一次審査
着替えを済ませ、お披露目会があった会場に向かう。あの時と同じように一位から五十一位までの椅子が並べられている。五十一位用の急ごしらえの椅子もそのままだ。
今日は一次審査の課題内容が発表される。例年通りならチーム対抗の模擬戦だが、今年はどうもテコ入れが入ったらしい。
案内に従って席につくとヒースが前に出てきた。
「一次審査の説明の前に次の投票についてお話をさせて頂きます。一次審査の課題終了後、国民の皆様による投票期間を設けます。五十一名の中から四名を選び投票いただきます。事前投票とその投票数を足した合計で順位を算出、三十位未満の方は脱落となります」
私の周囲でどよめきが走る。一次審査のボーダーラインが三十位である事は昨年までと同様だ。だが今年はレジェンド枠というイレギュラーがあったので、ボーダーラインにもテコ入れが入ると期待していた人もいたのだろう。
「三十位未満だと……三十一位はダメで、三十位だと良いのかな?」
メリアが両手の指を折りながら計算しているけれど、何を計算する事があるのだろう。
「そうね。いずれにしても私達には遠い順位ね」
「そうだよねぇ……」
メリアと二人で肩を落としていると、ヒースが続けて一次審査の説明を始めた。
「一次審査の課題は『依頼対応』です。五人でチームを組み、国民の皆様のお困り事を解決していただきます」
基本的には、勇者もギルドも、誰かが困った際に出す『依頼』に基づいて対応することになっている。
実際の『依頼』の内容は千差万別。有害な魔物の駆除から雑用仕事まで様々だ。
一次審査用に集められた『依頼』は、王都内では比較的難易度の低い雑用のような課題が多く、郊外に行くと魔物討伐のような難易度の高い課題が多くなる。
さすがに魔物討伐では大手ギルドが補助についてくれるらしい。大方、貴族の箱入り娘を危険な目に遭わせられないという配慮だろう。
『依頼』を解決すると、その難易度に応じてポイントがチームに付与される。チームで『依頼』に取り組み、そのポイント数の合計を競うのが一次審査だ。
ポイント上位のチームのメンバーにはボーナス票が与えられ、国民からの投票結果に下駄を履かせてもらえる。
ヒースはルールと事実しか説明しなかったが、勇者オーディションに対して何を目的としているかで方針が大きく二つに分かれるのだろう。
一つは、勇者オーディションを勝ち抜くために国民の支持を得たい人。人口は王都に集中しているので、小粒な『依頼』であってもコツコツとこなして支持を集めていく。
もう一つは勇者オーディションを勝ち抜く事は諦めて、大手ギルドへの加入を目論む人。こういう人は支持者の獲得を度外視してでも郊外に出て実力を示し、補助に来てくれるギルドの有力者にアピールをする事が目的となる。
私は郊外に出たところで、踊り子だからギルドに拾って貰える可能性も低い。王都に残って地道な雑用をこなすべきだろう。
早速チーム編成が始まった。
暫定順位の高い人から順番に好きな人を選ぶ形式なので、最下位の私は選ぶ立場にはなれない。
暫定順位一位のリリィが前に進み出てくる。いつもと変わらない背筋を伸ばした姿。長い銀髪も体に沿ってまっすぐに垂れ下がっている。
拡声器を口元に当てていつもの落ち着いた声で名前を告げ始めた。一位のリリィが組むチームという事は必然的に目立つ。
実力者に認められたという泊もつく訳だし、誰もが呼ばれたがっている事だろう。無論、私もだ。
「では、発表します。ネリネ・キャンディ。ラン・ロンジン」
ネリネとランが呼ばれた。暫定順位二位と四位の席が空き、二人が前に出る。
二人が前に出るまでの間、リリィと目があった気がした。横にいるメリアを見ていたのかもしれないけれど、私を呼ぼうとしているのではないかと淡い期待を抱く。
「オリーブ・エリヤ。……ピオニー・ラエリア」
私の名前は呼ばれなかった。同じ感想を持った、余り物の四十五人が一斉にため息をつく。
「ピオニー、すごいなぁ。やっぱ人気も大事だよねぇ」
隣りにいるメリアが肩を落としてボヤく。
リリィは完璧なチーム編成をした。暫定順位が二位から四位までの全員を獲得、オリーブも七位なので人気は高い方だ。
人気面はもちろん、あらゆる面で不備のない編成だと思った。
伝統的な貴族のリリィとオリーブ、新興貴族のネリネ、平民のランとピオニー。
魔法使いのオリーブとネリネ、魔法を使わないリリィとランとピオニー。
様々な出自や役割を網羅している。リリィからの「私はあらゆる出自、生き方を肯定する」というメッセージにも見える。
当然、実力があるのは大前提なので私が入り込む隙間なんて無かったのだけど。
メリアと慰め合いながらチーム編成の続きを眺める。
他のチームは、貴族は貴族で固まり、平民は平民で固まった。貴族と平民が混ざったのはリリィのチームと余り物で組んだ最下位のチームだけだった。
