういいわよ。明かりをつけて」


 パッと周囲が明るくなる。驚いて首を横に向けるとベッドの上には数人の女の子が座っていて、ニヤニヤしながら私を見ていた。ドッキリだったらしい。私も下手な作り笑いを返す。


「あ……あはは……ドッキリで……っ!……」


 冗談を言い切らないうちに誰かが私の顔を蹴飛ばした。いきなりの事だし、痛みを感じるのに忙しくて頭がこの状況に追いつけない。


 こめかみ辺りを蹴られたようだ。ズキズキと頭が痛む。


「何なの! やめてよ!」


 私の声を聞いて全員が薄ら笑いを浮かべる。


「やめる訳ないでしょ。私達はアンタに人生をぶっ壊されたの。貴族の目にビビってパトロンになってくれるはずだった商人が皆降りたんだから」


 これは『草の根』を台無しにした報復だとすぐに分かった。ダリアの涙も演技だったのか。我ながら人を簡単に信じる割に見る目がなくて凹んでしまう。


「それはごめんなさい。でも、『草の根』を潰したのはリリィさんだから。私はただ巻き込まれただけなの」


 私の答弁に対する返事は蹴りだけだ。今度はみぞおちの辺りを踏みつけられる。息ができない。かなり尖っているヒールなので思いっきり踏みつけられたらお腹に突き刺さりそうだ。


 さすがに自分の部屋で流血沙汰は避けたいのか、ダリアは抑えめにするようにしきりに命令している。


「わ……私は巻き込まれたって言ってるじゃん! 何でこんなことをするの! リリィさんを皆で襲えばいいじゃない!」


 私を見下ろす皆はニヤニヤと笑うばかりで答えない。


 私もこの人達がそんな事を出来ないというのはわかっている。五、六人なら返り討ちだろうし、仮に成功したとしたも更なる仕返しが待っている。


 私なんて踊り子で家も貧乏だから仕返しをするほどの力もない。私は手頃なのだ。私に出来ることは、せめてメリアには手が及ばないように名前を出す事を避けるしかない。


 どうにかしてここから逃げたいけれど、ダリアと他数名で私を取り押さえているしドアの前にも見張りがいる。


 さすがに殺されはしないだろうから、嵐が過ぎるのを待つことにした。痛い事は嫌いだけれど、少しなら我慢できる。


「もう……好きにしてください」


「もっと強情な方が楽しいのだけれど……まぁいいわ」


 ダリアのその掛け声で私を嬲る時間が始まった。罵倒を口にしながら私への憎しみや怒りを込めた蹴り、踏みつけが何度も体に叩きつけられる。想像よりもハードだったけれど、もう始まってしまったものはどうしようもない。心を殺して耐えるしかない。


 訳もわからず強い酒を飲まされて頭がクラクラする。お腹を蹴られた拍子に吐いてしまった。どれだけ私を罵倒し、暴力を振るっても彼女達の憎しみは晴れない。


 よくよく考えたら私はただの捌け口なのだ。思うようにならず、やっと掴みかけた再起のチャンスすらも貴族に潰された人生。その事への不満を私への怒りにすり替えてぶつけているだけだ。


 だって、私は彼女達に何もしていないのだから。ルナットの屋敷では、ただルナットの誘いを断り、ぶたれただけ。それで私を心から恨める人がいたら異常者だと思う。


 そんな背景を考察していないと私の心が壊れてしまう。私だってこんなに沢山の人から悪意を向けられ、全身で受け止める事に慣れていないのだから。違う事に集中していないと心が持たない。


 私を拘束する役、ドアの見張り役、怒りを発散する役を入れ替えながら二巡くらいしたところで皆は満足してきたようだ。


 正直、ダリアが一番容赦なかった。馬乗りになって顔を何度も殴ってくるのだから。今日日、酔っぱらいの喧嘩でも滅多にお目にかかれないようなファイトスタイルだった。流血沙汰を避けろと言っていたくせに一番盛り上がっていた。


 左目がうまく開かないので結構腫れているかもしれない。リリィが褒めてくれた左右対称な顔もグチャグチャになってしまっただろう。


 殴り飽きたのか、ダリアは私の髪を引っ張って顔を近づけてくる。


「踊り子さん、貴女は一人で酒を飲んでいて、酔っ払って窓から落ちるの。聖女様には同じ目に遭ってほしくないわよね?」


 聖女様とはメリアにつけられたあだ名だ。当然、この後私は誰かにこの姿を見られ、根掘り葉掘り犯人について尋ねられる。酒を飲まされたのはこのためだったらしい。


 口裏を合わせておかないと次はメリアの番。何なら二人まとめてかもしれない。私をチームに入れてくれた親友だけは守らなければならない。


 口に布を詰められているので声は出せない。代わりに何度も大きく頷くとダリアは笑って私を担ぐ。


 ここは二階だ。窓から落とされたらさすがに骨が折れてしまう。明日からの一次審査にも影響が出る。というか一週間の一次審査の間は碌に動くことも出来なくなってしまう。


 いくら叫んでも口に詰められた布によってモゴモゴという小さな音に変換されていく。すぐに窓の傍に辿り着いてしまった。


「じゃ、もう会う事はないかもしれないけれど。また会いましょうね」


 ひんやりとした外の空気が切り傷に沁みる。フワっとした浮遊感を味わったのは一瞬だけ。すぐに生垣に身体が突っ込んだ。腕や脚が木と擦れて痛いけれど、これで終わりだ。命だけは助かった。


 なぜ私がこんな目に遭わないといけないのか。勇者オーディションに参加しなければ、貧乏だけど毎日笑顔で過ごせた。この宿舎に来て笑ったのは何回だろうか。実はそれなりに笑っていたかもしれない。悪い人ばかりでは無いのだ。


 生垣の枝の隙間からは星はほとんど見えない。葉っぱが邪魔なのもあるけれど、宿舎から漏れる明かりが強すぎるのだ。地元ではこうはいかない。月明りだけが頼りになる道もあるくらいなので、星は良く見えた。


 ふと地元の酒場にいる顔なじみのおじさんを思い出した。いつも酒をおごってくれる。適当に踊るだけで囃し立ててくれた。あのおじさんくらいはこんな状況でも私の味方をしてくれるだろうか。


 地元の酒場で酔っ払って踊っているときと同じくらいの酔い加減だ。フラフラになりながらも、一人で家まで歩いて帰ることはできるくらいの自我は残っている。お持ち帰りなんて絶対にさせない程度の酔い加減。


 だが、全身が思ったよりも痛み始めた。執拗に蹴られていた胸の辺りと腕が痛む。しかも、まずい事に眠くなってきた。これで眠ったらもう起きないんじゃないだろうか。


 それでも眠気には勝てない。朝には誰かが私を見つけてくれるはず。そう信じてぷっくりと腫れた目を瞑った。

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