ここまでで十チームが編成された。一チーム五人で十チームを作るのだから五十人。最初に五十一人が座っていた席に残されたのは私だけだ。というか、明らかに一人が余るルールだったのにその説明がされていなかった。どうなるのか分からずに一人で座っているしかない。
チーム編成を終えた五十人の勇者候補生と観客の視線が私に注がれる。気持ちの良い注目ではない。何度この気持ちを味わえば良いのだろう。
悔しさを握りつぶすようにギュッと手を握り締めて下を向き、皆からの視線をカットしていると、ヒースが話し始めた。
「今回は五十一名の勇者候補生がおります。最後に残ったリフィ・ルフナ様を引き取りたいチームはありますか?」
頭数が増えるとはいえ、私なんて役に立つはずがない。そんな意図をひしひしを感じる沈黙が続く。
平民のチームからすれば私は『草の根』を潰した憎むべき相手。貴族からすれば平民というだけで十分な理由なのに踊り子という肩書までついている。よって、どのチームからも歓迎はしてもらえないのは分かり切っている。
普段は仲良くしてくれる人もいるが、それはそれ、これはこれだ。
「はい! リリーちゃん! おいでよ!」
沈黙を破ったのは、一番端にいるチームだった。貴族と平民の寄せ集めチーム。チームメンバーの最後列から手を振っているのはメリアだ。
メリアの優しさに何度救われたか分からない。お披露目会の時に友達になろうと言ってくれた事から始まった。
『草の根』でルナットの屋敷に連れて行かれた時も、自分だけでも逃げ出してすぐに助けを呼んでくれた。メリアはずっと私の味方をしてくれる。
気を抜くと涙が溢れそうになるので、顔に力を込めて駆け足気味にメリアのいるチームへ向かう。
私を呼んだのはメリアの独断だったようで、列に近づくとメリアが他の四人に囲まれていた。一人は見覚えがある。四十九位のダリアだ。他の三人も下位の人なのだろう。身なりは良いので貴族っぽい。
「メリアさん。勝手な言動は慎んでくださいませ。あの踊り子さんを引き込んで何になるんですの?」
貴族の一人がメリアに食って掛かっている。
「えぇと……少なくとも、私の優しさはアピール出来ました。誰も仲間に入れようとしない人を入れてあげる、優しいメリアさんなので」
メリアはモジモジしながら可愛らしい事を言っている。天然で無理矢理逃げ切ろうとしているのだろう。
歓迎されていないのは知っているけれど、メリアの立場を悪くしてまでここにいるのは申し訳ない。
「あ……あの……迷惑だったら他のところにお世話になるので……」
チームの全員が私の方を見てくる。
「私はメリアに賛成よ。どうせこのメンバーじゃ郊外の魔物討伐なんて行けないんだから、踊り子さんにも出来る雑用はあるわよ。とにかく頭数が必要なのよ」
ダリアが私の肩を揉みながら後ろに回り込んでくる。『草の根』の件もあるのであまりダリアとは話していないが、ダリア自身はあまり気にしていないようだ。
「今更追い出すと心象も悪くなりますし、受け入れることにいたしませんか?」
「仕方ありませんわね。とにかく、迷惑だけはかけないで頂きたいものです」
貴族の三人も渋々だが了承してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
ここまで邪険にされる謂れはないのだけど、なるべく円滑に進むようにプライドを捨てて頭を下げる。貴族の三人は鼻で笑うと元のように列を形成した。舌打ちは心の中だけのつもりだったのだけれど貴族の三人が振り向いてきたのでどうやら音も鳴ってしまっていたようだった。
この日はチーム編成と簡単な挨拶をして解散となった。明日から『依頼』を受けられるようになるらしい。
夕刊の紙面に初めて私の名前が乗った。見出しは『余った踊り子リフィ、聖女メリアに助けられる』。記事の内容はほとんどがメリアの紹介だった。平民ながらも地方では名のしれた治癒師の家系だったらしい。本当にメリアは埋もれた逸材だった。
生きてさえいれば必ず治せると周囲が豪語する、奇跡とも言える程の治癒の実力を持っているそうだ。王都にいる、かつてメリアに治癒をしてもらった人のインタビューが紙面に載っていた。メリアの治癒は別格、天にも昇る心地良さだったらしい。新聞がつけたあだ名が『聖女メリア』。
治癒の力は関係ないが、あのタイミングでの助け舟は私にとっても聖女と相違なかった。メリアの株が上がるのは良いのだけど、少しは私の事も触れてほしかったという気持ちもある。
だが、一面を飾ったのはオーディション関連の話題ではなかった。そして、その記事は私の扱いの悪さに起因するモヤモヤを吹き飛ばした。
リリィの婚約が発表されたのだ。相手は噂通り、キャンディ家の五男だった。